【第256話】王家の過去(下)
ー思えば、伯父上も運命に翻弄されたお一人であった。ー
ゼウラシア王はひとり、ゆっくりと、語り始めた。
ヒューメット伯父上は私の祖父、先先代のルデク王、ジャガルドお祖父様の実妹のご子息である。本来であれば、本家の血筋を支える立場として育てられるのだが、長く、お祖父様は子に恵まれなかった。
その結果、伯父上は一時、次代の王の筆頭候補として扱われていたのだ。実際伯父上は体も大きく武に優れていたため、強き王として期待をかけられていたし、本人もその気であった。
風向きが変わったのは我が父が誕生してから。継承権第一位は我が父に移り、伯父上は父上の”予備”となった。
手のひらを返したものも多数いたが、逆に父上に何かあった時を想定して、より伯父上に近づいた者達もいた。
これが、のちに第九騎士団の中核となるヒューメット派の原型である。
それでも当人の伯父上は、少なくとも表面上は父上を補佐する立場を受け入れ、よく補佐してくれておられたと聞く。
ところが、お祖父様の孫、つまり私が生まれた時に、もう一波乱起こる。
お祖父様が伯父上を排除しようとしている、そんな噂がまことしやかに流れた。
父上の話によれば、これは大いなる誤解であったらしい。不用意ではあるが冗談で申されたお祖父様の言葉を、おそらくは伯父上派の貴族が勘違い、、、いや、悪意のある解釈をして広めたのだ。
お祖父様はすぐに釈明をしたし、伯父上も受け入れはしたが、私が生まれたばかりの重要な時期に要らぬ揉め事は避けたいと、お祖父様と父上は伯父上を王都から遠ざけた。
そうして伯父上は実父の生家のある街へと移り住むことになった。それが、デンバーの街だ。デンバーの街は伯父上に付き従った貴族も移り住んだことで、貴族の街として発展することになる。
お祖父様も多少なりとも後ろ暗さがあったのだろう、貴族院の中に伯父上の推薦で収まることのできる席を用意した。
さらにいえば、お祖父様も伯父上がここまで長生きされるとは思っていなかったのであろう。結果的に、お祖父様よりも、年下の父上よりも長く生きられた伯父上の貴族院の影響力は大きくなった。
そうして第九騎士団の誕生に繋がる。
私が直属の軍を持つことで、伯父上と伯父上派がまた虐げられるのではないかと危惧することを避けるために、私は第九騎士団の創設を認めたのだ。
もし、伯父上が生きておられて、ルデクに弓を引くのであれば、これまでの処遇を本当は不満に思われていたのかも知れぬ。
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「、、、、数十年前に始まる古い話のこと。事情を知っているのはもう数えるほどしかおらぬ」
そんな言葉で、誰ともなくザックハート様に視線が移る。
「ザックハート様は知っておられたのですか?」トール様が聞くと、ザックハート様ではなく王が答えた。
「知っているどころではない。騎士団で伝説のように語られる、ザックハートが父上を怒鳴りつけたと言う話は、この、伯父上を遠ざけたときの事だ」
みんなが驚いていると、ザックハート様は少し鼻を鳴らして口を開く。
「あの時の先王の判断は間違っておったと今でも思っておる。だが、リーゼの砦の維持任務を終えて王都に戻った時、既にヒューメット殿は王都を去った後であった」
今思い返してもザックハート様にとっても納得のいかないような内容だったのは、これだけで伝わってくる。
「、、、、伯父上は、ずっと恨みに思っておられたのであろうか、、、もしかすると、この戦いを始めたのは伯父上であったのか?」
王は小さく首を振る。信じたくないが、、、、という声が小さく漏れた。珍しく動揺が声音に混じる。
「ゼウラシア王、ヒューメット様が始めた戦いではないと思います」と、僕は否定。
僕の知る未来で第九騎士団も、ヒューメットもひっそりと歴史の中に埋もれていった。流石にヒューメットが首謀者であるなら、ルデクの総督府あたりには納まりそうなものだし、どこかしらでその名を耳にしたはずだ。だけど、ルデク滅亡後にヒューメットの名前を聞いた覚えは一度もない。
「首謀者は間違いなくリフレア内部にいます。そうでなければ、ここまで国ぐるみで動いてくることはできません。ヒューメット様もまた、リフレアの何者かに誑かされたのでしょう」
「そうか、、、、、」王は短く言うと、しばし目を閉じた。
しばらく沈黙が続く。
「、、、、、リフレアを滅ぼすべきと考える者は、ロア以外にいるか?」王は騎士団長達に問う。
「私は賛成です。そうしないと一生リフレアから追い立てられますからな」などと嘯くのはトール将軍。トール将軍はホッケハルンの砦で、リフレアに禁句を投げかけて挑発している。
確かに、リフレアが悪かったと徹底的に思い知らさないと、トール将軍を狙う報復の可能性は高くなりそうだ。
「賛成します」短く答えるのはベクシュタット様。
「アタシは王と、ロアの意見が合えばそれに従います」とはホックさん。
ザックハート様は無言だ。
「滅ぼす、べきか、、、、、」
王は少し迷っているようだ。
「答えを急ぐ必要はないと思います」と僕は伝える。実際、リフレアへの侵略が決まっても、様々な理由から直ぐには軍を起こせない。
「そうだな、、、、」
判断保留というところで話がまとまりそうになった時、部屋にサザビーが駆け込んできた。
「どうした?」
「リフレアより弁明の使者が来ています。お会いになられますか?」
全員が複雑な顔でサザビーを見たのだった。