【第228話】皇帝とロア30 破壊の女神
帝国編、これにて終了でございます。
「ジェッツさん、予定通り来ました」
ジェッツに部下の一人が報告にやってきた。
「、、、、そうか。おい、ボラン、約束は守ってくれるんだろうな?」
ジェッツは依頼主であるファスティスの部下、ボランに再確認する。
「もちろん。成功すればファスティス様の手引きでリフレアに亡命できる。相応の立場で迎えられるように尽力しよう」
この場にいる30名からなる集団は、いずれも帝都の近くにあるパッソ監獄から連れ出された者達だ。
パッソ監獄は戦下において重大な規律違反を起こした者達が入れられる、軍事監獄である。
その監獄の中でも、特に問題のある囚人が集められた場所に投獄されていたのがジェッツ達だ。
彼らは「気に入らない同僚を後ろから殺した」「命令を無視して民間人に手を出した」など、皇帝の恩赦がなければ処刑が決まっている犯罪者。
それをファスティスが手引きし、連れ出したのだ。
無論、皇帝の許可を得ていない暴走行為である。
ただ、立場的にある程度の権力を持つファスティスが、「皇帝の命令による移送」という偽の命令書を盾にすれば、パッソ監獄を警備する兵士も断れない。
いや、実際にはパッソ監獄から帝都に問い合わせの使者は出た。しかし、強引にファスティスがジェッツ達を連れ出した後であった。
弓対決の最中、皇帝が耳にしたのはこの件だ。状況を把握した皇帝は静観を決めた。ロア達が同盟者たりうるだけの実力と運を兼ね揃えているか、見てみようと思ったのである。
実力がなければ息子でも認めない、それがドラクの信条だ。ロアは知恵は示して見せた、だが一度はこのドラクを認めさせた以上、この程度の困難で手を出すつもりはない、と。
一応、暗部を密かに向かわせている。しかし彼らの任務はあくまで帝国の外交使節団の安全の確保である。なんならツェツィー達の警護すら行わない。
ツェツィーも自分の身は自分で守るべき。それが皇帝の考えであった。
「どうします。もう、仕掛けますか?」
部下の質問にジェッツは少し思案。即席の部隊であるが、この中で一番位の高かったジェッツが指揮官としてまとめ役を担っている。
「いや、騒ぎに気づかれては逃げるかもしれん。追うとなれば面倒だ。今は待とう」
「わかりました」
投獄されていたとはいえ、元は前線で戦っていた兵士たちだ。この辺りはすぐに連携が取れる。
さらにいえば、人間性に難がある反面、それぞれの行為が問題になるだけの力も備えていた。
ジェッツは部下を見て、それから獲物の戦力を考える。
ボランの情報が確かなら、同行する帝国将官で注意すべきは大剣のガフォルとその部下、それと鋭見のリヴォーテ。
ルデクでは蒼弓ウィックハルトと戦姫は名が知れているが、いずれも接近戦が得意そうなタイプではない。
また、帝国の将兵には弱みもある。ガフォルは第四皇子夫妻を、リヴォーテは使節団をそれぞれ守りながら戦わなければならないはずだ。
ジェッツ達は当然、弱点を狙い、隙を突く。多勢に無勢、例え高名な武将とて、ひ弱なものを守りながらでは十全な力は発揮できないだろう。
ルデクの使者に関しては女も多い。こちらも戦力はさほどないと踏んだ。ルデクの代表は明らかに戦闘向きではないそうだから、他が手強そうなら、頭を狙えば良い。
ファスティスからは「殲滅が無理なら、ルデクの使者だけでも必ず殺せ」と命令を受けている。ルデクの使者さえ死ねば、とにかくファスティスもリフレアも都合がいいらしい。
まあ、ジェッツからすれば一人殺すのも、全員殺すのも一緒だし、殺せるのならたくさん殺すほうが楽しい。どうせこのまま牢にいたのでは死を待つばかりであったので、命令通りにやるだけだ。背後関係はどうでも良い。
「ジェッツさん、何か来ます。偵察ですかね?」
ジェッツ達が潜んでいる雑木林の向こうに、2つの人影が見えた。いずれも騎乗している。
逆光で顔は判然としないが、姿からして女のようだ。話にあったルデクの使者と見て間違いない。
「どうします?」
「近づいてきたら先に殺せ。そうでなければ、待て」
ジェッツの言葉に皆、無言で息を潜める。
二人は迷うことなくこちらへ近づいてきた。
あと僅か近づけば、こちらの射程。本隊に気づかれぬままに始末できる。
そんな風に考えていると、二つの影が腕を振り上げ、何かを投げつけてきた。
「?」
それが何か考える暇もなかった。
ジェッツの隣にいた兵士が、顔面を槍で木に縫い付けられている。
「ちいっ! 手練れだ! 仕方ない。始めるぞ!」
“偶然”最初の槍が直撃したとはいえ、向こうはたった二人。最短で片付けて、そのままの勢いで攻め入ろう。ジェッツはそのように計画を修正する。
雑木林からわらわらと現れるジェッツ達を見て、2つの影はなおその場を動こうとしない。
その影が刺鉄球が付いた棒を掲げると、表情が分からないにも関わらず、ジェッツにはなぜか笑ったように見えた。
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「大丈夫でしょうか、、、」心配そうなツェツィーには申し訳ないけれど、僕は全く心配していなかった。
あの双子のことだ、命を賭して相手を減らすなんてことはしない。無理なら無理で早々に逃げてくるだろう。
そして双子が出ていって、しばらく時間が経っていて、風に乗って男の悲鳴らしきものも聞こえるということは、つまり、そういうことだ。
ツェツィーの言葉からもう半刻ほど過ぎた頃、案の定、双子が楽しそうに帰ってきた。
「ネルフィア、服、たくさん買ってたろ?」
「1着くれ。返り血がひどい」
確かにひどい格好である。淑女が見たら卒倒しそうな見た目で、実際に帝国の使節団のうち数名は「うっ」とえずいていた。
「二人とも怪我はないの?」
この中では唯一の本物の淑女であろうルルリアが、全く平気そうに双子に声をかける。
「あの程度で怪我はしないな」
「まあ、いい運動になった。それよりもウィックハルト」
「なんですか?」
「この馬、いいな!」
「とてもいい、くれ!」
双子が乗って行ったのはウィックハルトが皇帝から贈られた二頭の名馬。「せっかくだから乗ってみたい」と馬車から強奪して行ったのである。
ウィックハルトは苦笑しながら「いいですよ」という。
「やったー!」
「わあい!」
無邪気に喜ぶ双子。
「良いの?」と聞くラピリアに、「どの道私はあまり前線を走り抜けるような将ではありませんから。ユイメイの方がより活かせるでしょう」とあっさりしたものだ。
双子が着替えている間にガフォル将軍が様子を見に行ってくれて、30人を超える兵士が死んでいるのを確認し、「とりあえずこれ以上の危険はなさそうだ」と判じてくれる。
それを聞いたエンダランド翁はしみじみと
「2人で30人以上、、、、いやはや、まるで神話の女神、デーダローズのようじゃの」と呆れる。
「デーダローズ?」ルルリアが首を傾げると、エンダランド翁が説明してくれる。
「ほとんど忘れ去られた、古の女神の一柱ですぞ。破壊の女神デーダローズ。その神が歩いたあとに生きるものはいないとされる、恐るべき存在ですな」
僕も横で聞きながら、言い得て妙だな、と思う。双子が聞いたら気に入りそうだ。
その後は特筆すべきことが起きることはなく、数日後、僕らはついにヨーロース回廊へと辿り着いた。
ツェツィーやルルリアと再会を約束して、ようやくルデク領へと踏み入れた僕ら。
精神的にはとても、とても長かった帝国滞在は、こうして終わりを告げたのである。
次回から舞台は再びルデクに戻ります!