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【第25話】ハクシャ平原の戦い⑧脱出


 ライマルさんとの会談後、僕はリュゼル隊長に頼み、リュゼル隊のほぼ全軍で河の上流へと疾走していた。


 目的は北にある橋だ。それなりに距離があるため、河の氾濫を考えればなるべく急ぐ必要があった。


 北の橋まで向かった理由は2つ。ウィックハルト様の出陣が避けられないなら、援軍を出すしか方法がない。


 被害を最小限に食い止めるためにも、援軍は敵に気付かれないように、大きく迂回をしたい。


 橋は南北にあったけれど、南の橋に向かうには、第六騎士団の横を通過する必要がある。


 まだ奇襲部隊が出撃していない以上、僕らの動きが見咎められれば、なに事かと止められる可能性は高い。最悪内輪揉めになってしまう。


 もう一つは橋の状態。川が氾濫しても渡れるような物なのか確認しておきたかった。北から突っ込むのであれば、多分逃げるのは南へ。


 だけど、最悪の場合は救援を諦め、とって返す可能性も考えておかないと。つまり北に戻る時は、彼らを助けられなかった時だ。 


 結論から言えば北に架かった橋は、かなり頼りない物だった。近くには村があったので、橋が流されるたびに住民がかけているのだろう。どうせ流されるなら、という簡素さが暗がりでもよくわかる。


「思ったよりも時間が掛かったな」リュゼル隊長が呟く。


 僕はリュゼル隊長に「死んでください」と頼んだ。リュゼル隊長はただ、「策を聞かせろ」とだけ言った。僕の言葉を聞いたリュゼル隊長は、それ以上何も言わず、極秘裏に出陣の準備を進めてくれた。


「南ではすでにウィックハルト様の渡河が始まっているかもしれません。急がないと、、、」


「ああ、、、それにしても、私は君を少々見直したぞ、ロア」


「、、、、何がですか?」


「お前はこの前が初陣で、エレンの村では戦闘らしい戦闘もなかった。だが今回は違う。これから向かうのは死地だ。それにしては随分と落ち着いている」


 とんでもない話だ。今でさえ吐きそうだし、戦場に着いたら漏らしそうだ。ただもう、必死でこんなところで死ぬわけにはいかないという思いだけでここにいる。


 素直にそのように伝えると、リュゼル隊長のみならず、周辺の兵も笑った。


「いや、まだ吐いても、漏らしてもいないなら十分に大物だ。初陣で吐かぬ者も、漏らさぬ者も少ないぞ」


 そんな話をしながらも、橋を渡った僕らはとにかく急いで南下する。ここからは速度も重要だけど、タイミングも大切だ。


 ウィックハルト様の部隊に敵兵の意識が完全に向かった時、敵が勝利を確信して緩みが出た時。加えてウィックハルト様達がまだ生き残っていて、逃げるだけの余力がある時。その一瞬を突くために。


 フランクルトが、、、、或いはサクリが河の氾濫を見越して、逃げ道と援軍を封じる策を想定したのなら、僕はその裏をかく。存在しない援軍を生み出す。


 戦場に着くとすでに戦闘は始まっていた。なぜか一つだけついている篝火に照らされた陣幕の周辺に、ウィックハルト様達がいるのが分かった。


「どのタイミングで突入する?」リュゼル隊長の言葉に、僕は南へ視線を向ける。ライマルさんは間に合っただろうか。


 ライマルさんにも南から背後を突いてもらうようにお願いしてある。ただし、僕らが攻め入らなければ、諦めて退くようにとも。


 ライマルさん達は、ウィックハルト様が出立した後に事を進めなければならず、僕らよりも時間的な余裕も動かせる兵士も少なかったはず。


「、、、こればかりは分からん。あまりのんびりしていると機を逸する、最悪は我々の兵で敵陣を切り裂くしかあるまい」


「タイミングに関しては僕にはわかりません。合図はリュゼル隊長の経験にお願いしたいです」


 僕の言葉にリュゼル隊長はニヤリと笑う。


「ならば、まさに、今、だな」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 作戦は上手く行った。とりあえずここまでは。完全に虚をつかれたゴルベル兵は抵抗らしい抵抗もなく切り裂かれてゆく。


「ロアはとにかく真ん中で馬にしがみついていろ」というリュゼル隊長の言葉に従って、僕はひたすら馬にしがみついて敵陣を駆けた。


 そうしてあっけない程簡単にウィックハルト様の元にたどり着くと、リュゼル隊は勢いそのままに反対の敵陣へと突入してゆく。ここからは正面切っての戦いになるが、状況を把握できないゴルベル兵には混乱が見られる。いける!


 僕は呆気に取られているウィックハルト様に叫ぶ!


「説明は後! 後ろについて来てください! このまま脱出します! 遅れたら死にますよ!!」


 ウィックハルト様が引き連れた部隊は、前将への忠誠が厚い歴戦の兵が多い。瞬時にここが好機と判断してくれて、僕らの流れについてくる。


「このリュゼルに貫かれたくなくば、どけや! どけえ!」リュゼル隊長の気迫は凄まじい。普段どちらかと言えば表情を変えない感じの人なのに、戦場では別人だ。


「このデリーズが相手だ!」と名乗り襲い掛かる敵兵もいたが、リュゼル隊長は無視する。今はそんな奴を相手にしている状況ではない。


「軍師よ! 策は、なったぞ!」


 リュゼル隊長が叫ぶが、最初は誰に声をかけているか分からなかった。少しして僕に言っていると気づく。リュゼル隊長が槍で指し示した先からも大きな歓声が起こっている。ライマルさんが突入したに違いなかった。


 すると突然、敵陣を切り裂くように真っ直ぐに道が開く。ライマルさんが確保してくれたのだ。


「感謝する!」言い捨てながら駆け抜けるリュゼル隊長に「こちらこそ!」とライマルさんが応じる。


「ライマルさん達もすぐに撤収してください!」通過しながら叫ぶ僕の言葉に「しんがりはおまかせを!」という返事が届いた。


 そしてついに、敵陣を抜ける。


 振り向けばすぐそばにウィックハルト様がいた。


「無事ですか!? すみませんがしばらく南へ走ります! もうひと頑張りです!」僕の言葉に「すまない!」と返す声はまだ元気そうだ。


 それから僕らは南へとひたすらに駆けた。逃げ切れるかどうかは、運と、仕込んできた”アレ”にかかっている。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「奇襲だと!? どこからだ!」フランクルト将軍は座っていた椅子を蹴り上げた。


「北からも南からもです!」


「我が軍、混乱しております!」


「敵軍は一固まりとなり我が軍を突破!」


 矢継ぎ早に信じられない情報が舞い込んでくる。


「どうなっておるのだ!」フランクルトは虚空に怒鳴りつけた。近くにいた側近が震え上がる。


「さ、、早急に追撃を! 今なら背後を狙えます!」どうにか進言する側近の言葉に被せるように、新たな情報が舞い込んでくる。


「対岸北部に巨大な炎が上がっております!」


「今度はなんだ!? 何が起きている!?」


「分かりません。とにかく赤々と炎が!」


「何かの策か、、、、、」フランクルト将軍は虚空を睨んだまま考えを巡らせる。


「将軍、、、、追撃は、、、、」


「せぬ」と一言。


「よろしいのですか、、、、」恐る恐る確認する側近。


「今、河は渡れぬ。すなわちどういう事か。。。敵は我々の策を読んで潜んでいたのだ。周辺は監視している。。。なれば、、、早い段階で大きく迂回して潜んでいたということだ。。。そして謎の炎。まさかとは思うが、既にレイズが到着しているのではないか?」


「レイズ将軍ですか? 第10騎士団の? しかし第10騎士団は昨日先発隊が到着したばかりと、、、」


「それが我々を油断させる罠だとすればどうだ? 我らが追撃に向かえば、再び背後を、、、いや、手薄になったこの本陣に攻め入るという可能性はないか?」


「まさか、、、そんな、、、」


「追撃は、せぬ。青二才の首一つに我が軍の命運を賭ける訳にはいかん。。。我々の、負けだ」


 そう絞り出すように言葉にしたフランクルトは、力なくドカリと地面に腰を下ろした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ロアの作戦大成功!リュゼルも思ったよりすんごいですね! [気になる点] …ロアが立てた作戦ですから、レイズさんはまだ到着してないはず…フランクルトが勝手に勘違いした?…敵にも救われた…か……
[一言] ウィックハルトの軍議を無視し戦功を欲した行い、厳しく糾弾される行いですね。
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