【第277話】思惑(上)
タークドムからの帰路。今日もいい天気だ。
「太陽が憎い、、、、」
「日差しが眩しい、、、、」
双子がしおらしいというか、二日酔いで萎んでいるため帰りは大変静かなものだ。
僕らは適当な所で切り上げたけれど、双子とエンダランド翁は呆れるような時間まで飲んでいたらしい。
「ところでロア殿」馬車から至って平気そうなエンダランド翁が顔を出し、僕へと声をかけてくる。
「なんでしょう」
「いつ、仕掛けるのかの」
さらりと重要なことを聞こうとするエンダランド翁。本当に気の抜けない相手だけれど、別にこれに関しては隠すつもりがないというか、逆に皇帝に正確に伝えて欲しいまである。
「一応、期限は決めているんですが、出兵自体は遅ければ遅いほうがいいかなと思っています」
「ほほう、、、出兵は、の。。。。まずは物を止める。そんなところか」
そう、既にルデクからリフレアの街道は封鎖。荷止めを行っている。リフレアに関する荷物は全てゲードランドで買取。今後はリフレアとの商売においては、入港を認めない徹底ぶりだ。
かなりの強行であったけれど、リフレアと懇意にしている一部の商人以外、不満はほとんど出てない。
現在は帝国とルデクの新たな商売が立ち上がる時、はっきり言ってしまえば、商人達もリフレアに構っている暇はない。
さらに言えば、これから戦いが起きるであろう地域に好き好んで行く商人も少ない。品物をルデクが買い取るのであれば、商人達もそれで構いはしないのである。
時が経てば経つほどに、リフレアから物が減ってゆく。民からも不満は出るし士気の低下にも繋がるだろう。
それに、兵数の問題もある。
リフレアに攻め込む騎士団は第10、第二、第三、第七の4騎士団。総勢で2万5千を超える。対するリフレアだけど、元々は3万程度の兵を保持していたはず。そこに第一騎士団と第九騎士団の残党が合流している。
前回の戦いでかなりの損害を与えたとはいえ、敵は4万はいると見ておいた方がいい。
仮にリフレア兵が各砦に籠ったりされると、消耗戦になる。それは、僕としても避けたい。様々な側面から、兵を動かした後は、なるべく早く決着をつけるのが理想だ。
つまり僕は搦手からリフレアを焦らして炙り出し、大きな野戦に持ち込みたい。そのために色々画策している所であった。
そうだ。そういえば一つ帝国に確認しておいた方が良いことを思い出した僕は、エンダランド翁に聞く。
「一応確認ですが、帝国はリフレアとは?」
多分大丈夫だと思うけれど、念のための確認。皇帝はルデクとリフレアの戦いの一切に関知しないと約束した。僕としては、文字通りリフレアと一切関わらないと言う解釈であって欲しいと思っている。
つまりルデク同様に、人も物も交流を絶つ。
けれど考えようによっては、帝国からリフレアに商人が向かっても、一切干渉しないとも捉えることができる。まあ、さすがに今のリフレアとの関係であれば、小口はともかく、帝国がリフレアへの取引を是とはしないはず。
「その辺りは心配いらぬであろう。陛下もその程度は考えておる」
ですよね。なんと言ってもあの皇帝だ。当然のように織り込んでいると信じている。
「もう戦いは始まっておるのだのう、、、、」
「ええ。あ、そうだ。ちょうどいい。実はエンダランド翁にお願いがあるのですが、、、」
エンダランド翁の言葉のとおり、戦いは静かに始まっていた。
そしてそれは、僕らだけの話ではないはずだ。
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ルブラルの王都、謁見の間。
「では、ガルドレン様の身柄は、我々が引き受けましょう」
そのように請け負ったのは、リフレアからやって来た使者だ。名前をヒーノフと名乗った。
ゴルベルの前王ガルドレンは、ルブラルへと逃げ果せていた。これはルブラルにとっても寝耳に水の亡命であった。
形式的にガルドレンの一味を保護したルブラル王のサージェバンスであったが、王都に留まらせるつもりはない。
ルブラルにとって、ガルドレンの存在ははっきり言って迷惑でしかない。早々にどこに高く売りつけるかの検討を始める。
一番簡単なのはゴルベルへ突き返すことだ。ルブラルとゴルベルの関係は非常に微妙な状態にある。ここで一つ、恩を売っておいても良い。
だが、難点もあった。亡命したものを追い返すと言うのは外聞の良い物ではない。
かといってルブラルに置いておくのも考えものだ。ルデクとの関係がある。ルデクは我が国に敵意なしと言ってはいるが、どこまで信用して良いかは分からない。
そこにやってきたガルドレン。ルデクにとって気分の良い相手でないことは明白。おかしな言いがかりをつけられるのは業腹といえる。
残すはリフレアに売りつける。
リフレアもまた信用できぬ相手ではあるが、”付ける値段”によっては悪くない。ルブラルとしてはガルドレンが希望したと言って送り出せば言い訳が立つし、厄介払いもできる。
ゆえに、ものの試しにとリフレアに打診した結果、リフレアはこの男を派遣してきたのであった。
ヒーノフは謁見の間で開口一番、ルデクとの現状を予見した。
「帝国は動きません。ゴルベルは動けません。三国同盟といえど、結局のところルデクだけ叩けば、我らが勝ちます」と自信ありげに言い切る。
その上でリフレアと友好を深めよう、つまりこちら側に付け、と。
「帝国が動かぬという根拠は?」
「今、動いていないこと、それが根拠でございますな」
ヒーノフがいうには、先のホッケハルンの戦いでリフレアが負けた直後が、リフレアにとって一番危険であったという。
三国同盟は、ホッケハルンの戦いより前に成立している。前後関係からしてこれは間違いない。
ならば敗戦直後、帝国が連動して攻めてくれば、リフレアもさすがに危なかった。にも関わらず、帝国は静観を決めた。
交戦中であるツァナデフォルを警戒したとしても、このような好機を逃す国ではないはず。つまり、ルデクと帝国に何らかの約束があるとヒーノフは語る。
「約束?」
「当国の軍師が申すには、ルデクは本当のところで帝国を信用していない、と。ルデクと帝国の同時侵攻で、仮に帝国がリフレアを飲み込めば、次はルデクが帝国の脅威に晒され続ける。それを防ぐために、帝国に動かぬように頼んだのではないか。ようはリフレアを適度に残し、帝国の盾に利用したいのです」
「頼んだからと言って、帝国が動かぬ道理はあるまい」
「ルデクは新しい港を帝国に作るようです。かなり大規模な。それもルデクの負担で」
「なんと!」
「そこまで遜って、帝国が動かぬように懇願したのでしょう」
ヒーノフの言葉、一理あるようにも思える。新港のこと、調べてみよう。事実であれば本当にそのような約束が交わされているかもしれない。
「、、、だが、やはり帝国が動かぬという保証には弱い」
「王のおっしゃる通りです、、、ですので、このように致しませんか?」
ヒーノフは一度唇をなめると、暗い目をしながらニヤリと笑った。