【第275話】貴族と王家(下)
ダーシャ公の話は、僕にとっては納得できる部分も多かった。
感情的な話ではなく、帝国とリフレアの動きについてだ。
ルデク国内の大規模な貴族の反乱。帝国は確信を持って、内乱を見込んだ侵略を計画していた。そこまで明確な根拠となったものは何か。ヒューメットが持つ、もう一つの血判状。これに違いない。
血判状なら、帝国の第三皇子が「利、有り」と判断するほどの材料だと思う。
つまりヒューメットとリフレアの最初の計画は、ありもしない侵攻を嘯いて、ルデク東部の貴族の不安を煽り血判状を手に入れ、それを餌にして今度は帝国を揺さぶったのか。
さらにその上で頃合いを見計らい、ルデクと帝国両国に近づいた。
、、、、凄いな。不謹慎だけど、単純に凄い。時勢を読み、人の気持ちを読み、最良の方法を組み立てているように思う。
結果的にすぐに戦う気はなかった帝国も、勝手に帝国の影に怯えていたルデクの貴族も、まんまと踊らされた格好となった。
誰がこんな策を考えたのだろう。。。。規模の大きな策を描く者に一人、思い当たる人間がいる。もしかしたら程度のものだったけれど、ここに至って、ある程度確信を持った。
サクリ。多分、あの男が裏にいる。
「我々とは、”どこまでのこと”ですか?」
サザビーの鋭い声に、僕は思考を止めた。真剣な表情で睨むようにダーシャ公を見ている。
「、、、ここにある署名の者たちの事である」
「ここに無い名は?」サザビーが畳み掛けると、ダーシャ公はサザビーをまっすぐに見返し「、、、、小さな家は別だが、ここに無き名は”我々”ではない」と宣言した。
しばしの後、サザビーは小さく頷く。
「、、、、約束通り、貴殿の言う”我々”の事情は確かに王へご報告いたします。多少の罰はあれど、なるべく穏便に」
、、、、血判状に載っていない、ルデク東部、もしくは北部の貴族、か。それは「ヒューメットが脅して従わせる必要がない」貴族ということだ。
これが、サザビーたちが欲してやまなかった情報だろう。
「ダーシャ公。この血判状は預からせていただきます。では、私は先に王都へ、、、」
すでに立ち上がって、血判状に手を伸ばすサザビーに向かって「ちょっと待て」と制する者がいた。エンダランド翁である。
「サザビー殿、少し落ち着くが良かろうよ」
「いえ、しかしですね、急いでいるのですが、、、」
「何、今更一日二日遅れたところで、大した影響はなかろう。それよりも、ゾディア」
「なんでしょうか?」すまし顔ながら、目だけは興味津々でやり取りを聞いていたゾディアに話をふるエンダランド翁。
「今の話、事実と思うかな?」
「なっ!」その言葉に抗議の声を上げようとしたダーシャ公を手で牽制し、エンダランド翁はゾディアに視線を戻す。
「そう言ったことは私よりも、ネルフィア様の方が適任かと思いますが、、、」
「ああ、あの娘もなかなか良い耳を持っておるが、ゾディアも負けておるまい。聞いた話の真偽を見抜く力がなければ、到底陛下がお気に召しはせぬ」
ああ、なるほど。綺麗どころがいた方が良いなんて言いながら、このためにゾディアを連れてきたのか。
「、、、あくまで、私の印象、ということであれば、ダーシャ公のお話は事実かと思います」
ゾディアの言葉を聞いて、満足げに頷くエンダランド翁は「さてでは、今後どうするか考えねばならん」と言う。
「今後、とは?」
ダーシャ公が訝しげに聞けば、「ワシらが王都へ戻った後、お主ら、死ぬつもりじゃったろ?」と返す。
実は僕も、そうではないかと思っていた。なのでどこかで切り出そうと考えていたのだ。
なぜなら、全てを話し終えたダーシャ公も、そして子息のシャッハ様も酷く穏やかな顔をしていたから。
あの表情は最近見たことがある。死を覚悟したホックさんの表情によく似ていた。
「それは、、、、はあ、もう隠すのも疲れた。その通りぞ」力無く認めるダーシャ公。
「、、、とのことじゃが、どうするかのサザビー殿よ?」
「それはもちろん止めますが、、、、」
「急いで帰っていたら、どうにもならんところじゃったの。まだまだぞ」と笑うエンダランド翁に、サザビーは複雑な顔。それを可哀想に見るダーシャ公。
「まだまだだな」
「ああ、サザビーはまだまだだ」
ここぞとばかり乗ってくる双子。
自身の失態のため、サザビーも乾いた笑いで返すしかない。
ああ、なるほど。ダーシャ公、昔はこんなふうにエンダランド翁に翻弄されまくったんだろうなぁ。
「しかし、止めると言っても、この頑固ジジイはそう簡単に意見を翻さぬかもしれんぞ。さて、若き軍師殿ならどうされるかの?」
エンダランド翁の矛先が僕へと向いた。
どうする、か。うーん。。。。。。。
「、、、、このままで良いのではないですか?」
「ほ?」
流石のエンダランド翁も僕の言葉に固まる。
「つまりですね。このままヒューメットには定期的に手紙を送っていただこう、という意味です。ダーシャ公、ヒューメットにこちらから手紙を返すことも可能ですか?」
「手紙はワクバンスを介して届く。こちらからワクバンスに渡せば、可能である」
このやり取りで、みんな僕の意図を悟った。ダーシャ公が念のために口にする。
「ワシに、、、、二重内応せよ、そう申されるのか?」
その通りだ。ホックさんは後付けでそれっぽい理由にしたけれど、こちらは正真正銘の内通者として動いてもらう。
「はい。ダーシャ公が王とルデクに贖罪の気持ちがあるならば、我々のために働いていただきます。その事で或いは、後世、公は卑怯者として汚名を被るかもしれない。それでも貴方が泥水を啜れば、ルデク兵の被害を減らすことができる。いかがですか?」
少しの沈黙。
「父上、お受けしましょう」答えたのはシャッハ様。
「シャッハ、、、、」
「汚名というのであれば、私たちはずっと泥の中を歩んできたようなもの。今更気にすることではありません。ならば、せめてあの男に、ヒューメットに一矢報いましょう」
息子の言葉を聞いたダーシャ公は、一度強く唇を噛んでから、僕へ向き直る。
「、、、、そうだな。ロア=シュタイン公よ。この老骨、お使いいただけるか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「では、今後は貴殿の指示を仰ぐ。よしなに頼む」
そんな僕とダーシャ公のやり取りを、エンダランド翁は値踏みするように見つめていた。