【第3話】意外な素顔
「やっぱり、ここだよなぁ」
上司から指定された場所は、やはりというかなんというか、第10騎士団の司令室だった。
捕縛ではなく呼び出されたと言うことは、少なくとも現時点で領主の一味と見做された訳ではないと思うけれど、それでもノックを躊躇する。
「よし、行くぞ」腹を決めて拳を握った瞬間、向こうから扉が開いた。
「なんだ? 来ていたのか? 危うく首根っこを掴んで引きずってくるところだったぞ。こんなところで何をしている」
そのように一方的に言い立てるこの方が戦姫ですよ? 戦鬼の間違いじゃないですか?
「まあいい、入れ。レイズ様はお忙しいのだ、待たせるんじゃない」
怒られながら入室する僕。
「あの、お待たせしてすみません」
恐る恐るレイズ様の顔色を窺うも、なんかのほほんとしている。おや? 印象が随分と、、、?
「ああ、楽にしていい。適当に座ってくれ。ラピリアがすまんな。私を気遣ってのことなのだ」
そんなのほほんレイズ様に、ラピリア様が頬を膨らます。
「もう! レイズ様! ルデク王国の双頭ともあろうお方が文官相手にそのようなダラけたお顔を! おい、文官、この事を言いふらしでもしたら、、、、、殺すぞ」
そんな風に凄まれても、、、
「まぁまぁ、皆様、まずは落ち着いて」
最年長のグランツ様がお茶を用意してくれる。こちらは評判通りの人格者だ、人格者ではあるけれど、流石にお茶を淹れさせるのはまずいのではないだろうか。
「えっと、、、」どうしていいかわからない僕へ、レイズ様が座るように再度促す。
明らかに高級そうな革張りのソファに腰掛けるも、全く落ち着かない。早く帰りたい。そもそも僕はのんびりしている場合ではないのだ。この国が滅ぶまでに、親しい人たちだけでも逃がすための方法を考えないと。
「さて、呼び出してすまない。少々雰囲気が異なるので戸惑うだろうが、私は執務室ではこうなのだ。四六時中気を張ってはいられないからな。できれば内緒にしてもらえると助かる」
いたずらっ子のように目を細めるレイズ様。
「あ、はい。それはもちろん話しませんけど」
話したらどこぞの戦鬼に殺されるし。
「では、早速だが本題に入ろう。先ほど、君、、、ロアが言っていた事を少々調べてみた。確かに違和感のある帳簿だった。良くあんなところに目をつけたものだな。確かにこれは単なる盗賊騒ぎではないようだ。先ほど出兵予定だった第四騎士団には出撃の見合わせを打診しておいた」
「、、、そうですか」
「しかし、疑問点がいくつかある。その中でもどうしてもロアの意見を聞きたいことがあったので、こうして足を運んでもらったのだ」
「疑問ですか?」
「君は「領主が糸を引いている」と言ったな? あれは何故だ? 単に帳簿に違和感があるだけなら、領主が盗賊に脅されている可能性もあると思うが? なぜ断言した?」
なるほど、それで僕は呼び出されたのかと、少し肩の力を抜く。レイズ様には悪いけれど、ここも本来ならレイズ様が行き着いた答えをそのまま拝借させてもらおう。
「理由は2つあります」
「ほう、2つもあるのか? 面白い、聞こう」
レイズ様は本当に興味を惹かれたようで、少しだけ身を乗り出した。僕はこほんと咳払いをしてから口を開く。
「まず前提として、僕も盗賊に脅されている可能性は考えない訳ではありませんでしたが、それにしては期間が長すぎます。1〜2ヶ月の話ならともかく、年単位で脅され続けて誰一人として王都へ助けを求めないものでしょうか? 商人の帳簿と相違がある以上、商人には影響が及んでいないはず。なら、例えば商人を介して助けを求める事もできたのではないかと思います」
「なるほど、一理あるな。続けてくれ」
「そうであれば、一番単純なのは、村ぐるみか、領主の指示です。この内、村ぐるみであった場合ですが、今度はそもそも盗賊騒ぎがここまで届くのはおかしいですよね。みんなで隠せばいいのですから。残るは、領主の一存でやっているのではないか、と」
「うむ、面白いな。続きを」
「はい。申し上げた通りの理由から、領主と盗賊だけが繋がっていたとして考えた場合、なぜ、領主はそのような、危険な事をしているのかという話になります。同時に、盗賊はなぜ領主に従っているのか」
「そうだな」
「盗賊が従う理由、一番単純で分かりやすいのはそこに利益があるから」
この辺りでラピリア様やグランツ様も真剣に聞く体勢になる。そしてレイズ様が聞いてくる。
「盗賊が従うだけの利益とはなんだ?」
「あの村には山があり、そこには廃坑があります」
「あるな。新しい鉱脈が見つかったとでも?」
「はい。僕はそう思います。もう一つ言えば、鉱脈を見つけたのはゴルベルの人間ではないかと」
「なんだと?」ラピリア様やグランツ様が色めき立つ。レイズ様は黙って続きを促す。
「全部僕の妄想として聞いてもらいたいのですが」僕はそう前置きしたけれど、妄想でもなんでもない。
これは後から分かる予定の事実だ。僕らの国と険悪な仲にあるすぐ西の国、ゴルベル王国。問題の村はゴルベルとの国境に近い。
ゴルベルはこの村の廃坑に目をつけた。新しい鉱脈狙いというよりは、ルデク攻略の橋頭堡として要塞化できないかと密かに調査した。
その中で見つかった新鉱脈。これを利用して、裏で領主と交渉を始めたのだ。「ゴルベルなら税なく買い取るぞ」と。
領主はこの甘言に転がった。後から聞いた話によると、領主の息子が賭け事で莫大な借金をこさえたらしい。ただ、この借金はゴルベルが仕組んだとも聞く。
こうして鉱山と村は内密にゴルベル傘下に入り、鉱山採掘を装いながら、要塞化を進めていたのだ。
なので正確には領主の背後に、さらに隣国の意思がある。
ゴルベルの唯一の誤算は、正規兵をあまり送り込むことができなかったことによる人材の質だった。
それはそうだ、大っぴらにやれば、流石に僕らの国も気づく。そこで、万が一捕まってもゴルベルとの関連が乏しい、盗賊まがいのごろつきを利用したのだ。
そして領主は「廃坑に盗賊が住みついたようだ。危ないから近づかないように」と住民に告知する。
問題は食糧だ。ゴルベルから運び込むわけにはいかない。そこで領主が少し多めに食料を仕入れていたというわけだ。
ところがこの盗賊たち、大人しく採掘と要塞化に勤しんでいればいいものを、作業に飽きたのか夜な夜な村の女性を襲うようになった。
ここに至り住民から王都へ「盗賊被害に困っている」という情報が流れてきたのである。あくまでいち住民の情報からだった事もあり、盗賊は少数と思い込んだ第四騎士団が侮った結果、痛い目を見るのである。
「、、、、、という感じです」
最後まで聞いたはいいが、3人ともすごく難しそうな表情で僕を睨んでいる。
「それは全て君一人が考えたのか?」
レイズ様の問いに、僕は「はい」と答える。未来の貴方の武勇伝を、そのまま伝えましたとは言えるはずもない。
「、、、、2人とも、これで文句はないな?」レイズ様がラピリア様とグランツ様へ視線を走らせる。グランツ様は少し微笑みながら、ラピリア様は少し不満げに頭を下げた。
2人のそんな様子を確認したレイズ様は、改めて僕を見て、
「ロア、君には今度の出陣に同行してもらう。これは決定事項だ」
と、言い放った。