【第219話】皇帝とロア21 謁見(3)亡国の男
「誰だ貴様は!? 誰の許可をもらって入室したのだ!!」
皇帝の側近の中でも年若そうな将校が怒声を上げたけれど、将校の問いに答えたのはスキットさんではなかった。
スキットさんよりもさらに年嵩の老人が、後ろからひょこりと顔を出し「私が許可した」と返す。
その顔を見た側近の数人が
「エンダランド翁?」
「ではやはりあの者は、、、」
などと囁き合っている。
最初に怒鳴った将校は引くに引けなくなったようで「引退なされた貴方様が、なぜ故に、この場にそのような不審者を招き入れたのか!?」と畳み掛けた。
けれど、若い将校にがなられても、エンダランドと呼ばれた老人は一切動じることはない。
「若者の向こう見ずを嘆くは老人の性ではあるが、、陛下よ、そばに置く者はお選びなされよ」
「なんだと!」
侮辱された将校が剣に手をかけるも、隣にいた別の将に止められる。
そこまでのやり取りをまるでなかったかのように、皇帝はただスキットさんを見ていた。
「、、、、まさか、貴様が穴蔵から出てくるとはな、、、どういう風の吹き回しか?」
スキットさんは山高帽を取ろうともせず、皇帝に不遜な態度のまま口を開く。
「俺だって、こんなところに来るつもりはなかったぜ。ドラク、お前があと一日待っていれば、俺も頼みたくもない相手に、貴重な酒を奢る必要もなかったんだ。俺がここにいるのはお前のせいでもあるんだぞ」
などと嘯く。スキットさんの物言いには流石に僕も驚いた。だけど意外なことに、皇帝の側近の反応はそれほど大きくない。不快そうにしているのは若い側近ばかりで、近くの将校が押し留めているのが散見された。
「父上、この者はどなたですか?」
代表して皇帝へ聞いてきたのはロカビル皇子。皇帝は少し意外そうな表情をしてから
「そうか、お前も知らぬか。。。。聞いた通りだ、エンダランドよ、ひとくくりに若さを責めるな。それだけ時が経ったということよ」
「いえ、陛下。私が問題視しているのは、安易に激昂する短慮な者を、、、いや、今日はこのような話の場ではございませんな。この後の、40年物を楽しむために来たのですから」
「40年物?」
「陛下には関係のない話でございます。それよりも、かつて陛下が「今後俺に弓を引かぬのなら、好きに生きて良い」とお墨付きを与えた方とのお話を」
「好きに生きて良い? お墨付き? 父上?」
エンダランドの言葉を聞いて、ロカビル皇子が再び問う。
「ああ。その者はかつてこの地にあった国の宰相。そして、この俺を最も苦しめた将。スキット=デグローザである。ロカビルよ、この者を粗略に扱えば痛い目に遭うぞ」
「なっ!?」驚くロカビル。
僕には仲間達の視線が注がれる。いや、スキットさんがそんな人物だとは全く知らなかった。なんなら一番びっくりしているの、僕だと思うよ?
けれど、少し納得できたことがある。未来のスキットさんが僕を気にかけてくれていたのは、国は違えど同じ亡国の民であったことも少なからず影響していたのだろう。
「おい、俺のことはもういいだろう。どうせ二度とこんなところには来ねえよ」
吐き捨てるスキットさんに、皇帝は面白そうに笑う。
「それもそうだな。それで、何しにきた?」
「おい、ドラク、耄碌したか? さっき言った通りだ。お前んところの義理の娘っこを誘拐した犯人だよ。ま、誘拐したのは俺の部下だが、その馬鹿を唆した奴を連れてきた。。。おい!」
スキットさんの合図で、明らかにこの場にはそぐわない風貌の、スキットさんのところのごろつきが一人の人間を連れてくる。いや、連れてくるというか引きずってきた。
ごろつきから乱雑に投げ捨てられて、力無く転がる男。その注目すべきは服装だ。
「、、、、神聖国の修道着、、、、」
「、、、誰か、確認せよ」
皇帝の指示に従って、側近が転がる犯人へ駆け寄り、胸ぐらを掴む。
「間違いありません。顔はだいぶ腫れ上がっておりますが、先日の使者の中にいた者ですな」
犯人は「うう、、、」と力無く呻くばかり。スキットさん、ちょっとやりすぎじゃない?
「、、、、そうか。ルルリア、もう一度聞く。お前はリフレアに攫われそうになったのか?」
「はい。私はリフレアが御義父様にどのようなお話をされたのか探っておりました。そこで情報を流すと言われて、のこのこと出向いたところで攫われたのは事実でございます」
「、、、そもそも俺の周辺を探るのは不遜であろう?」
「いいえ? 御義父様を説得するためには、当然の行為かと存じますが?」しれっと返すルルリア。皇帝もニヤリとするばかりで、咎めようとはしない。やっぱりこの二人、性格合いそうだよなぁ。
「まあよい。とりあえず控えているリフレアの使者どもを捕らえて檻に入れておけ。後で詳しく調べる」
「父上!? それはあまりにも暴挙では? 今後のリフレアとの関係に、、、」ロカビルは最後まで口にすることは叶わなかった。
「ぬかせ!!!! この俺、ドラクの身内を拐かしてタダで済むと思うてか! そもそも毎度毎度、使者のあの態度は気に食わぬ! ロカビルよ、お前がそれでも庇いたいというのであれば、スキットの言を覆す証拠を持って参れ! それまでは使者は牢でのんびりしてもらおう!! それとも証拠があるのか!!」
ロカビルは何か言いかけて、それから横を向いた。
「ファスティス、どうなっているのだ?」
呼びかけられたファスティスという将官は、ただ慌てて
「すぐに確認を」というが
「ならぬ! お前はここにおれ! リフレアを連れてきたお前は、リフレアの潔白が証明されるまで接触は許さぬ!」と一喝。
ツェツィーとスキットさんのおかげで、風向きが変わってきたなと思ったのも束の間。皇帝の強烈な視線が僕に突き刺さる。
「言っておくが、リフレアとルデクで天秤にかけるつもりはない。貴様らの話に聞くべきものがないと判ずれば、ルデク、リフレアの両方を滅ぼすだけぞ!」
凄まじい気を吐く皇帝。
「さあ、これ以上の前置きは不要である。聞かせてもらおうか、貴様らの土産とやらを!」
実りある話でなければ、リフレアもルデクも両方滅ぼす。
そのように宣言した皇帝の前で、僕は話し始める。
「少し話が逸れましたが、帝国が今後利益を拡大していくのは、侵略だけですか?」
「また同じ問答か?」
「いいえ。別の方法もあると言っているのです」
僕の言葉に皇帝は少し考えて
「海か?」
と答える。流石。当然その選択肢は検討していたのだろう。
「はい」
「なんだ? ゲードランドを当国へ寄越すのか? それを以て同盟せよ、と?」
再び周辺がざわつく。ゲードランドはルデクの生命線だ。それを渡せば、ルデクは早晩やせ細っていくのは明らか。
僕は小さく首を振る。
「ゲードランドを渡すことはできません。ですが、帝国領にゲードランドを”造る”ことはできます」
話し合いはここからが本番となるのだ。