【第247話】ホッケハルンの決戦⑨ 厄災
最初は1人、続いて2人。そこからは雪崩式にリフレアの軍が迫ってくる。
「ほら! 釣れただろう!」と嬉しそうなトールだったが、「そんなことを言っている場合ではないでしょう!」とシャリスが怒声をあげる。
トールのいう釣れた兵は、ざっと見たところ1万に届きそうだ。こちらの倍どころの話ではない。うかうかしていたら一気に飲み込まれる。
「おお!のんびりしていたら全滅するぞ! おい! 逃げるぞシャリス!」早々に敵に背を向けるトール。
とんでもない指揮官について来てしまったと後悔している暇はない。
シャリスは大きく息を吸うと、「全軍退くぞ! 遅れれば置いてゆく!!」と撤退を命じるのだった。
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「進軍を開始しただと!? 誰が許可をした!」
想定外の事態にルシファルが怒鳴る。リフレアの将達とは、陽が沈むまでは挑発されても無視するという話でまとまっていたはずだ。
「それが、トールがリフレアの唯一神を貶し、、、」
「バカな! そんな事をすれば死ぬまで追いかけ回されるぞ!」
開戦を望むにしても、あまりにも無茶苦茶な選択肢。常人であれば絶対に選ばぬ方法である。
「止めますか?」
側近の言葉にルシファルは考える。
そもそも止めることができるのかを。いや待て、もしかしたら止める必要はないのではないか?
今回の戦い、一見ルシファルが多くの兵士を従えているように見えるが、内情は若干異なる。ルシファルの命令に従うように通達されているが、リフレアの兵士はどこか他人事だ。
勝ち馬に乗って蹂躙するのは協力するが、よもや、我々を汚れ仕事や消耗戦に使わぬよな? 言外にそのような言葉をちらつかせる。
それゆえに、ルシファルは夜戦を待つしかなかったのである。砦の中での戦闘となれば勝ち戦、リフレアの将官も嬉々として出撃を命じるだろう。そこまでの段取りを成功させれば良し。それがルシファルの策の基本路線であった。
だが後先を考えぬ間抜けのおかげで、リフレア兵が自ら望んで戦闘に参加してくれるのである。ならば、その流れを利用した方が良い。
灯った怒りの炎はそう簡単に鎮火しない。
放っておいてもリフレア兵を中心とした本格的な攻城戦となる。その混乱の中で仕掛けを発動する。それはルシファルにとって夜戦よりも理想的な展開だ。
それに、レイズの弟子。
夜戦となれば、或いは何か仕掛けてくる可能性も考慮に入れねばならなかったが、この時間であれば第二騎士団の相手に手一杯で何もできまい。
所詮、レイズの模倣よ。
ルシファルは、かつて城の中で握手を交わした文官の姿を思い出す。ちょっと力を入れれば、簡単に殺せそうであった。
レイズは託す相手を間違えたな。
ルシファルは少し笑うと、いつもの冷静さを取り戻す。
「いや、間抜けがわざわざリフレアの皆様のやる気を起こしてくれた。我々も出る! 第一騎士団および、第九騎士団にも進軍を命ぜよ!」
「はっ!」
慌ただしく動く将官の中「ルシファル様」と声をかけて来たものがいる。
「なんだ、ヒーノフ」
「私が引き連れてきたリフレアの兵は、挑発に乗らなかったようです。後方にいたので聞こえなかったのでしょう。このまま後方支援を担当し、万が一敵の別働隊が現れたらそちらに対応しようと思いますが、よろしいですか?」
「ああ、確かに後方への警戒は必要だな。分かった。お前に任せよう」
「ありがとうございます」
ヒーノフが陣を出ると、側仕えの兵が兜を持ってきた。
ルシファルは兜を受け取りしっかりと被る。
ホッケハルンの砦を攻略すれば、残りは王都、ルデクトラドのみ。そして、王都には第三騎士団を残すだけ。
待っていろ、ゼウラシア=トラド。
この私を排除しようとした代償はしっかりと払ってもらう。
そして私は、あのお方の元で新たな第一騎士団として君臨するのだ。
それで全て元通り。
陣幕を跳ね上げたルシファルは、目に差し込んだ陽の光に目を細めた。
その光は己の未来を祝福しているように、ルシファルには感じるのだった。
だが、差し込む光が祝福でなかったことは、すぐに思い知ることとなる。
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「全く! 無茶をなさる!」
砦に駆け込んできたトールとシャリス。門を閉めたところで、すでに敵は目と鼻の先に迫っており、少しでも撤退が遅れれば受け入れることは難しくなっていた。
「だが、これで場が動くぞ!!」
興奮気味に喋るトールの言う通り、こちらとしても最悪のケースは脱したのだろう。
「ですが、トール殿が一人であまりにも危険な宿業を背負うことに、、、」シャリスが懸念を口にする。
「そういう話は勝ってからするものだ! 今はそれどころではあるまい!」
本人は全く意に介していないように見えるし、実際今はそれどころではない。
「さあ、あの軍師の弟子が立てた策、ひとまず味わわせてもらおう!」なお興奮冷めやらぬトールが天を仰ぎ、その場にいた全員が、同じように上空、正確には塁壁の上へと視線を走らせた。
「き、、、きた!」ロズヴェルの叫びは、熟練の弓兵にかき消される。
「新兵ども! その矢はでかい! 取り落とすなよ! 巨大弓用意!!!」
老兵の合図で、新兵達が塁壁上でも敵から見えぬように少し奥へ下げていた巨大弓を前に押し出すと、矢をつがえ、数人がかりで弦を引く。
「狙いは定めずとも良い!! ただひたすらに射てえ!!」
合図で次々に放たれる巨大な矢。
矢は直撃した多数の兵士の生命を奪い、さらに着弾すると凄まじい轟音と共に地面を抉りつつ、周辺の兵士を吹き飛ばした。
突然起きた、抗いようのない災厄。
それはまだ、始まったばかりであった。