【第220話】皇帝とロア22 謁見(4)ロアの提案
「ゲードランドを造り出すだと?」
皇帝が首を傾げ、僕は続ける。
「当国のノウハウと資金で、帝国にもう一つのゲードランドを生み出す。それが我々が提案する同盟の条件です」
「何をいうかと思えば、、、絵空事ですな」皇帝よりも先に異論を唱えたのはロカビルだ。僕はそちらを向いて「何故です?」と問う。
「ゲードランドは、あの立地にあるから大陸の窓口たるのです。外観だけ真似たところで意味はない」
うん。悪くない指摘だ。
「おっしゃる通りですが、一つ大きな見落としをされています」
「見落としとは?」
「確かにゲードランドの立地は良い。ですがそれは、南の大陸からの商人に対しての話です」
「ああ、だからあの場所にあってこそ、ゲードランドは、、、」
「東方諸島」
口を挟む皇帝。ご名答。
「陛下のおっしゃる通りです。東方諸島との位置関係を考えれば、ゲードランドよりも帝国領の方が条件が良い」
「だが、それこそ絵空事よ」
皇帝はつまらなそうに息を吐く。
「何故そう思われますか?」
「知れたこと。東方諸島との航路は時間がかかる上、南の大陸とは比べ物にならぬほど危険度が高い。貿易の都度交易船を失うような航路では利益は出ぬ」
うん。やっぱり皇帝も東方諸島との航路は検討したことがあるとみて間違いない。指摘が具体的だ。
「沈没の危険を大きく解消する方法があるとすれば、如何です?」
「なんだと?」
「新しい技術を盛り込んだ船の計画があります。すでにゼウラシア王を中心に進めている計画です。その船が完成すれば、船の安全性は倍増する。そこに、ルデクの持つ東方諸島までの海路の知識が合わされば、、、」
「新しい技術とは、なんだ?」
「口で説明するよりも、こちらをご覧いただいた方が良いでしょう。詳細な設計図はお見せできませんが、完成絵図を持ってきました」
サザビーが持っていた筒を僕へと手渡し、僕の手からリヴォーテが預かって皇帝の元へ。
「なんだこれは? 櫂がない。どうやって進むのだ」
「描かれているように、大きな布を張り、風の力のみで進みます」
「風の力で?」
「はい。風の力をうまく使えば、従来の船よりより大型化が可能で、大きくなればその分だけ、波への対応も容易になります。それに、漕ぎ手が必要ない」
僕が未来で見た、帆船と呼ばれる種類の構造だ。
実は、ルデクにおいてはすでに風の力を利用した、帆船のプロトタイプのような船が存在していた。少数ながら実用され、今回東方諸島へ向かっている船も人力と風の両方を使う準帆船である。
けれど遠洋貿易がルデクの独占状態であった北の大陸では、ルデク以外であまり船が重要視されていない。
大国である帝国でも人力頼りの種類の船が主流であり、帆船の存在はルデクの変わった船、程度の認識だったのだ。
ところがルデク滅亡後、帆船の知識を持つ船乗りが各地に散らばったことで、結果的に造船技術は飛躍的な発展を遂げる。その中で帆船の一つの完成形として普及したのが、キャラックと呼ばれる船の形。
キャラック船であれば、東方諸島でもある程度安定して航路を確保できる。
今までは特に必要性を感じていなかったので、船には口を出していなかった。
けれどここに来て帝国との交渉に対して、使えそうだったので慌ててドリューに完成図の作成を頼んだのである。
おそらく今頃はドリューが、僕の説明を元にキャラック船の設計図を嬉々として作成しているはずだ。ドリューのことだから、帰る頃には設計図が完成しているかも知れない。
「リヴォーテよ、どう思う?」
皇帝に絵図面を手渡されたリヴォーテ様はしばらくドリューの絵を睨んでいたけれど、
「実際に見てみないとわかりませんが、確かに、有用に思います。確かに、これに近い船がルデクにあったと記憶しております」
「ロカビルも見てみよ」
「、、、、はい」
ロカビルが同じように船の絵と睨めっこをしているうちに、僕は続きを話し始める。
「東方諸島の玄関口を帝国に、南の大陸の玄関口をルデクが担えば、相乗効果も狙えます。例えば南の大陸から来た商人は今後、帝国の新港に足を運んで東方諸島の品物を求めてから帰るようになるでしょう」
「しかしそれなら、もうゲードランドは不要になるのではないか?」ロカビルは生真面目な性格なのか、しなくてもいいルデクの貿易への心配に想いをはせる。
「いえ、おそらくはそうはなりません。ゲードランドはどうあれ南の大陸から最も便利な港です。帝国の新港へ向かう場合でも、まずはゲードランドを経由する船が大半だと見込んでいます」
「、、、、そうか」真剣に検討を始めた表情になるロカビル。
「御義父様、私も発言を宜しいですか?」
「許す」
ルルリアはゆっくりと前に出た。
「先ほどのロア殿のお話、もう少し我が国の利益があるように思います」
「なんだ?」
「帝国の品を東方諸島へ売り込むのです。もちろん、南の大陸にも。今までこれらの利益は見過ごされてまいりました。グリードル帝国はこれほどまでに広大で、様々な魅力的なものがあるというのに、私、歯痒い想いをしておりましたの」
「ほお」
「御義父様がもし、私と夫に新港をお任せしていただけるのであれば、数年のうちに帝国の貿易を3倍、いいえ、5倍にして見せましょう」
今が好機とばかりに、自分たちを売り込むルルリアの発言によって、ここに至り皇帝は大きく「ううむ」と唸り始めたのである。