【第24話】ハクシャ平原の戦い⑦奇襲
「ローテル! 敵が回り込んできている! エテンラ! 助けてやれ!」
周囲の兵に気を配りながら、ウィックハルトは弓を絞り、放つ。
暗闇の中にも関わらず、矢は正確に敵兵の脳天を貫く。偶然ではない、動きや気配を察して、先ほどから多数の兵士を屠っている。
錐型の陣の中央で矢を放ち続けるウィックハルトは、その肩書きに恥じぬ、驚異的な命中率で陣形が崩れそうになった場所を助けていた。
ウィックハルトの矢が命中するたび味方から歓声が上がり、少し勢いを取り戻す。しかし、部隊は一向に前に進まない。先ほどとは比べ物にならない。確実に殲滅するために敵兵が襲い掛かってきている。
ウィックハルトはひたすらに矢を放ち、叱咤する。自分がそこにあることで、味方の兵達は自分と共に生き残ることを選択するはずだと信じて。
「少々厳しいですな、、、ウィックハルト様、申し訳ございません、、、、」スクデリアがすっと頭を下げる。
「、、、、何を謝っているのだ、スクデリア」
「ライマルの言う通りでした。私の見込みが甘かった。私のわがままのせいで、ウィックハルト様まで巻き込んでしまいました、、、、」
「、、、スクデリア。私をみくびってもらっては困る。私は、私が一矢報いたかったのだ。私が、この策は勝機があると踏んだのだ! いいか皆のもの! ナイソル様の兜という最大の戦果を手に入れたのだ、必ず帰り、ナイソル様の墓前に添えるのだ! 全員で! 全員でだ!!!」
「おお!!」
威勢の良い返事が返ってくるが、圧倒的寡兵。全滅は時間の問題だった。
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「思ったよりも耐えておるな」離れた場所に陣取ったフランクルトの元にはひっきりなしに伝令が駆け込んでくる。暗闇で状況が分からないため、伝令の情報が頼りだ。
「さすがはあの若さで蒼弓と呼ばれるだけのことはありますな」側近も少し感心したように言った。
大陸にある10の弓の達人、国や人によって挙げられる人物は異なるが、ウィックハルトは達人の一人に数えられていた。若き天才、蒼弓ウィックハルト。
「だが、将としては二流、いや、三流以下よ」フランクルトは断ずる。
ウィックハルトがどのような事情で奇襲作戦に加わっているかは分からない。ただの猪武者というわけではあるまい。大方、死なせたくない者がいるか、或いは自分が将として認められるための蛮勇か。それとも、自分がいれば無事に戻れるという過信か。
いずれにせよ話にならない。
見捨てるべきだったのだ。明らかに罠だと分かっている場所へ進軍を進言する者の事など。
僅かな兵のために、全ての兵が危険にさらされる。それが分かっていないなら、将の器ではない。
前将、ナイソルは敵ながら天晴れであった。サクリの罠によって選択を間違えば全滅さえあり得た中で、最小の被害で第六騎士団を残した。後の事を考えればこれ以上ない判断であった。
「ナイソルよ、弟子の育て方を誤ったな」
少々哀れに思う。だが、これで第六騎士団は当面機能するまい。南部は大きくゴルベルが押し出せる。
「無理をせずとも良い。もはや河は渡れぬ。逃げ場はない。援軍も来ない。いっそ夜が明けるまで粘らせれば、対岸の者どもに大将の敗北を見せつけられるかも知れぬ」
「畏まりました」
「ただし、必ず殲滅せよ。特にウィックハルトは必ず殺せ」
もう戦況は覆されることはない。そうフランクルトが確信した時だった。
新たな伝令が駆け込んでくる。
文字通り転がり込んできた伝令は叫んだ。
「敵襲! 我が軍が背後から奇襲されています!!」
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「ここまでか、、、、」矢も尽きかけ、倒れる者も出てきた。悔しいがこれ以上部隊の形を保つことが難しくなってきた。
ナイソル様、、、申し訳ございません。あなたから託された将達を、第六騎士団を守ること、叶いませんでした。
ウィックハルトの頬を雫が伝う。それが汗なのか、涙なのかは本人にも分からない。
せめて最後は、騎士団長として恥ずかしくない死に様を。
覚悟を決め、腰の剣に手をかけた時、おかしな場所から悲鳴が聞こえ、明らかに敵の攻撃の手が緩んだ。
「なんだ?」
暗がりで分からないが、戦いの音が聞こえる。
「内輪揉めか?」
音は徐々に近づいてきている。
「まさか、、、、、、」援軍? 馬鹿な。誰が来たというのだ?
そう思っている間に、瞬く間にその軍はウィックハルトがいる場所まで敵陣を突き破ってやってきた。
だが、足を止めることなくそのまま反対の部隊に襲い掛かってゆく。そこで初めて反対方向でも戦闘が発生していることに気づく。
「なぜ、貴殿らが!?」
「説明は後! 後ろについて来てください! このまま脱出します! 遅れたら死にますよ!!」
そこには、馬にしがみつきながらも必死に叫ぶロアの姿があった。