【第232話】ゴルベルの決断③ 王子と手紙(下)
「これはまさか、、、フランクルトの文字ですか?」
シーベルトの呟きを、その場にいた者達が無言で肯定する。
父王の粛清の嵐が吹き荒れる中、単身敵国の船に乗り込むという大胆な行動で逃げおおせた、フランクルト=ドリュー。
怒り狂った父王が家族を磔にせんと兵を差し向けたが、屋敷はすでにもぬけの殻。
当時は随分と悪様に言われた男だが、今思い返してみればフランクルトをそこまで悪く言う事はできない。残っていればおそらく間違いなく、罪なき身で殺されていたであろうから。
しかし、そのフランクルトが今更何を?
「まずはお読みください。一枚目はどの手紙も同じ内容です」
ファイスに勧められ、適当な一枚を開き、文章に目を落とす。
それは実に驚くべき内容が書かれていた。
「帝国と、、、ルデクが同盟!?」
間違いなくそのように書かれている。密かにルデクが帝国との同盟に動いている、と。
さらに読み進めると、願わくば帝国とルデクの同盟が成立するまでに、ゴルベルは終戦の使者を派遣してほしいとあった。
この話に乗ってくれるのであればさまざまな便宜を図るし、ルデクが制圧した領地の一部を返還できるようになんとか尽力する。とまで記されていた。
かなりゴルベルに配慮して書かれているように感じる内容だ。
そして文末には、この条件はあくまで帝国との同盟が成立する前に、ゴルベルが動いた場合の話である、と。
もしもフランクルトの言うことが事実であれば、早急な終戦は尤もな話だ。同盟が成立した後にゴルベルが慌てて使者を立てたところで、もはや歯牙にもかけてもらえぬかもしれない。
そこに至り孤立したゴルベルは、ルデクどころか西のルブラルからも蹂躙されかねない。いや、ルブラルの反応を見れば、ほぼ間違いなく喰らいに来る。
しかし、、、、
「帝国とルデクの同盟などあり得るのですか? フランクルトの虚報である可能性は?」
慌ててルデクに使者を送った後で、勘違いでしたでは済まされない。そうなれば今度は国内外で混乱の渦中にあるルデクという泥舟に、自ら乗り込むことになる。
「それについてですが、2枚目の手紙を」
ファイスの言葉にシーベルトは首を傾げながら、手紙の入っていた封を覗く。
「1枚しか入っていない」
「失礼、2枚目はこの封筒、私の元に来た物のみに入っておりました。内容的に情報の漏洩を恐れたようですな」
ファイスが押し出した封筒を開けば、なるほど確かに手紙は2枚あった。両方取り出して2枚目を見れば、ファイスの言葉の意味がよく分かる内容が書かれていた。
まず、この手紙だけはファイス宛のみに入れる親書に近いものであり、内容の扱いはファイスに任せる。とあり、次いでフランクルトから見た、先日の第10騎士団の遠征の顛末が書かれていた。
「フランクルトがあの場にいたのか、、、」
「ゴルベル出身の将が道案内を請け負うのは、十分にあり得る話ですな」
ファイスの言葉に頷きつつも、読み進める。
フランクルトの話では、確かにレイズ=シュタインが深手を負ったようだ。そしてその後にロアという側近の一人が指揮をとっていたとある。
信じられぬ話だがヒースの砦を攻略したのは、そのロアという将らしい。
その後、ルデクに戻るとリフレアといくつかの騎士団の裏切りがはっきりとしたが、王都を目指したそれらの軍を、やはりロアを中心とした第10騎士団が撃破。敵軍は退却していったと記されている。
帝国との同盟を提案したのもロア。同時に、ゴルベル国内でフランクルトが信用できる者に、手紙を送るように命じたのもロアだという。
「この、ロアという人物は何者なのですか?」
「その件は最後に」
ファイスの言葉の通り、手紙の最後はロアの人物像について書かれていた。
フランクルトの聞いたところによれば、いち文官であったロアをレイズが突然第10騎士団へ引き抜いたという。
ハクシャでフランクルトが負けた原因は、このロアの策にあったそうだ。その後もロアはレイズの期待に結果で応えてみせた。
人によっては「レイズの弟子」「レイズの後継者」と呼ばれる切れ者らしい。
『ロアであれば、帝国との同盟も不可能ではないように、私は思う。』
手紙はその一文で終わっている。
「フランクルトがここまで人を褒めるのは珍しい」
シーベルトが知る限りでは、フランクルトは命令を淡々とこなす我が道を歩む将だ。他人に関してはあまり興味を示すような事はなかったように思う。
「私も珍しいと感じました。そのため或いは、褒め称えるように指示されたのでは、と。ですが、それなら私宛の、わざわざ親書と断った手紙にだけ書き記すのは効率が悪いようにも思いますな」
「そうですね、、、とにかく、重要なのは同盟が成立するかどうか、皆はどう思いますか?」
そのように言いながら、シーベルトは自分がこの提案に乗り気であることに気づく。
現状、考えうる選択肢は全て潰れた。ルデクとの関係改善は今までになかった新しい可能性だ。
まして、帝国とルデクが同盟した場合、ゴルベルもそこに参加できるのなら当面の安全は保障されると言って良い。
「成否の前に、重要なことが」ファイスの真剣な表情に、シーベルトは何を言わんとするか聞かずとも分かった。
「父上ですか、、、」
「どのような条件が提示されても、王がルデクとの国交を開くとは到底、、、」
「私がなんとか説得を、、、、」
シーベルトがそこまで言ったところで、ファイス以下その場にいた3人が一斉に立ち上がって、深く頭を下げた。
そしてファイスが代表してその言葉を口にする。
「シーベルト様。不敬を承知ではっきり申し上げる。現王はもうダメです。このままでは国が、ゴルベルが滅びる。今が決断の時と存ずる。どうか、現王に代わり、この国の王たらんとするお覚悟を」
実父が王であるにもかかわらず、シーベルトはその願いを即座に否定できぬまま、しばし3人を見つめるのであった。