【第280話】シュタイン邸とクラザの木(下)
見渡す限り、淡く黄色い花、花、花。
四方はもちろん、空も覆うように枝が伸びている。中央だけまん丸にぽっかりと青空がみえ、その青さが余計に花を引き立てる。おそらくそこまで計算されて剪定しているのだろう。
中央にはテラスが設えられ、テラスの上には敷物が敷かれている。
「テーブルや椅子はないけれど、みんな構わないわよね?」
この場所を唯一知るラピリア曰く、この場所には意図的に椅子を持ち込まないらしい。そのほうがよりクラザの花との一体感があるそうだ。
誰からも不満は出ない。いずれも戦場を駆け巡る騎士である。その辺の地べたに座って食事など珍しいことではない、それに比べれば随分と上品な場所だ。
靴を脱ぎ、テラスに上がって腰を下ろす。なるほど確かに、花に包まれているような素晴らしい空間を感じられた。
「綺麗だね」ルファがうっとりと言葉にして
「これは確かに、そう見ることのできぬ景色だ」と、リヴォーテさえ感嘆の言葉を漏らす。
しばし口をつぐみ、それぞれでこの幻想的な雰囲気を堪能。
ある種の荘厳さを漂わせる空気を打ち破ったのは、もちろん双子である。
「飯だ!」
「酒だ!」
先ほど連行されたであろうディックも手伝わされて、さまざまな料理の入った器を持ってやってきた。
「お、なんだここ、すげえな」
「花びら入れて花見酒にしよう」
双子には情緒という感情は備わっていない。ただまあ、頃合いだろう。キンドールさん達も手伝って料理がテラスに並べられてゆく。どれも美味しそうだ。
「食器など、必要なものはなんでもお申しつけください」と一礼して下がるキンドールさんにお礼を伝えて、みんなで乾杯。本日はこのままシュタイン邸で一泊するので、酒を手にするものも多い。
「あ、そうだ、この後ちょっと催しがあるから、それが終わるまではお酒は酔わない程度で頼むよ」乾杯の挨拶に僕がそのように添えると、ウィックハルトが首を傾げる。
「催し物、ですか? なにも聞いていませんが」
「うんまあ、催しというか、ちょっとした儀式というか、、、、」
僕の曖昧な言葉に「はあ、分かりました」と、とりあえず頷いてくれた。
「しかし、ここ、予約制の店にでもしたら金を取れるんじゃないか?」と、料理を楽しみながらそんなことを口にするフレインに、「確かにな」とリュゼルが同意する。
予約制の庭かぁ、、、、意外にありかもしれない。普段全く使っていないしなぁ、せっかくキンドールさん達がきちんと手入れしてくれているのに、見てくれる人がいないのは張り合いがないよなぁ。
「それ、面白いかもしれないね。キンドールさんとも相談してみようかな、、、」
「いや、確かに金を取れるといったが、人を招くとなれば相応に警備の人手なども必要だぞ」フレインが随分と具体的に考え始める。
「まあ、儲けようって考えじゃなくて、手入れしてくれる人たちの張り合いになればいいかなくらいだから、必要に応じて僕が兵士を雇うよ」
「それなら第10騎士団の新兵を使えばいいんじゃないか?」とリュゼルが提案。
「でも流石に公私混同はどうかなぁ」
「なに、要人の警備演習としてちゃんと訓練として成立すれば問題ないだろう。ここを使うなんて人間、相応の立場の者ばかりだろうからな」
「それもそうか、、、、分かった。機会を見てゼウラシア王に話してみるよ」
そんな会話をしていると、キンドールさんがやってきて、僕に「お着きになられました」と耳打ち。
僕はパンと手を叩いてみんなの注目を集めると、さっきの話の件の、待ち人が来たよとみんなに伝えた。
全員が訝しげにしている中、入ってきたのはゼランド王子だ。
「ゼランド王子?」ウィックハルトの言葉に「楽しんでいるところすみません。お邪魔します」と僕らの前に立つゼランド王子。
「なんだ、王子も花見に参加しにきたのか?」
「勿体ぶらずに座るといい」
館の主のような物言いの双子に、ゼランド王子は首を振る。
「参加したいのはやまやまですが、今日は別件で。この後すぐに戻って父上、、王に報告しないといけないので」
「報告? ロア、どういうこと?」
「まあ、ゼランド王子の話を聞こうよ」
ラピリアの質問には答えず、僕はゼランド王子に向き直る。
ディックなどは慌てて立ちあがろうとするけれど、「そのままで」とゼランド王子が制した。
みんなの注目を集める中、ゼランド王子は一度小さく息を吸うと「実は、貴方達に頼みたいことがあってきました」と切り出す。
そして、誰もが黙って次の言葉を待つなか、ゆっくりと噛み締めるように「僕の直臣になってもらえませんか」と言った。
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ポカンとする面々の中で、ラピリアが僕の脇腹をこづいてくる。いい加減説明しなさいという意味だ。
今回のゼランド王子の来訪は、僕だけが知っていた。実は、この一件に関係する人だけ誘ったのである。リヴォーテは予定外だったけれど。
「ゼランド王子の言葉のままだよ。僕が王子の直臣も兼ねているのは、みんな知っての通りだけど、王は、そろそろゼランド王子の配下を増やそうと考えているんだ。それで僕に相談された」
「そうして、候補に挙げたのが私たちだった、そういうこと?」
「うん」
今まではゼランド王子の実績や、貴族連中の力関係も考慮して、控えていた案件だ。けれどここにきてゼランド王子はゴルベルの友好の使者でも成功を収めたし、貴族はなにかと強く出られない状況にある。
王は今のうちに、王子の足場を固めてしまいたいと考えたわけだ。ちなみに僕ら以外にも、王が見込んだ臣下に話が行っている。
もう一ついえば、先々第10騎士団をゼランド王子に引き継がせるために、第10騎士団から何人か推挙してほしいとの要望があった。
だから僕が最も信頼している、ここにいる皆を推薦したのである。
ゼランド王子の直臣、それは即ち将来が約束される立場。普通に考えれば断る人間はほとんどいないけれど、僕はあえて、ゼランド王子自ら取り立てる形を取ることを王に進言し、王も了解した。これも経験である。
当然誰からも辞退の申し出はなく、ゼランド王子はほっとした顔で、今日の一件を王に報告するために慌ただしく王都へ戻って行く。
ゼランド王子が帰って行った後、フレインがしみじみと
「ロア、お前と一緒にいると、俺は騎士団長にでもなってしまいそうだ」と冗談混じりに苦笑した。
でも多分、フレインはいつか騎士団長になるんじゃないかなぁと、僕はなんとなく思ったのである。