【第225話】皇帝とロア27 剛弓と蒼弓
同盟は成立した。
けれど僕らはそれから数日間、帝都で拘束される羽目になった。
何か問題があったわけではなく、同盟に関する打ち合わせのあれこれのためだ。両者の軍部の動きや、新港建設の初動に関する打ち合わせなどなど、話し合うことは山の様にある。
もちろん今回はあくまで大筋に関するすり合わせ。本格的な話し合いは後日、ルデクから外交使節団が帝都へ出向いて行われる。
帝国側の窓口は第三皇子のロカビル。多分、ルデク側の代表は経験豊富なサイファ様が担うだろう。
打ち合わせのために、必然的にロカビルと言葉を交わす機会が多くなったため、彼の人となりもなんとなく見えてきた。
ロカビルは事象に対して自分の感情を乗せないタイプ、とでもいうのだろうか。事実の羅列によって、それが帝国の利益になるのなら実行するといった考えの持ち主のようだ。
ルデク侵攻もそういった思考から提案された物なのだろう。思うところが全くない訳ではないけれど、無駄にリフレア寄りでルデクに悪感情を持っている人間よりはだいぶマシだ。
ロカビルも少々気まずそうではあるけれど、さすがに優秀なだけあって滞りなく話し合いは進む。また、僕が文官上がりのためか、同じく裏方仕事を得意としているロカビルとは相性が良く、対話がスムーズだったのもお互いの印象を変えるのに役立ったと思う。
皇帝は話し合いに頻繁に顔を出してきた。
この人、好奇心がちょっと異常、、、具体的にはルルリアが2人いるような状態になった。
特に新港に関しては口を出したくて仕方ない様子で、こちらがロカビルと別件で打ち合わせしていてもルルリアと一緒に乱入してきては質問を飛ばして帰ってゆく。子供か。
しかし皇帝とルルリア、本当の親子のようである。才気煥発な者同士、相通じるものがあるのだろう。なぜかリヴォーテが悔しそうにしている。
そうしてあっという間に5日が経過。
皇帝の厚意で先ぶれの使者を送ってもらってはいるけれど、帝都から王都までの移動時間を考えれば、流石にそろそろ帰国したいところだ。
動かないと読んではいるけれど、それでもルシファルたちへの対応にも使える時間は多い方がいい。
5日も経てば概ねの話し合いは終わる。さて、これでひとまず大丈夫、となったところで、また皇帝が襲来「おい、あと一日はここにいろ、面白い出し物をやる」などと言う。
「出し物ですか?」
「おう。だから、お前んところの蒼弓を貸せ」
全然話が見えてこない、何言ってるんだ、この人は。
「あの、どう言うことでしょうか?」一番困惑している当人のウィックハルトが質問すると、皇帝は「やっと到着したのだ、おい入ってこい!」と、部屋に誰かを呼び寄せた。
入って来たのはざんばらな長い髪を後ろで結えて、左目に大きな傷を持つ男。その特徴的な容姿に僕は心当たりがあった。
「え? まさか、剛弓ルアープ!?」
「なんだ、つまらん。知っているのか」皇帝が鼻白むも、知っているに決まっている。大陸十弓の1人に数えられる有名人だ。
片目のルアープの名前を聞けば、敵対する将が震え上がると謳われるほどの人物である。
「貴殿がウィックハルト殿か。本来なれば、戦場で対峙してみたかったが、、、ルアープだ」
差し出された手をしっかりと握り返すウィックハルトは「ご高名はかねがね。私は戦場で貴方に出会わなかった事を運命の女神に心底感謝します」と返した。
「ロ〜ア、顔」
ラピリアに注意されて、僕は頬をさすってニヤケを取る。でもね、こんな場面なかなか見られないよ。大陸十弓が二人も! 僕でなくても興奮するって!
「明日、二人にはちょっとした勝負をしてもらう。何、余興だ。勝ち負けは気にしなくて良い」
「陛下、、、、戦場から急ぎ呼び戻されたと思えば、このような戯れを、、、」
戦場から? ツァナデフォルとの戦線と帝都は、結構距離があるけれど?
僕の疑問を読み取ったのか、皇帝は悪そうな顔で自慢げに、「蒼弓が来ていると聞いてから、すぐに呼びに行かせたのだ。話し合いの結果がどうあれ、このような見せ物はそうそうないのでな」と胸を張る。
「話し合いが決裂したときも、ですか?」
「その時はこやつらの勝負の結果次第で、生かすか殺すか決めようと思っていた」
さらっととんでもないことを言い出したな。
「ま、気にするな。同盟は成立したのだ。まだ喧伝はできぬが、民に向けて多少の演出は必要であろう!」がははと笑う皇帝。
僕らと一緒に話を聞いていたロカビルが、深くため息をついて僕を見る。
「ロア殿もそろそろわかって来たと思うが、、、父上がこのように言った時はやるしかないのだ。悪いが付き合ってもらうぞ」
いや、正直僕も見たい。ルデクにも帝国にも十弓は一人ずつしかないのだ。こんな機会は滅多にない。
そんなわけで急遽、ウィックハルトとルアープの弓対決が行われることとなったのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日、街に出てみれば大通りはすでにお祭り騒ぎ。
どうも皇帝、本当に事前から弓の腕前対決を行うべく、着々と準備を進めていたようである。
知らなかったのは、同盟のすり合わせのためにほとんど城に籠っていた僕らばかりのようだ。
ツェツィーによると、皇帝がこのように突発的に催しを行うことはそれほど珍しくないらしい。そのため市民も慣れっこで、通りにはすでに屋台もひしめき合っていた。
人々のガス抜きになり、経済も活性化する催しは市民からしても歓迎なのだろう。これほど規模の大きな都市であれば尚更だ。
「ルールは簡単! 大通りの正面にある鐘撞堂に的を用意した。それをいくつ射抜けるかを競う! 矢の先は養生してあるが、外れた矢に当たらぬように注意せよ! まずは手始めに双方にあの鐘を狙ってもらおうか」
皇帝の説明に、両者が弓を引く。
帝都に響く大鐘とはいえ、角度も距離もある。普通の人間では到底、鐘撞堂まで矢を届けることすら困難だ。
だが2人は、ためらうことなく矢を放つ。
少しして、「ゴゴン」と鐘の音が聞こえ、両者の矢が当たったことが確認されると、観客からは大きな歓声が上がった。
こうして、世紀の対決、十弓同士の腕比べが始まったのであった。




