【第226話】皇帝とロア28 いざ、ルデクへ!
「流石に両者とも、この程度は容易にこなすか」
市民の歓声の中、満足そうな皇帝は続ける。
「ではここからが本番だ。鐘撞堂の展望台より、的を垂らす。合図があったら狙うが良い。その都度、的に当たった数だけ鐘を鳴らす。どちらの矢が的に当たったのかは、最後に発表しよう」
こくりと頷く2人は、それぞれに弓を構えた。
遠く離れた鐘撞堂から、赤い旗が振られるのが見えた。金刺繍からして多分皇旗だ。目立つけれど、こんな催しで安易に振っていいものなのだろうか?
とにかく目をこらす僕らの先で、展望台から何やら小さな的が下げられるのが確認できた。
「一矢ごとに的の大きさや高さを変える。矢は全部で10本。そうだな、、、、5本以上当てた方には何か褒美を用意しよう」
ご機嫌な皇帝の言葉に、当人たちの反応は薄い。観覧席から見る僕にも、2人の集中が伝わってくる。
互いに始まる前は「このような見せ物は、、、」と若干の難色を示していたものの、いざ本番となれば、やはり負けられぬという気持ちが勝ったのだろう。
「では一射目!」
掛け声と共に、観客が静まる。大通りには溢れんばかりの観客がいるのに、小さな子供の笑い声だけが耳に届く。
先に矢を放ったのはウィックハルト、僅か後に、ルアープも弦から手を離す。
大鐘を撃った時とは違い、当たった音までは聞こえない。しばしの沈黙。
そして「ガラーン」「ガラーン」と鐘が鳴った。
2度鳴ったと言うことは、どちらも的に当たったと言うことだ。固唾を飲んで見守っていた観客の歓声が爆発する。
「初手から当てるか、、、では、的を変えて二射目である!」
2度目も結果は同じ。鐘は2つ鳴る、三射、四射、五射と続き、ここまで鳴り響いた鐘の音は10回を数えた。つまり、両者全て的中。
驚異的な技量に、人々の盛り上がりはざわめきに変わる。
「、、、、まさかこれほどとは、、、」
皇帝も若干引き気味だ。
「しかし、、、このままでは双方全て当てそうだな。いささか趣向を変えるか。残りは一射ごとに距離を伸ばす! 急ぎ場所を作れ!」
皇帝の命令で兵士たちが慌てて動き出す。今まで人が溢れていた場所に紐を張り、中に入らないように声をかけ始めた。大変そうだなぁ。
「それにしても凄いわね」僕の隣で見ていたラピリアが、しみじみと言った声で呟いたけれど、多分、ここにいる全員が同じことを思っている。
仕切り直しのために一旦戻ってきて、水を口にするウィックハルト。僕が素直に賞賛を伝えると、ウィックハルトは少し首を振り、「自慢にもなりません」と否定の言葉。
なぜかと聞けば「止まっている的に、条件の良い足場で好きなタイミングで射つ。こんなのは実際の戦場ではあまり役に立ちません」との返事。
「流石、蒼弓。分かっておられる」ウィックハルトの言葉を耳にしたルアープも大きく同意を示す。理想が高すぎて二人が何を言っているかわからない。
「準備が調いました!」
兵士の声で勝負は再開。
7回目の両者成功の鐘が鳴ったところで、状況に変化が現れた。
「風が出てきたな、、、、」
先ほどまで凪いでいた風が、俄かに西から吹き始めたのだ。
「よし、的を風の影響を受けやすいものに変えよ!」ここぞとばかりに指示を飛ばす皇帝。なんか皇帝、途中からなんとか2人の矢を外させるためにむきになっているように見えるな。
風に揺られる的、伸びる距離。にも関わらず八射、九射と鐘は2回鳴った。
そして最後の一矢。
両者が弦を離し、少しして鳴り響いた鐘は一つ。
「おおおおおおおお!!!」その結果に誰ともなく地鳴りのような唸り声が伝播してゆく。
そんな中、静かに息を吐く二人。
ルアープがウィックハルトに近づき、「貴殿の勝ちだな」と言い。ウィックハルトは「ほんの僅かな差でした。貴殿もお見事でした」と互いに労う。
そんな中で皇帝に密かに近づく者がいた。耳元で皇帝に何か囁いている。
「何? 、、、、分かった。泳がせておけ」
近づいた男は皇帝の命を受け、すうっと消えるようにその場を去る。ネルフィアとサザビーが一瞬、鋭い視線を交わし合う。
その少し後、結果を携えた使者がやって来てウィックハルトの勝利を伝えると、大通りはこの日一番の盛り上がりを見せるのだった。
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「おい、ロア、出立前にちょっといいか?」
出立の朝、なんとわざわざ自ら見送りに出てくれた皇帝が言う。
「なんでしょうか?」
「お前、帝国に仕えねえか? 厚遇するし、お前ら全員召し抱えるぜ?」
突然の勧誘である。あの皇帝からそんな風に言われるのは光栄なことだ。けれど。
「色々片付いたら、また帝都へ遊びに来ます」とだけ返す。
「ちっ。つれねえ返事だな。今回、結構譲歩してやったのによ」
あ、その言い方だと、もしかしてこちらの狙いに気づいているかな? 気づいているよな。
「その譲歩を無駄にしないためにも、僕はルデクにいないといけないので」
「、、、そりゃあ、そうか。ま、せいぜい足掻いてみせろや」
「はい。ありがとうございます」
こうして皇帝と別れの挨拶を交わした僕らは、一路ヨーロース回廊を目指すのであった。
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ルデクの一行が見えなくなった頃、皇帝の元へ「よろしいのですか?」と声をかける者がいた。
昨日、盛り上がる会場の中、皇帝に耳打ちをしていた男だ。
「何がだ?」
「何も伝えずに送り出したことに、です」
皇帝は「ふん」と鼻を鳴らし、「この程度は乗り越えてもらわねえと、ルデクの勝ちはねえだろうよ」と不敵に笑うのだった。




