【250話到達記念SS】剣と櫛
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おかげさまで250話到達。物語もいよいよ終盤に向けた準備を始めております。
250話記念SSを書きました。本編には影響ないので飛ばしても問題ありませんが、お楽しみいただければ嬉しいです!
帝国との交渉を終え、ルデクトラドに帰還したラピリア。部屋に戻ると自分宛に荷物が届いていた。
「グランツ様から? 何かしら?」
特に心当たりがない。
首を傾げながら封を開ける。中には手紙ともうひとつ。
「これ、、、、グランツ様が持っていたのね」
呟きながら手にしたのは意匠は少し古めかしいが、一目で良いものとわかる櫛だ。
櫛は元々ラピリアの物である。ラピリアの祖母から母へ、そして、ラピリアへと引き継がれた大切な櫛。
櫛と一緒に入っていた手紙を、ラピリアはゆっくりと開いた。
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「レイズ様! 私の剣を受け取ってください!!」
レイズ様に騎士の誓いを願い出るのは、いったい何度目だろうか。
毎回答えは同じ。
「ラピリア、気持ちはありがたいが、騎士の誓いは君にはまだ早い。真に仕えたいと思った相手を見つけるのには、もっと時間をかけるべきだ」
そのようにはぐらかされる。
「そもそも騎士の誓いなど、無理してする必要がないものだ」とも添えて。
確かに拙速かもしれないけれど、この国でレイズ様を措いて、他に仕えたいと思うような将は存在しない。
帝国という強大な敵を相手に一歩も引かず、多彩で柔軟な策は敵を鮮やかに翻弄する。
部下の扱いも上手い。国を問わず、たとえ敵国出身の人間であっても受け入れる器の大きさ、そしてもうひとつ、レイズ様は性別も気にしない。
戦姫。
みんなが馬鹿にして呼んでいるわけではないことは分かっているけれど、ラピリアはこの言葉があまり好きではない。
姫という言葉が、力の無さを強調しているような気がしてしまうのだ。
だから「王家でもないのに不遜」という理由で、何とか戦姫の名前を返上できないものかと考えていた。
ーー自分は騎士としては駄目なのではないかーー
ラピリアがそのように悩んでいた時期がある。
用兵ならそこらの指揮官に負けることはない。だからこそ、栄えある第10騎士団の部隊長に抜擢されたのだ。
けれど、一対一ではどうか。
小柄なラピリアはどうしても体格差で不利になる。それに男の騎士とでは力負けもする。
試しに長尺の武器を使ってもみたが、そうすると今度は武器に振り回されてしまう。単純に力が足りないのだ。
いくら鍛えたところで、こればかりはどうしようもない部分だった。
そんな風に思い悩むラピリアを救ってくれたのが、レイズ様の言葉であった。
「無いものを羨むより、すでに持っているものを伸ばせば良い。ラピリアの長所は猫のようなしなやかさだろう。なら、剣技もしなやかに、そして速くあれば簡単には負けんよ」
そんなレイズ様であるからこそ、ラピリアは、剣を捧げたかったのだ。
レイズ様の横で帝国を打ち破り、ルデクに平和をもたらす。
それがラピリアの夢。
「今日こそは!」
鼻息荒く懲りもせずに今日もレイズの執務室へ向かうラピリア。今日は一つ秘策を持ってきた。
「ラピリア、、、昨日の今日でお主、、、」呆れ顔なのはグランツ様だ。
レイズ様は少し微笑んだまま、困った娘を見る目でラピリアを見つめていた。
ラピリアは跪き、剣を捧げると、同時にもう一つ包みを差し出す。
「これは?」
レイズが不思議そうに包みを見る。
「これは母から受け継いだ、ゾディアック家の女に引き継がれている櫛です」
「櫛?」
ラピリアは上を向き、答えた。
「これは私の覚悟の証、ルデクの平和のために女は捨て置き、第10騎士団にこの身を捧げる覚悟です! どうか、騎士の誓いを受けていただきたい!」
再び下を向いて、剣を差し出したまま時を待つラピリア。しばらくしてレイズが立ち上がって近づいてくる気配を感じる。
「ラピリア=ゾディアックの騎士の誓い、レイズ=シュタインが受ける。ラピリア、ルデクの平和のため、頼む」
そう言ってレイズ様がラピリアの剣を受け取ってくれたのだ。
ラピリアの掌から剣の重さが消え、櫛だけが残る。
「ありがとうございます!」
感激で目が潤んで顔を上げられないラピリア。そして掌に残った櫛の感触も消える。
「剣は、確かに受け取った。だが、櫛は預かるだけだ」
ようやく顔を上げたラピリアの前で、レイズは大切そうに櫛を持っていた。
「預かる? ですか?」
「ああ。これは、ルデクが平和になったら、お前に返さねばならぬものだろう。できれば早く、お前に返してやりたいものだな。それまでしばらく、預かろう」
「、、、、、わかりました、、、、、」
そして、櫛はレイズの執務室の机の奥底にしまわれたはずだった。
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グランツからの手紙は、近況の報告とラピリアを気遣う文章から始まり、グランツがなぜ櫛を預かっていたかに言及されていた。
実は、櫛は出陣のたびに、グランツに預けられていたそうだ。
何かあった時、すぐに返すことができるようにと。
そして今回の遠征において、グランツは王都に帰還することなく、ゴルベルの旧領を守ることになった。
いずれ、王都に帰還した時にでも返そうと思っていたと書いてある。
だが、ロアが帝国との同盟を提言して承認されたことや、ラピリアがロアとの同行を願い出たことをボルドラスから聞き及び、「櫛を返すのは今」と判じた。だから、櫛はラピリアに返す、と。
手紙を読み終えて、ラピリアは小さくため息を吐く。
レイズ様といい、グランツ様といい。まるで父と祖父のようだ。全くお節介なことだ。
ラピリアは絹の布に包まれた櫛を手にして、少し眺めてみる。
戦場に持って行った割には、かなり丁寧に扱われていた。傷ひとつない。
ーーーーどこかに置いておこうかーーーー
考えてから、少し首を振る。
頭のなかに、ある人物の顔が浮かんだ。
どこか頼り無さそうな、でも、本当は誰よりも頼りになる、あの顔が。
それから一人微笑んで、櫛を懐にそっとしまった。