【第269話】ロアと鎧
、、、、気が重いなぁ。。。
僕は今、ラピリアとウィックハルト、それにフレインとリュゼルに連行され、とある工房へと向かっていた。
工房があるのは騎士団の宿舎などの軍部エリアの一角、ここには軍部専門の職人がいる。
ドリューの兵器部門の発想を実用レベルで具現化する優秀な人たちが、日々研鑽を積んでいる場所だった。
本日の目的は僕の鎧である。
これはゼウラシア王の厳命。
近々、王の生誕の日に合わせ、先日の勝利を祝う第10騎士団の凱旋パレードが行われる。その時副団長として恥ずかしくない格好をしつらえておくようにと。
僕は今まで戦場に出る時は、ずっと軽装鎧で通してきたのだ。理由はいくつかある。
その中でも一番大きなものが、「鎧が重くて動けないから」である。
重装騎兵の双子が着るような全身鎧は論外。通常の騎士鎧も少し重い。なので、新兵などが訓練で使う軽装鎧を纏って戦場をうろうろしていた。
といってもだ、僕だけが悪目立ちしていたわけではない。レイズ様もラピリアも比較的軽装で戦場にあることが多い。
ラピリアは早さを活かすために特注の鎧であったし、レイズ様に至っては、宮中にいるような黒衣で本陣にいることも珍しくなかったほど。
部隊長になってからは一応体裁もあるので、軽装鎧に適当なマントを装着し、一応見られる程度にはしていたけれど、第10騎士団の副団長ともなれば、流石にそれではダメらしい。
加えてレイズ様が戦場で倒れたことも少なからず影響している。軽装が原因で、立て続けに第10騎士団の要人が屠られるなどということはあってはならない。
ということで僕はゴルベル出立前には採寸され、こうして本日、いよいよ鎧完成の知らせが届いたのだ。
だけどなぁ。重いのはやだなぁ。
そもそも僕が狙われるような状況下に陥るということは、戦況としてはほぼ負けなのである。
一応戦場の習いとして兜はつけているけれど。それで十分かなと思っている。
もう一つ気が進まないことがある。
「鎧は黒くせよ」と王から指定があったのだ。
ルデクの民にとって、黒き将といえばレイズ=シュタインであり、白き将といえばルシファル=ベラスの象徴だった。
今回ルデクは同時にその二つを失った。ゆえに僕を、レイズ様の後継者として大々的にお披露目したいという思惑からだ。
やりたいことは分かる。理解は充分にしているし、僕が当事者でなければ同じ事を献策した。当事者でなければ。
レイズ=シュタインは唯一無二の存在だ。その頭脳も、仕草も、見た目も、人々を魅了した。僕には荷が重すぎるだろう、、、、、
せっかくの晴れ舞台で人々ががっかりしたらどうするんだ? それよりはラピリアとウィックハルトを先頭に立てて、観衆の目を引いた方がよほど良いのではなかろうか?
僕は素直にそのように提案したのであるが、誰からも相手にされなかった。悲しい。
「何を言っているのかしら。みんな誰を見に来ると思っているの?」
呆れながら言うラピリアに「少なくとも、僕を見に来るわけじゃない」と言ったら、久しぶりに足を蹴られた。
そのような経緯があったので、僕が逃げないように監視付きで工房へ向かっていると言うわけだ。
「しかし楽しみだな。今回の鎧は新しい素材で、新しい意匠なのだろう」
「ラピリアの特注の鎧を元にしたと聞いたぞ」
「そうね、私もいくつか助言をしたわ」
盛り上がっているなぁ。騎士の方々。一応僕も騎士だけど。静かに3人の話に耳を傾けているウィックハルトも心なしか楽しそうだ。
なんとか隙を見て逃げられないかと考えてみたけれど、今逃げたところで凱旋式が延期になるわけではない。そもそもこのメンツを置き去りにして、僕が逃げられるとは到底思えない。
余談だけど、こんな時に呼ばなくてもやってくる双子は、本日お休みである。
昨日エンダランド翁と散々飲み散らかしたと聞いた。
双子が潰れるほど飲んだエンダランド翁、結構早朝に外で元気に体操していたな。あの人、あと100年くらい平気で生きそうだ。
僕がくだらない事を考えながら現実逃避をしているうちに、いよいよ工房に到着。
「失礼する」と言いながら工房に入ると、早々に工房長のルジームさんが出迎えてくれる。
「これはこれは、皆様お揃いで。お披露目の準備はできておりますよ。ささ、こちらへ」と、大変腰の低い人だ。
別に僕らが第10騎士団だからではなく、普段からこんな感じの人なのである。
仕事中の来訪を詫びて、僕らは職人さんたちが鉄を叩く音を聞きながら奥へ。
「例のものは、こちらに」
招き入れられたのは工房の片隅に設置された応接室だ。部屋の中央に布がかかった、いかにもな佇まいの物が鎮座している。
「ここはロアがめくるところでしょ?」
ラピリアに促された僕は、ゆっくりと布を掴む。
そっと布を自ら外すと、そこには
「これは、、、、軽装鎧ではないのか?」リュゼルが興味深そうに言うように、見た目は薄くて頼りなく見える。
「お伝えしていたと思いますが、新しい金属で設えた鎧です。要所はしっかり押さえて、守備力は十分。それでいてこれだけの薄さを実現したのです」
なんだかよく分からないけれど、すごいと言うのは分かった。籠手を持ってみても、明らかに今までの鎧よりも圧倒的に軽い。
、、、これなら着ていてもあまり邪魔にならないかも。それに単純にかっこいい。
「鎧もですが、こちらもどうですか?」
ムジールさんが背中に付いていたマントを外して、こちらへ向ける。
「お、良いな。俺もやってもらおうかな」とフレインが言えば「私もお願いしたいわね」とラピリアも反応し、ついでウィックハルトやリュゼルも欲しいと言い出した。
そのマントも漆黒であった。けれど、中央に金刺繍で三日月と燕が縫われていたのである。
、、、、、凱旋式。ちょっと楽しみになってきたかも。




