【第270話】凱旋式
「、、、、緊張するなぁ、、、、」
もしかすると、皇帝と対峙した時よりも緊張してるかも。
「全くもう。第10騎士団の副団長になった以上、どうあっても人目に晒されることになるんだから。こんなの、慣れよ、慣れ」
極めて自然体のラピリアはそんな風に言うけれど、言い返す余裕もない。
僕ら第10騎士団は今、王都から少し離れた場所に集まって整列していた。今日は凱旋式。まさにこれから王都へ向けて行進を開始するところだ。
凱旋式は郊外からルデクトラドの正門までをゆっくりと進み、そのまま大通りを通る。大通りの半ばにある中央広場でゼウラシア王が待ち構えているので、そこで一旦停止して下馬、僕から勝利を報告。
報告を受けた王は、そこから第10騎士団の先頭に立って王宮へと進む。と言うのが基本的な流れ。
全ての演出のために、僕らはわざわざ早朝に人目につかぬ軍用門から出て、目立たぬように遠回りをし、こうして出発地点にやってきているのである。
何事も演出は大事なのだ。
なお、日程が合えば第七騎士団も北に向かう途中で参加する予定だったのだけど、引き継ぎなどが間に合わず、残念ながら欠席となった。
「そろそろ頃合いです。出ましょうか」とウィックハルトが促してくる。
ゼウラシア王に会うまでは先頭中央に僕。両側にラピリアとウィックハルトが並ぶ。
次いで後ろにフレインと双子とルファ、ディック、リュゼルが。さらに後ろにシャリスや部隊長たちという順番になっている。
部隊長を差し置いてルファやディックが前に来ているのには、少し訳がある。
理由は三日月につばめのマントだ。先頭からリュゼルまでの面々はこのマントを羽織っているのだ。
工房でマントを見て、その場で注文した僕以外の4人に加え、同じく欲しいと言ってどうにか無理を言って作ってもらったのが先頭に集まっている面々。
お揃いのマントは見栄えが良い。王の勧めもあり、マントの所有者を前に集めた結果、こうなった。
ちなみにネルフィアやサザビーも欲しいと言って、工房長のムジールさんが苦い顔で笑っていたけれど。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
僕がアロウのお腹を軽く蹴る。アロウは「ぶるる」と一度嘶いてから、王都へ向かって足を出した。
行進を始めてさしてしないうちに、沿道には見物客が現れ始めた。人が増えるに従って、多くの出店も軒を連ね始める。
「大分大事になってるね」僕が呟くと
「王都に入ったらこんなものじゃないわよ」とラピリア。
それは知ってはいる。かつては僕も観客の一人だったから。
この辺りの見物客は屋台の料理を楽しみつつ、のんびりと僕らの行列を楽しんでいるように見える。南の大陸の商人も多い。
と、そんな観客の中に一際目立つ一団がいた。「あっ!」ルファが気づいて手を振る。
ゾディアたちだ。いつ王都に着いたのだろう? ゾディアのことだ、凱旋式に合わせてやってきたのかもしれない。
小さく手を振り返すゾディアに目で挨拶をして、僕らは先へ進む。
王都に近づくにつれて、いよいよ人が増えてきた。それに伴い、第10騎士団に声援を送る人々の声も大きくなる。
なんだか、不思議な気分だ。
僕はこの人々の中の一人だったはず。それが今、先頭に立って皆んなの声を聞いている。
そうこうしているうちに、王都の城門が見えてきた。僕らの到着を待っていた大きな門が、この日のために準備された楽団の音色と共に雄々しく開かれる。
僕らが一歩、王都に踏みいれた瞬間
「「「「「「「うわああああああああああああああああ」」」」」」」
一斉に浴びせられる大歓声!
アロウが仰け反り、僕もびっくりしてアロウから落ちそうになった。
一歩足を踏み出すごとにビリビリと空気が震えて、人々の熱狂を肌で感じる。
「ね、凄いでしょう?」
歓声の中、前を向いたままラピリアが馬を寄せてきて、そう口にした。
「こんなに、凄いんだね」
「人々の声に耳をすませておきなさい」
それだけ言うと、ラピリアは本来の場所へ戻ってしまう。どういう意味だろう。
考える前に、すぐに分かった。
「ロア様ー!」
「新しい英雄! ロア!」
「ロア! ロア! ロア!」
ラピリアやウィックハルトへの声援に混じって、いや、それらよりもずっと多く、僕の名前が叫ばれているのである。
なんだかふわふわして、よく分からないのに、僕の名前を呼ぶ声は妙にはっきりと聞こえる。
この人たちは、なんで僕の名前を呼んでいるのだろう?
群衆の中をぼんやりと進む僕に、今度はウィックハルトが近寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん」
「それなら、人々の呼びかけに応じて、剣を掲げては如何ですか? みな、ロア殿を見にきているのです。喜びましょう」
ウィックハルトは何を言っているのだろう?
でも、言われるがままに剣を抜き、天に向かって掲げると、歓声が再度爆発する。
僕は本当に無我夢中のまま、アロウに任せて大通りを進んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
、、、ロア、落っこちないかしら?
歓声の雨を浴びながら、ラピリアはロアに注意を払っていた。
流石に何度も話しかけるわけにはいかない。堂々と進んでこその凱旋式である。
ま、ぼんやりしてるけど、大丈夫そうね。
多分今は、何が起きているのか理解もできていないだろう。
凱旋が始まる前、ロアは自分が先頭を歩くことに随分と抵抗を示していたけれど、今回の凱旋、実質ロアが主人公のようなものだ。
何せ、ルデクの窮地を救った立役者だ。裏切り者の第九騎士団と第一騎士団を2度に亘って鮮やかに打ち破り、ルデクの平和を守ってみせたことは、王都の人間のみならず多くの民の知るところとなっている。
ロアはよく有名な将官を見ては「物語の中の偉人が目の前に」と言ってはしゃいでいるけれど、今、自分がその「物語の中の偉人」になっていることに気づいているのだろうか?
戦姫として讃えられ、自分も同じような体験をしてきたことを思い出し、ロアもあと三日くらいはふわふわしてるんだろうな、と考えると少し愉快な気持ちになる。
それからすぐ、ロアを讃える声に若い女性の声も多くあることに少しだけムッとした気分になりながら、ラピリアは王の待つ中央広場へとゆっくり進むのであった。