【第254話】第二騎士団の処遇
「理由を述べるつもりはないと、そのように申すのか?」
「はい」
ゼウラシア王の質問に対して、ホックさんは一切の弁明も、理由も述べるつもりはないと宣言する。
これには理由がある。ホックさんは間違っても、ルシファルに加担した理由を明かすわけにはいかないのだ。
ホックさんがルシファルに与した理由、それはルシファルに対する義理立てに他ならない。だがそれを正直に述べれば、すなわち王への忠誠よりも、ルシファルへの義理立てを優先したことになる。
実情はともかく、公にそんなことを言っては王の面子は丸つぶれだ。死罪以外の選択肢がなくなる。
ホックさんだけの問題であれば、そのまま吐露して沙汰を待つのも本人の自由だ。だけど、ホックさんに付き従った第二騎士団も、当然事情を知った上でホックさんに付き従ったと見なされてる。実際もそうだし。
そうなるとホックさんの義理立てよりも良くない。理由なくして闇雲にホックさんに付き従ったとなれば、騎士団失格のレッテルを貼られても文句は言えない。指揮官クラスには重い罪が課せられる可能性も出てくる。
ゆえに、ホックさんは「全てが自分の責任である」と言う主張だけで、押し切るしかないのだ。
実際のところ、王もすでに事情は聞き及んでいる。だが、王側からそれを口にすれば、ホックさん達には逃げ道がない。なので、王もあえて口にはしない。
「では、質問を変えよう」王が話を切り替える。ホックさんは黙って王を見たままだ。
「第10騎士団の副団長、当時はまだ中隊長であったが、、、ここにいるロア=シュタインと密約を交わした。それは事実か?」
僕とホックさんが交わした密約。ホックさんが死んだ時、第二騎士団の面倒を見てほしいと言う内容だった。
「、、、、はい。事実です」ここはホックさんもあっさりと認めた。特に隠す必要もない内容だ。
「では、先日のコラックの砦において、ロアとの密約を元にロア隊に合流した。これも事実か?」
「、、、、はい。相違ありません」
「もう一つ、聞こう。密約を交わしたのは、ニーズホックだけか?」
「はい?」質問の意味が分からず、怪訝な顔をするホックさん。
「今回の”企み”は、ホックだけの考えかと問うている」
「、、、、先ほども申し上げた通り、アタシ一人の責任です」
その言葉を聞いた王は、僕に鋭い視線を向ける。
「、、、、そうか。ロア、ではお前の報告が少々異なることになるが?」
水を向けられた僕は
「そうですね。僕が約束したのはニーズホック騎士団長および、騎士団全員であったはずですが、、、」
「ロアよ、お前が私に誤った情報をもたらしたのであれば、お前にもなんらかの処罰を与えねばならん」
ゼウラシア王がそのように言ったところで、「お待ちください!」とレゾールさんが声を上げる。
「なんだ?」
「発言をお許しいただけますか?」
「許す」
王の許可を得たレゾールさんに、ホックさんが「アナタは黙ってらっしゃい!」と小さくも強い口調で言うけれど、レゾールさんはあえて無視する。
「此度の件、密約の場には私も立ち会っており、また、密約にも関わっておりました! これは、私を代表として送り出した第二騎士団の総意でございます! 罰は、ニーズホック団長でもロア殿でもなく、我らに等しくお与えください!」
「レゾール! 黙りなさい! 王よ、全てはアタシの企みです! 全ての責任はアタシに!」
それぞれの訴えを聞いたゼウラシア王は、再び僕を見る。
「ロア、このように言っているが、どちらが正しいのか?」
「、、、レゾール部隊長の言っていることが事実です」
僕の言葉を聞いたホックさんが「ロア、、、、あなた、、、!!」と、僕を睨むけれど、僕は涼しい顔で王へと付け加える。
「今回の企みを王の許可を得ずに進めたことに関しては、僕にも罪があるでしょう。ですが、結果を見れば賞賛されこそすれ、罰せられるようなことではありません」と。
「、、、、まあ、そうだな。ニーズホック、功績の独占は感心せんな。そのようなことをすれば、部下より恨まれるぞ」
「は? それはどういう、、、、?」
キョトンとするホックさんとレゾールさん。王は2人の反応に満足げに頷くと、また僕に「此度の功績、再度確認したい、説明せよ」と促し、僕は「はい」と答えると、一歩前に出た。
「この度の密約、、、いえ、もう終わった話ですので策と言い換えましょう。今回の件は、第二騎士団長のニーズホック様および、その側近レゾール部隊長と取り決めた、壮大な策でございました」
「、、、、?」まだ状況の分かっていない2人は、口を開けたまま僕を見る。
「第二騎士団が裏切ったと見せかけ、ルシファルの元に送り込み、ここぞと言うときに内応、裏切り者達を一網打尽にする。彼らは第一騎士団と共に裏切り者の汚名を着せられながら、この策を見事に遂行。攻め寄せるリフレア兵の横腹に食いついて、これらを悉く撃破、さらには裏切り者どもに顔が利くことを活かし、オークルの砦の最短での奪還にも大きな功績を残しました」
僕の言葉を聞いて、再び頷くゼウラシア王。
「聞いた通りだ。これほどの功績を独り占めしようと言うのは、いささか強欲に過ぎるのではないか? ニーズホック」
ようやく状況を察したホックさんは、下を向いて肩を振るわせたまま小さく、「申し訳ございません、、、、」とかろうじて絞り出したのだった。
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その日の少し遅い時間、僕が一人執務室にいると、レゾールさんが酒を持ってやってきた。
「飲みませんか」と。断る理由もないので応じる。
「夜分にすみません。師匠を宥めるのに時間がかかったもので」
聞けば、あの後のホックさんは大変だったみたいだ。ただただ赤子のように泣き腫らして、第二騎士団の全員にハグして回ったらしい。
第二騎士団の処遇、それは騎士団全体への褒賞だった。罰などあろうはずもない。彼らは僕の策で裏切り者の巣窟に忍んでいたのだから。
これは思いつきで決めた策ではない。ホッケハルンの攻防前には王と相談して決めていたことだ。
都合が良いことに、第二騎士団がこれまでルデクに牙を剥いたという事実は一つも無い。もしも、ホッケハルンの攻防戦でルデクに付いてくれるのであれば、今日の謁見の通りにしようと決まっていた。
ゼウラシア王としても思うところがないわけではなかっただろう。けれど、ホックさんがそこまで貶められていたことを知らなかったと言う事実。そしてこれ以上無駄に兵を減ずることができないと言う政治的な思惑が相まって、いっそ国民への宣伝材料に利用してしまおうと言う結論に落ち着いたのである。
第二騎士団は当面、自分達がやった事とは真逆に英雄扱いされて、居心地の悪い思いをするだろうけれど、それは彼らへの罰である。
僕はレゾールさんと酒を汲み交わしながら、今回の裏事情についてそんな風に説明した。
「、、、滅茶苦茶ですね」全てを聴き終えたレゾールさんの、素直な第一声。
「でも、悪くない落とし所じゃないですか? 第二騎士団も、ルデクも損がない」
「全くその通りですが、、、」
「それならいいじゃないですか。僕はルデクのためにも、第二騎士団やホックさんは必要な人材だと思っているから、上手くまとまってくれて良かったです」
僕の言葉を聞いたレゾールさんは、やおら立ち上がると僕に対して、深々と頭を下げた。
「どうしたんですか? 急に?」
「どうしたもこうしたもありません。師匠があの男に義理を果たすと決めた時点で、結果はどうあれ、私は死を覚悟しました。祖国を滅ぼしてまで生きるつもりはないし、敗れれば当然、生ける道はない。だが、貴殿は、、、、貴殿だけが、我々を生かす方法を見つけ出してくれた」
「いや、、、僕は大したことはしていません。レゾールさんの機転があったからこそ今があるんです。頭を上げてください」
僕の言葉にもレゾールさんは頭を下げたまま。
「一つだけ覚えておいて頂きたい」
ただならぬ気配に、僕は居住まいを正し「なんでしょう」と聞く。
「我々第二騎士団は、此度の恩、忘れることはないと約束します。貴殿が死ねといえば、死ぬ覚悟。何か困ったことがあれば、必ず我々を頼ると約束して頂きたい」
「いや、、、それは、、、、」
「お約束していただけないのであれば、実は第二騎士団は裏切っていたと団員全員で喧伝します」
、、、どんな脅迫だ。僕は思わず笑ってしまう。
「、、、、それは困りますね」
「でしょう? 、、、、、、、、本当に、本当にありがとうございます」
それだけ言うと、「少し酔いました」と言いながらレゾールさんは部屋を出てゆく。
レゾールさんの気配が消えた頃、僕は残った酒を少し杯に注いで口にする。
キイ、小さな音が鳴って、ラピリアが入ってきた。
「あら? 美味しそうなもの飲んでるわね」と言いながら。
その雰囲気で僕は察する。
「どこからか聞いてた?」
「、、、睡眠前の紅茶のジャムが切れていたから、取りに行く途中だったの。そしたらここから話し声が聞こえた」
「そう」
「あのねえ、ロア、危険のない相手だと判断しても、私か、ウィックハルトは立ち合わせなさい。今、貴方はルデクに欠かせない人材なのよ、ちゃんと自覚ある?」
「、、、うん」
「へえ、欠かせない人材だって自覚あるんだ」
「いや、そっちじゃないよ」
ふふふと笑うラピリアと、そっと杯を合わせると、くっと液体を喉に滑らせたラピリアは、僕を穏やかな顔で見る。
「、、、、信頼に応えないとね」とラピリアが言った。
「そうだね」と、僕は応えた。