【第293話】騒がしい三人(下) 「ルデクの呪い」
僕の歩んできたかつての未来。
ルデクが滅んだその年は、とにかく雨が降らず、記録的な冷夏も重なり、冬を迎える頃には各国で深刻な食糧不足が避けられない状況となった。
人々は「ルデクの人々の魂が、三女神に訴えたのだ。リットピア様とローレフ様がお怒りになられた」と噂しあった。
天候を司る女神ローレフと、豊穣を司る女神リットピアが揃って怒りを露わにすれば、人々にあらがう術はない。せめて、その怒りを収めてくれるように祈るばかりだ。
小さな村どころか各国の首都でも餓死者が出るほどの、大陸全土を襲った大凶作。それはいつしか「ルデクの呪い」と呼ばれるようになった。
原因をルデクのせいにされてはたまったものではないけれど、実は、ルデクが全く関係していないわけでもない。
正確にはリフレアのせいなのだが、混乱の要因の一つに、ゲードランドの焼失があったのだ。
ザックハート様を中心とした騎士団が、最後までリフレアの軍に抵抗したゲードランド。結果的に建物のことごとくが灰燼に帰し、リフレアは新たに港を作り直す羽目になった。
この大きな事変によって、一時的に南の大陸からの商人が激減。
情勢が落ち着くまでは、南の商人も息を潜めて動向を見守ることとなり、交易がある程度まで回復するまでに数年を要したのである。
つまり、南の大陸からの食糧の輸入もままならない最悪のタイミングで、凶作が起きた。今思い返せば、確かにルデクの呪いであってもおかしくないような出来事だ。
「だけど、今度の歴史ではゲードランドは無事だ。それに帝国の港の件も絡んで、むしろ南の大陸からの商人は右肩上がりに増えている。だから南の余剰食糧を可能な限り買い漁ろうと思っているんだ」
僕の説明を聞いて、ルルリアは厳しい顔のまま沈黙。
僕が未来を知っているという前提がなければ、タチの悪い妄想である。
だからこそ他の人にはぼかして説明するしかないのだ。実際、王から承認をもらうために、事情を知る仲間たち総がかりでの説得で、なんとか許可をもらったのである。
それでも王も、「現在の国庫から可能な限りの金を使って食料を買い漁りたい」などという意味のわからない提案をよく飲んだものだ。
最終的にゼランド王子が「ロア殿は無駄なことはしないと思います」と助言してくれたのが、最後の後押しとなった。
これで人々が救われたら、実はゼランド王子こそが世界の救世主である。
「いくつか、質問してもいいかしら?」
「もちろん」
「まず、なぜ、今なの? 帝都に来た段階でも対策を立てることはできたはずよね?」
「帝国には申し訳ないけれど、ルデクの事情を優先させてもらった。帝国との同盟を成功させて、ルシファルとの戦いにある程度の目処が立たなければ、”次の”問題にも手をつけられる状況じゃなかった。それに、あのタイミングでルルリアたちに伝えても、皇帝がどこまで真剣に検討したかわからない。様々なタイミングを見て、動くならここかなと考えたんだ」
「、、、、それだけ?」
鋭いな。ルルリア。。。ここは誹られても真実を話すべきか。
「僕はリフレアを滅ぼすつもりでいる。被害を最小限にするために、短期決戦に持ち込みたい」
本当はもう少し遅くても間に合ったと思う。ルルリアが来なければその計画だった。リフレアに気づかれるのは遅ければ遅い方がいい。けれどルルリアがルデクに来たので、始めるのはちょうど良いと思い直したのだ。
僕の言葉でルルリアが少し引く。
「ロア、貴方まさか、、、、凶作を利用してリフレアを炙り出すの?」
「そう。だから今、時間を使っている。短期で決着がつけば、逆にリフレアの民も飢えさせずに済むかもしれない」
僕が滅ぼすのはリフレアという国であり、そこに住む民草ではない。国の中枢の者たちは赦すつもりはないけれど、罪なき民まで殲滅しようとは思っていない。
「、、、考え方が、恐ろしいわね、、、、でも、理解はした。次に、そもそも南の大陸から食料を買えるような状況になるの?」
ルルリアの言葉に一抹の不安が含まれる。祖国のことが気になるのだろう。
「南の大陸は心配しなくても大丈夫。むしろ穀物を中心に豊作だったらしいよ」
「そう、、、」ホッとするルルリアは質問を続ける。
「もう一つだけ聞かせて。リフレアはともかく、他の国はどうするの?」
「リフレア以外の食糧を希望する国には、適正価格で売る。これもリフレアへの牽制にもなるし、ルデク国内での消費分以外を、全部売り捌ければ、一応今回使った国費を、少し増やして戻せるはずなんだ」
ここはドリューに計算してもらったので、多分間違いないと思う。
「ちゃっかりしているわね。けど、、、、北の大陸の全ての国を賄う食料? 可能なのかしら?」
「一気にまとめては無理だけど、月単位に分けて、安定するまで買い付ければ可能だと思う。それに、帝国にも協力してもらいたい理由が、ここにある。ルルリアに頼みたいのは、皇帝に手伝ってもらいたいからだよ」
「何?」
「本来は日持ちしないものを、凶作に備えて確保してほしい」
「瓶詰め、ね、、、、、」
「ルデク同様になるべく余剰を作って、各国に売ればいい。もちろんルデクも適正価格で買うよ」
凶作であっても豊かな土壌を持つ帝国には、他の国に比べてまだ余力がある。それらをうまく利用させてもらう。
「上手く事が運べばグリードルにも利益が入り、大陸中の民から2国の評判は跳ね上がる。さらには、瓶詰めが一気に普及するわね。瓶詰めの価値を痛いほど知らされた各国は、ライセンスを持つルデクに頭を下げて、製造を請わざるを得ない、、、か。呆れた。どこまで考えていたの?」
「どこまで、、、だろうね。僕がリフレアを滅ぼす妄想だったら、40年くらいしていたから。それと、凶作の対策はもう一つ仕込んでいるんだ。多分、これでなんとかなると思う」
ルルリアは椅子の背に深くもたれかかって、深くため息を吐くと、あらためて僕を見た。
「ロア、、、、私は貴方を気の置けない友人だと思っているから言わせてもらうけれど、気を悪くしないでね」
「なんだろう?」
「貴方、、、、多分、後世で『ルデクの怪物』、とか、『ルデクの悪魔』とか、ろくな呼ばれ方しない気がするわ」
「僕はそんな大層な人間じゃないさ」
それに、その程度の肩書きでルデクの平和が買えるなら安いもんだ。
「、、、分かってないわねぇ、、、私、本当に敵じゃなくて良かったと、今、心の底から思っているわ。それこそ、漂流させてくれた運命の女神に感謝を捧げたいほどにね」
「そうなんですよね。この人、自分の存在がどれだけ危険か、分かってないんですよ」
「今まで様々な謀略を見てきた私も、この話を聞いた時は若干の恐怖を覚えました」
サザビーやネルフィアも加わって、なぜだか僕に自覚がないと怒られながら、その日の夜は過ぎた。
翌日の打ち合わせで、尋常ではない量の食料の買い漁りの仕事も増えたノースヴェル様は、恨みがましい目で僕の頭を軽く叩いたのだった。