【第229話】帰国、そして、来訪
王都の正門へ着いた僕らを、出迎えるものはいない。
これは当然。まだ帝国との同盟については伏せられているのだから。
「、、、、商人の数が少ないわね」
大通りは相変わらずの人出だけど、ラピリアの言う通り商人の数が少ない。彼らの耳は早く、危険に敏感だ。
「だけど、思ったよりも状況はいいよ」
僕はそのように返す。実際、王都はもっと混乱していると思っていた。どれだけ情報を規制しても、人の噂を完全に封じるのは不可能だ。北から逃げてきた商人は宿屋で現状を話し、それを聞いた旅人が広めてゆく。
あまり混乱がない理由はなんだろう? 単純に考えられるのは、ルシファル達が喧伝していない可能性。
ルデク北東部が制圧されたと言っても、管理しているのは騎士団だろう。そうであればルシファル達が「この領土はリフレア領である」と謳わなければ生活に大きな変化はない街も多いと考える。
変化があるとすれば、その街の領主がルシファル達に抵抗した場合。この場合は戦闘になったり、領主が捕らえられたりするはず。
皇帝から聞いた話だと、リフレアはあくまで助けを求めた騎士団を保護しており、報復で危険にさらされる恐れのある領地を預かっていると言っていた。
リフレアとしては、帝国が動くまでは形だけでも不戦を演出しておかなければならない。だから大々的に喧伝もしていない。うん。ありえるな。
おそらくはその辺りが王都の落ち着きに関わっているのだろう。
ともあれ、思ったよりも状況が落ち着いていることにホッとしつつ、僕らは大通りを抜けると、軍部が集まる区画の門を開く。
「っこれは、、、!!」
僕らを待っていたのは、第10騎士団と第三騎士団が整列して出迎える姿。
開かれた中央の道の先には、ゼウラシア王とザックハート様。ゼランド王子。
僕らは馬から降りて、ゆっくりと進む。立ち並ぶ兵士たちの中には、リュゼルやフレイン、ディック、ルファの姿もあった。じんわりと、帰ってきたことを実感するなぁ。
僕らはゼウラシア王の元までたどり着くと、膝をついて王を見上げ、代表して僕が口を開く。
「帝国との同盟、成立させて参りました」
「うむ。聞き及んでいる。困難な交渉であったことは想像に難くない。本当に、ご苦労であった」
「はっ」
「そちらが帝国からの使者の皆様方か?」
ゼウラシア王の視線が帝国から来た外交使節団へ移ると、とある人物に目を止め、少し不思議そうな顔をする。
「お久しぶりですなぁ。ゼウラシア王子よ、いや失礼、今は王でございましたな」
王の視線の先で、そんな風に言ったのはエンダランド翁。
「貴殿は、、、、もしかしてエンダランド公か? なんと、、、まだこのような役職を担っておられたのか?」
「いやさ、とうに引退して悠々自適だったのですが、そちらのロア殿のおかげで、老骨に鞭打つハメになりましてな」としゃがれ声で笑う。
「あの、、、2人は知り合いだったのですか?」
「うむ。まだ帝国がそこまで大きくない時代、交易の窓口を求めてわが国に挨拶に来たことがある。その時にはすでに帝国の重要人物であったからな。こう言っては失礼だが、存命であったことすら驚いた」
エンダランド翁は再び呵呵と笑う。
「もう20年以上になりますかの? どうも、我が国も貴国も、あの謀略を弄ぶ国に遊ばれておる模様。まだ若造どもには任せておれませんようで」
今度は王が苦笑する番だ。
「その”若造”の中には私も入っているのだろうな。いや、全くエンダランド公の言う通り、彼の国に好きに転がされておるわ。だが、それもここまで」
「左様。と、申したいところですが、我々は当面傍観者。それを貴国が望んだと聞きましたが?」
「そうだ。此度の件、助けを求めたとあっては我が国の沽券に関わるのでな。ゆっくりと見物するが宜しかろう」
「頼もしきお言葉ですな。あのお子が立派に成長なされて」
「子供扱いは勘弁してくれ。それに私は相応の年であったぞ。とにかくよく参ってくれた。歓迎しよう。詳しい話は後で、明日は歓迎の宴も用意してある。まずは道中の疲れを癒せ」
穏やかなやり取りでひとまずの挨拶が終わり、連れてきた僕もほっと一息だ。
そうして帝国の外交使節団は一旦、旅の荷物を下ろすため別れ、僕らは休憩もそこそこに帝国での出来事を報告するため、王に連れて行かれるのだった。
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翌日、吹き出した疲れで泥のように眠っていた僕は、ドタバタとした騒ぎに起こされる。
今の僕の私室は、あてがわれた執務室の奥にある。何やら騒がしいのはその執務室の方だ。
最低限の身支度を整えると、目を擦りながら執務室への扉を開ける。
「あっ、ロアが起きた!」と言いながら飛びついてきたのはルファ。昨日は遅くまで王に報告していたので、帰国してからちゃんと言葉を交わすのは今日が初めてだ。
「ルファ、おはよう。朝から元気だね」
「うん! ユイお姉ちゃん、メイお姉ちゃんから帝国のお話を聞いていたの!」
「そうか、それは良かった、、、、」けれど、なんで執務室で?
「早朝からすまんな」そう言ったのはもちろん双子ではない。リュゼルだ。見れば、フレインやディック、レニーもいれば、ウィックハルトとラピリアも揃っている。
さらにはザックハート様とゼランド王子も。全くいつものメンツである。
「私は別の場所でとも提案したのですが、ユイメイが、、、」ウィックハルトが申し訳なさそうだ。
「やっぱりここが落ち着く」
「早くお茶を出せ」
双子にしても、やっぱり普段から体を動かしている人たちは回復も早いなぁ。
「ちゃんと身支度してくるから、お茶は勝手にいれておいてよ」と言い残して、準備を終えて戻ってくれば、そこにはネルフィアとサザビーもいた。
「何、みんな疲れてないの?」僕が少し呆れて言うと
「いや、寝ていたいんですけど、ロア殿とラピリアさんの件もあって、その報告に来たんですよ」言いながら全く疲れてなさそうなサザビー。
「あ、なんか問題あった?」王から待ったがかかったりしたのかな?
「いえ。騎士の誓いは神聖なものです。王といえど無かったことには出来ません。まあ、普通は先に王に打診するんですけどね、、、それよりも、この先の話です」
「この先?」
「第10騎士団の編成について、王まで相談に来るように、と」
「ああ、なるほど」
そんな僕らの会話に
「ちょっと待て、ラピリアが騎士の誓い?」
「おい、なんのことだ?」
と、フレインとリュゼルが話題に喰いつく。
「まあ、色々あったんだよ、、、」
フレインやリュゼルには僕の秘密を明かしてもいいけれど、ザックハート様やゼランド王子にはどうだろう。レニーもいるし。とりあえず伏せておいたほうがいいよなぁ。
そうしてどこまで話そうか考えている僕に、さらに追い打ちをかける事態が起きる。
僕が帝国での話をしようとしたその時、執務室に王から伝令がやってきた。
「王が至急お呼びです。朝一番でゴルベルからの使者が到着しました」と。