【第28話】リーゼの砦
「第六騎士団は一度、下げる」
レイズ様の言葉により、僕らはしばらくの間、ルデク南西部で警戒にあたることになった。当然と言えば当然。
フランクルトが退いたことにより、勝つには勝ったけれど、一歩間違えれば大きな敗北に繋がりかねない戦いだった。
ウィックハルト様もひどく落ち込んでいて、素人の僕から見ても、到底士気を保つのが難しい状態だと思う。
また、ウィックハルト様は将としての資質を問われかねない一戦となった。王都で進退を迫られる可能性があるらしい。
僕としては穏便に済ませてもらいたい。折角、ライマルさんが命を賭して助けたのだから。
ともあれ、第六騎士団の代わりにしばらくは僕ら第10騎士団が南西部の警戒にあたる事となる。騎士団の入れ替えとなれば早くても2ケ月は必要だ、その間僕らの借宿となるのがリーゼの砦。
リーゼの砦はハクシャ平原から東南、風向きによっては潮風を感じることのできる場所にある。
ハクシャ平原周辺の警戒と同時に、沿岸部からの襲撃を哨戒するための大きな砦だ。砦、というけれど、砦の中には兵士に向けた店があり、それを生業にする民間人の家もあるのでほとんど街と変わらない。
さすが、ルデク南西の要と呼ばれるだけの場所である。
「なんだ。楽しそうだな? もう到着してから5日も経っているのに、子供みたいだぞ」砦の中をキョロキョロしている僕に、フレインが軽口を叩いた。
「いやぁ、そうはいっても、こんな場所、普通は入れないからね。目に焼き付けておかないと」
そう口にする僕に、「ここで二か月は住むんだぞ?」と少し呆れながら口を挟んだのはリュゼルだ。
今回の一件でリュゼルとはとても親しくなった。フレインとリュゼルが比較的仲が良かったこともあり、最近は良く3人で連んでいることが多い。
「それはそうだけどさ、、、、2人は何度も来たことがあるの?」
「そこまで頻繁じゃないが、この辺りにゴルベルの兵士が来たり、こちらから攻める時はほぼ立ち寄るからな、特に感慨もない」
「ま、今後は嫌でも来ることになるだろうさ」そんな話をしながら砦の中枢部に入ってゆく。
この辺りは司令室や兵士の宿泊施設が集中していて、現在は第六騎士団が大掃除の真っ最中。
第六騎士団が今後どのような任務につくかわからないけれど、長いことリーゼの砦から西を睨んでいたのだ。私物なども多くあるだろう。
一応、宿舎以外に各騎士団の倉庫が用意されているが、戻ってくるかわからない以上、何でもかんでも置いてゆくというわけにはいかない。
そんなわけで、次の騎士団がスムーズに砦に入れるようにするため、現在建物内は大騒ぎ、混乱を極めている。
僕らとしては手伝いたいのだけど、第六騎士団の方からやんわりと断ってきていた。
長く守ってきた地を離れる、色々な思いもあるのだろう。僕らも無理にとは言わず、最低限の生活スペースを確保した後は第六騎士団に任せている。
かといってゴルベルは撤退したばかりだ。すぐにとって返してくる可能性は低く、警戒はしているものの、緊張感は低い。
つまり暇である。なので僕はリュゼルやフレインの案内の元、砦の中を見て回ったりして時間を潰しているのだ。
「あ! ロア!」慌ただしく兵士たちが行き交う中で、僕は遠くから声をかけられた。振り向けば見知った兵士がこちらに走り寄ってくるところだった。
「見つかって良かった。レイズ様が呼んでいたぞ!」
「え! 分かった。すぐに行くよ。知らせてくれてありがとう。リュゼル、フレイン、じゃあまた後で!」
「ああ、迷子になるなよ」というフレインの言葉を背中で聞きながら、僕はレイズ様のいる司令室へ急いだ。
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司令室に入ると、そこには大柄の兵士が所在なさげに立っていた。
「ディック!」僕が声をかけると、少しホッとした顔をする。他にいるのはレイズ様とグランツ様とラピリア様。いつものメンツだ。
「来たか」レイズ様がディックとは対照的にリラックスした表情でこちらを見る。僕は遅れたことを詫びると、再びディックに視線を向けた。
先日の本隊到着の際、ディックは同行していなかった。そのディックが今ここにいるということは。
「、、、、瓶詰めですね」
「そうだ。試験的に食糧の一部に瓶詰めも載せてやってきた。今回は第六騎士団の不安があったので、本隊も急ぎ進軍したからな。輜重隊はようやく今日、到着したというわけだ」
「なるほど、ディック、お疲れ様」
「なんだか大変だったみたいだなぁ〜」僕らが互いに労いの言葉をかけていると、ラピリア様が
「そういうのは後にしなさいよ。早く結果を見に行くわよ!」という。少し口元が緩んでいるのは、ジャムが届いたかもしれないからか。
実はラピリア様、自分専用にラピリアブレンドなる専用のジャムもいくつも仕込んでいたのだ。少し分けてもらったけれど、花の香りのする手の込んだジャムだった。紅茶などに入れて楽しむらしい。
「戦場で作るのは無理だったから、持ち込めるなら助かるのよね」と言って、現在はしっかりと保管場所にラピリア様の棚が確保されている。
そんなわけで早速、瓶詰めがどうなったか揃って確認に行くことに。
瓶詰めは第10騎士団用の倉庫の中、他に持ち込んだ携帯食と共に、木箱に入ってひっそりと保管されていた。
結果は、、、、、
「割れている、、、これも、これもダメか、、、、」
箱の中に大量のおが屑を入れて、瓶同士がぶつからないように緩衝材としていたけれど、それでも三分の一ほどの瓶が破損していた。
破損が早かったものは少し悪くなり始めているし、その匂いがおが屑に移っている。
「割れていないものは、見た感じ問題なさそうだな」レイズ様が瓶を透かしながら状態を確認する。
保管自体はうまくいったけれど、問題は輸送かぁ。
「、、、、やっぱり、問題は道だよなぁ」
僕の呟きをレイズ様が拾う。
「やっぱり、とは? また何か面白い考えがあるのか?」
「ルデクに限りませんが、ほとんどの街道はどこも細くてでこぼこしていますよね。今後を考えたら、広くて平坦にできないかなぁと」
「何言っているの、そんなことしたら、敵が攻めて来やすくなっちゃうじゃないの」
「いえ、国境付近は広くする必要はないんですよ。王都から主な街まで大きくて広い道ができれば、逆により早く援軍が到着できると思いませんか?」
ラピリア様の疑問に僕が答えると「それはそうだけど、、、」と難しい顔をする。
予算や人手の問題もあるから、そう簡単な話ではないのだけど。
「、、、、ここだけの話だが、実は街道を整備する計画が提案されてはいる」とレイズ様。現在砦の補強などに割いている人手を街道整備に回してはと、商売に強い文官から提案があったそうだ。
その文官は、ルデクトラドからゲードランドの港間の街道を手始めに整備したいらしい。王都と港をつなげば、より経済が活性化すると訴えているそうだ。
なかなか話が進まないのは、軍備に使っている人手を割くほどの価値があるのか、予算はどうするのか? という点。
「、、、、、保存に関しては、瓶詰めはある程度目処が立ち始めている。ならば、瓶詰めから得られる利益と、街道整備の費用を考えるとどうか、、、、」レイズ様は完全に思考の海に沈み、独り言を呟いた。
こうなるとしばらくはこちらの声は届かないので、僕らは思い思いに瓶詰めを確認したりして時間を潰す。
「やはりドリューに聞いてみるしかないか」
「あ、やっぱりさっきの人はドリューでしたか」商売に強い文官と言っていたから、多分そうかなとは思ったけれど。
「知っているのか」
「特に親しいわけではないですが、文官仲間では有名ですからね。奇人、ドリューって」
「夜な夜な戦争の記述を読み漁るあんたも、十分奇人だけどね」とラピリア様が混ぜっ返すけれど、無視する。、、、、太ももを蹴られた。
「そうか。確かに変わっているが、先見の明がある者だ。いずれにせよドリューに瓶詰めの件を明かすかどうかも踏まえて王と相談しなければならんな。無論、街道以外にも割れない輸送方法を考えなくてはな」
レイズ様の一言で、ひとまず瓶詰めの輸送方法については、各々の宿題となってその日は幕を閉じた。