【第22話】ハクシャ平原の戦い⑤約束
「このことを知っているのは、奇襲に参加する者達のみです。私にも知らせてはもらえませんでした」
薄暗い陣幕の中、ライマルさんが悔しそうに絞り出す。
「なぜライマルさんは知ったんですか?」
「明日以降も第10騎士団が来るまでは、このままが良いとウィックハルト様に進言するために天幕へ向かったのです。そこでたまたま2人の会話を聞いてしまって、、、それから密かに状況を探っていると、いよいよ出陣が間違いない状況となったので」
「それで、、なぜ我々の陣に?」
「、、、、お恥ずかしい話、この件に関しては誰が信用できるのかわかりません、、、、」
ライマルさんが悄然としているのが暗がりの中でも分かる。
「、、、、正直に言えば、心情的にはスクデリア殿を責める気にはなれん。もし、自分があの立場であったなら、間違いなく奇襲に賛成していたと思う」と、リュゼル隊長が理解を示すも、それとこれとは話は別だ。
「今、ウィックハルト様はかなりまずい立場にあると思うのですが、、、」僕の言葉にびくりと肩を震わせるライマルさん。
ウィックハルト様は、名代とはいえレイズ様の、王直属の騎士団の提案を一度受け入れながら反故にした。もし、その上で敗北し自国に大きな損害を与えれば、、、、
「まさかとは思うが、貴殿は昼間の会談をなかったことにしろというのか?」リュゼル隊長が僕と同じ懸念に辿り着いて語気を強める。
レイズ様の言葉は間に合わなかった。そうなればウィックハルト様には酌量の余地がある。同時に、リュゼル隊長と僕は無能のレッテルを貼られることになるのだけど。
これだけ多くの兵士が見ている以上、僕らが出陣前に間に合ったのはもはや誤魔化しようがない。その上でウィックハルト様に伝言が伝わっていないとなれば、僕らは何しに行ったのだという話だ。
僕はともかく、リュゼル隊長には到底受け入れられない申し出だろう。
「違うのです! そういうことではありません! 私としては、今からでもなんとかウィックハルト様を止められないかと。それで知恵を借りにきたのです!」ライマルさんも慌てて否定する。
「ならば、良いが、、、ロア、何か説得材料は?」
多分、無理だ。ここに至って僕らが肘鉄を食らわせても届かない。最悪内輪揉めが起きる。
僕が黙っていると、リュゼル隊長が続ける。
「しかし、このような巡り合わせになるとは、、、運命とは残酷なものだ」
その言葉に違和感を感じる。
本当に、偶然だろうか?
今、ゴルベルとの前線を持ち場としているのは第四騎士団と第六騎士団だ。もう一隊、第七騎士団も哨戒任務に当たっているけれど、基本的には後方支援として機能している。
現在、第四騎士団は北西のエレンの村の要塞化に人手を割いている。この状況でゴルベルが南に進軍すれば当然、第六騎士団の出番となる。
そもそも、ゴルベルがこんな場所に陣を敷いたのもおかしいのだ。ハクシャ平原が足を取られやすい、進軍に向いていないことはゴルベルも知っているはず。
もう少し、といってもそれなりに進むけれど、南北に向かえば橋があるのに、なぜ、こんな進み辛い場所に陣を敷いたのか。
落石でゴルベルとルデクを繋ぐ山道が封鎖されたから、退路確保のために仕方なく陣を敷いたという可能性も無いわけではない。
けれど、これはあり得ない。僕の知っている歴史通りなら。つまり全てが第六騎士団を狙った罠。最初から、勢いはあるがまだ騎士団としては物足りない所もある、この騎士団を狙い撃った。
いくら老練とはいえフランクルト将軍ってここまですごい将軍だったか? いや、僕の記憶の中にあるのは、ナイソル様との戦闘と、このウィックハルト様との戦闘くらいだ。他に大きな戦闘で活躍した記憶はない。
、、、、もしこれが、エレンの村と連動する策なら、、、背後にここまで大規模な策を描いた奴がいるような気がしてならない。
僕の頭に、一人の人物の名前が浮かぶ。
その人物は長く表舞台に出ることはなく、ゴルベルの記録であってもほとんど見かけることがない。
ただ、本人の没後に「ゴルベルの影の頭脳だった」という話が、いくつかの私書に残された人物がいる。
その名はサクリ。僕が生きた時代でも、結局存在がハッキリしなかった謎の軍師だ。
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「おい、ロア? 聞いているのか?」
リュゼル隊長に肩を揺すられて僕は意識を現実に戻す。
「あ、すみません。考え事をしてました」
「考え事? ウィックハルト様を止めるための策か?」2人が僕に少し期待のこもった視線を向ける。昼間、ウィックハルト様の奇襲を一日遅らせたことで、2人に期待を持たせてしまったみたいだ。
けれど、説得は多分もう無理だ。そしてウィックハルト様が奇襲をかけた後、川が氾濫する。
僕が取るべき方法は2つある。
1つはウィックハルト様を見捨てることだ。これが一番手っ取り早い。少数精鋭の奇襲となれば、大半の兵士は残される。
残った兵をまとめ上げて、、、、、レイズ様の着陣を待てば、一番確実だ。
そうだ、ウィックハルト様の弔い合戦とでも言えば。第六騎士団の士気も上がるだろう。
そこまで考えて自分の考えにゾッとする。書物で読んでる分にはそれでいい。けれど、ここは物語の上じゃない。目の前で人を見捨てる? できるか? 僕に?
ーーー「だが、もしお前の策が採用されるとして、お前が献ずる策は、あまり人が死なない方法だろ?」ーーー
自分の時間を削ってでも、僕に騎乗を教えてくれたフレインの言葉がよぎる。
「あ〜〜〜〜もう!」
僕は頭をガシガシと掻いて、それからほんの少しだけ持っている勇気を振り絞ってから、リュゼル隊長を真っ直ぐに見る。
それから息を吸い込んで
「リュゼル隊長、僕と死んでもらえませんか?」と言った。