【第286話】ゾディアック家の人々⑥ レアリーの居場所(上)
「大変だ! 急いで捜索隊を編成しなければ! シークック、誰もレアリーの姿を見ていないのか!?」
取り乱した様子のベルトンさん。名指しされたのは館の執事さんだ。
「私どもはいつもの通り、日の出と共に仕事を始めておりましたが、どの者も見かけていないと、、、、」
「では、夜のうちに出たと言うのか!? 門は施錠されていたはずだ!」
「もしかして、裏山の方へ行かれたのでは? 、、裏山でしたら夜はほとんど人目もなく、比較的容易に出られるかもしれません」
「裏山だと!? ますます急がねばならんだろう! 裏山には野犬などもいるのだぞ! シークック! 急いで街の者たちを叩き起こし、山狩りをするぞ!」
「は、はいっ」
駆け出そうとするシークックさんを「待ちなさい」と止めたのはリウラさんだ。
「あなた、少し落ち着いてください。この件、あの子のただの我儘です。昨日の夜に話した時は、納得したようなことを言っておきながら、このようなことを。。。貴族としてあまりに幼く、恥ずかしいことです。レアリーは少し甘やかしすぎたようね、、、、子供の癇癪に早朝から付き合わされた、街の人々がどう思うかしら」
「しかし! こうしている間にもレアリーは山の中で一人震えているのかもしれんのだぞ!」
「それさえも自業自得です。もちろん、我が子が心配なことは、私も同様です。しかし、ここで大騒ぎするのはゾディアック家としていかがなものですか?」
「娘の命が危険な時に! 家名の心配など!」
夫婦喧嘩が始まりそうなところで、ビルドザル様が「まあ待て」と割って入る。
「リウラの言うことが正しい。ベルトン、貴族が貴族の都合で人々を動かすなら、相応の準備はしなければならぬ。民から嘲笑される貴族に成り下がりたい訳ではあるまい」
「ぐっ」
「それにあの格好ではそう遠くには行っておらん。まずは家におる者で探してからでも、遅くはないのではないか?」
「、、、、わかりました」と言って、僕へと視線を走らせるベルトンさん。
「客人にこのようなことを頼むのは心苦しいが、貴殿らも助力いただけるだろうか?」
「もちろんです」僕はすぐに答える。
こうして急遽、家中の人々全員でレアリーの捜索団が結成されることになったのである。
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「それでは2人1組で山を回ってくれ! そんなに遠くに行っていないとは思うが、どこかで怪我して動けない可能性や、野犬に襲われて木の上などに登って降りられなくなっているかもしれない。名前を呼びかけながら、くまなく探してほしい!」
先頭に立ってみんなを鼓舞するベルトンさん。
僕はラピリアと組んで探すことにする。
使用人の人々に続いて、ベルトンさん、次いでウィックハルトたちも山に入ってゆく。ビリアン君やルファも、ディックの両肩に担がれて山へ。子供の視点での探索を期待されてのことだ。
家にはリウラさんとビルドザル様だけが残り、それぞれの連絡を待つ役割を担う。
心配そうなラピリアが「私たちも行きましょうか」と出発を促すけれど、僕は「少し待って」とラピリアを制してその場でしばし待機。
訝しげなラピリアと僕以外、全員が見えなくなったところで、「それじゃあ行こうか」と言い、僕は館の方へ向かって歩き始めた。
「どこ行くの? 忘れ物?」
「違うよ。レアリーを探しに行くのさ」
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館に戻ると、リビングにはリウラさんの姿だけだった。
祈るような仕草の両手を額に当てている。僕らの気配に気づいて上げた、その顔色は悪い。
先ほどは気丈に振る舞ってはいたけれど、やはり娘のことが心配なのだろう。
「リウラさん、ビルドザル様はどちらに?」
「色々あって朝食もまだでしたし、軽食を抱えて少し部屋に戻るとおっしゃっていたわ」
「そうですか。ありがとうございます。行こう、ラピリア」
「待ちなさい。御義父様に何のようなの?」
リウラさんに呼び止められて、僕は少しだけ思案する。それからリウラさんに向かって「ついてきても良いですが、まずは僕とビルドザル様の話を聞いてもらえますか?」と伝えると、不承不承といった風に頷いてついてくる。
ビルドザル様の部屋には昨日連れて行かれたので、場所は分かっている。
ノックをすると「どうぞ」との声。
部屋に入ると、昨日と同じようにソファに座って寛いでいるビルドザル様。ソファの前には食器が置かれ、朝食をとっていたように見える。
僕らが入ってくるのを見たビルドザル様は、「さて、どうされたのかな? レアリーを探しに行ったと思っていたが、、、、」と首をかしげた。
なので僕は、「はい。レアリーを探しにきました。ここに」と伝える。
「どう言うことか?」
「ビルドザル様、先ほど自分でおっしゃった言葉、覚えていますか?」
「先ほど言った言葉とは何かね?」
「ベルトンさんとリウラさんの話に割って入った時です。ビルドザル様は「あの格好ではそう遠くには行っておらん」と言ったんです。誰も見かけていないはずのレアリーの服装、どこでご覧になったんですか?」
僕の指摘に「あっ」と口を開くリウラさん。
「思い返してみれば、確かに御義父様はそう言っておられたわ!」
僕はリウラさんの言葉に頷いて、続ける。
「それにビルドザル様に随分と余裕があるのも気になりました。少し話しは逸れますが、昨日色々とルデクについて聞いてきたのは、ご自身も再び戦場に出ることも考えていたのではないですか」
「うむ。まあ、必要なさそうだと判断はしたがな」
「そんな気概に溢れた方が、孫娘が家出したのにご自身は自宅待機というのは違和感がありました。だから何かご存じではと戻って来たのですが、軽食を持って自室へ篭られたという。こんな時に一人で朝食はないと思います。誰かのために持ち込んだのでは?」
「、、、、、」ビルドザル様は少し目を細めたまま、何も答えず僕を見る。最後まで言え、ということか。
「多分、昨日の深夜から早朝の間に、レアリーはこの部屋に来たのではないですか? そしておそらく、まだこの部屋にいる。たとえば、、、、その奥の部屋などに」
僕が扉を指差すと、その扉がきいと小さな音を立てて開く。
そこにはやっぱりレアリーがいた。
そして僕らを見て、
「ごべんばざいいいいいい」
と、泣き出した。