【第287話】ゾディアック家の人々⑦ レアリーの居場所(下)
「レアリー、、、あなた、どうして御義父様の寝室に、、、、」
そこまで言って絶句するリウラさん。
泣きじゃくるレアリー。
ラピリアがツカツカとレアリーに近づくと、レアリーはビクリと肩を震わせた。だがラピリアは、そんなレアリーを優しくそっと抱きしめる。
「本当にみんな心配したのよ。無事でよかった」
「ごべんなざい、あだじ、、、、あだじ、、、」
ラピリアはひとしきり抱きしめると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの頬を「もう」と言いながらみょんとつねった。
「しかし、こんなに早く露見するとは思わなかった。私の失態であるな」
2人の様子を見ながら苦笑するビルドザル様がこぼすと、固まっていたリウラさんが怖い顔で「お、と、う、さ、ま! これは一体!?」とビルドザル様に詰め寄る。
ビルドザル様は動じることなく、「本当は頃合いを見て一人で戻って来たことにするつもりだったのだ」と、淡々と説明を始めた。
僕が指摘した通り、レアリーは昨晩のうちにビルドザル様の私室へやってきたらしい。そうして僕とラピリアの婚約について、滔々と不満を漏らしたのだそうだ。
レアリーの気持ちは分かる。正直急展開すぎるものな。
そして最後にレアリーは「私はこれから家出します!」と宣言。聞けば、既に部屋に書き置きを残して出てきたのだと。
と言っても、子供のやることだ。なんの準備もせず、手ぶらで家出を宣言する孫娘に「せめて朝まで待ってからにしてはどうか」と提案したビルドザル様。
この提案を受け入れたレアリーは、喋り疲れたのかそのまま眠ってしまった。
そして朝がきた。
興奮していたレアリーは、きちんと自室の扉を閉めずに部屋を出てきたようだ。
レアリーの部屋の扉が半開きであることに気づいた使用人の一人が、扉を閉めるついでに部屋に声をかけたところ、人の気配がなかったために不在が発覚。ついで書き置きが見つかったという流れであった。
「それならば書き置きが見つかったところでそのように言ってくれれば良いのではないですか? みんながどれだけ心配したと思っているのです」
リウラさんが尤もな苦言を呈するが、ビルドザル様は「それはできん」と言った。
「可愛い孫娘が、自分で考えて当家の意向に弓を引こうとしたのだ。どのような結果であれ、本人が決着をつけるべきであろう。そして、その本人がこの寝室での籠城を選んだのだ」
厳しいんだか甘いんだか分からないなと思ったけれど、思い返せばこの人、幼い頃のラピリアを戦場で連れ回した前歴がある。発想がなかなかにぶっ飛んだ人だった。
リウラさんもこれ以上ビルドザル様に文句を言っても仕方がないと諦めたのだろう、矛先がレアリーに向く。
「それで、これだけ皆さんを心配させて、当家に弓を引こうとした若い貴族様は、どうするつもりかしら?」
「、、、、、だって、お姉様がいなくなっちゃうから、、、」
「、、、、あの、レアリー? 少し聞いても良いかな?」
僕が声をかけると、まだ少し警戒の気配を醸し出すレアリー。
「レアリーは僕とラピリアが婚約したら、ラピリアがどこか遠くに行っちゃうと思っているのかな?」
「違うの?」
「うん。今はリフレアと戦っている最中だし、もし、その、僕と、その、、、ラピリアが婚儀を上げるにしても、しばらく先だよ? それに、僕の所領はここから結構近いし」
「え? だって、北の方に連れて行かれちゃうんでしょ?」
あ、これ、もしかしてバーミトン家と混同しているのかな。
僕以外の人も気づいたみたいで、ハッとした顔をしている。僕はビルドザル様とリウラさんに「あの、レアリーにはどんな説明を?」と聞くと、二人ともなんとも言えない顔。
「実は、ちゃんとは説明していないのよ、、、、」
「え? そうなんですか?」
「急な話であったし、まだレアリーには難しく、早いと思ったのでな」
それでこんな事になっては本末転倒だ。結局のところ、家族の甘やかしが原因であった。
「けれど、昨日も説明したって、、、、」
「それはあくまで貴族の心持ちの件を諭したのよ」
唖然とする僕に、ラピリアが申し訳なさそうにする。
「その、、、、私の時に、お祖父様が色々と無茶したものだから、レアリーには逆に過保護になっちゃって、、、、」と。
なるほどなぁ。
「まあでも、無事に見つかって良かったです。早くみんなを呼び戻してあげないとですね」
僕が早々に皆んなを呼び戻す方に気持ちを切り替えて、部屋を出ようとしたところで、ビルドザル様から「ひとつ聞いても良いか?」と呼び止められる。
「あ、もしかしてレアリーがどこにいたのかって事ですか? ビルドザル様が言っていた通り、レアリーが自分で戻ってきたってことで良いんじゃないですか。ここにいる人間が口裏を合わせれば良いだけですし」
「、、、、そのために、人がいなくなった時を見計らって来たと言うわけか?」
「、、、、、ほら、家出の書き置き残しておきながら、まだ館にいましたとか、本人としたらなんか、ばつが悪いじゃないですか。だから、こっそりと」
僕の説明にくくくと笑ったビルドザル様は、まだ若干涙の残るレアリーに向き直ると、
「聞いた通り、ロアはレアリーの面子を慮って、ここまで配慮してくれたそうだ。お前を一番大人扱いしてくれたのは、この御仁であるぞ」と伝える。
ビルドザル様の言葉を受けて、レアリーは小さな声で「ごめんなさい。ありがとう」と僕に言う。
それからみんなを呼び戻す頃にはもう、既に昼時をすぎていた。
ベルトンさんからもしっかりお叱りの言葉を受けたレアリー。
けれど、昨日とは一転して僕にべったり懐くレアリーの姿に、ベルトンさんは怒りも忘れて何事かと目を白黒させるのだった。