【第218話】皇帝とロア20 謁見(2)伏せられた事実
「では、ロアとやら、ルデクの申し出とやらを聞くだけ聞こうか」
既に主導権を握ったつもりの皇帝は、どこか余裕を漂わせている。
「では、陛下に問います。今のグリードル帝国の停滞をどのようにお考えですか?」
僕の発言に再び皇帝の側近達がざわめく。けれど皇帝は気にしていない。
「停滞? ルデクは節穴を使者に送ってきたのか?」
「確かにグリードルは破竹の勢いで大陸東部の覇者となりました。ですが、ここ8、9年ほどは、わずかな土地さえも手にすることができてはいない。にも拘わらず、戦いは常に起きている。これを停滞と言わずに、何と?」
「貴殿に心配される必要はない。この会談が終われば我らはルデクを手に入れるからな。小国だがそれなりの領土拡大となるだろう」
皇帝の返事に側近達が笑う。だけど僕は、そんな側近達を見渡してから、わざと鼻であしらって続けた。
「無理ですよ?」
「何がだ? ルデクの騎士団は精強だとでもいうつもりか? 虚勢も良いところだ、既に我々はルデクの窮地を把握している」
だろうね。リフレアが情報を流したのなら当然だ。
「いいえ。皇帝とその側近ともあろう方達が、リフレアにいいように転がされて終わるだけだと言っているのです。伺いますが、リフレアはどのように提案してきましたか? 共闘ですか? 互いに干渉せずに切り取り自由ですか?」
「貴殿に答える必要はないな」
「そうですか。ま、どちらでも良いのです。帝国からルデクへの侵攻ルートの少なさは説明するまでもないと思います。帝国が金と兵をかけてルデクへ足を踏み込む頃には、ルデクはリフレアに蹂躙された後。帝国の出番は無いと断言します」
「残念だが、貴殿の予想の通りにはならん」
皇帝の自信たっぷりの返答に、僕はリフレアとの密約にある程度の当たりがついた。
「なるほど、リフレアは”不戦”を約束したんですね。それ、平気で破りますよ」
「、、、、、、理由を述べよ」
初めて少し不愉快そうにする皇帝。やっぱりその辺りか。
元々リフレアという宗教国家は、外交で物事を動かすことを好む国だ。これは神聖国の成り立ちによるところも大きい。ルデクとの軍事同盟の方が異質なのだ。
理由はわからないけれど、どうもリフレアはルデクを目の敵にしている節がある。帝国を焚き付けておきながら、ルデクとは同盟を持ちかける。そうすれば必然的にルデクはリフレアを頼るしかない。
ルデクの信用を得たところで、背中から斬りつけた。。。。これが、ルデクの王都炎上の基本的な流れなのだろう。
一方で帝国に対しては、徹底的に不戦を約束したと考えられる。つまり、リフレアが新しい提案をしたというよりも、今までの密約の延長線上にあるのではないか?
帝国に対して新しい餌、第一騎士団、第二騎士団、第九騎士団がリフレアに亡命してきた、今が攻めどきだ、とでも言ってきたのでは?
なら帝国から見ればリフレアが動かないと思うのは、それほどおかしな話ではない。帝国の認識では、リフレアは何も状況が変わっていないのだから。昨日までと同じように、明日以降も動かないという判断か。
そうなると僕らがとどめ置かれたのは、事実確認と、ルデク攻略の算段か。何せ帝国は一度もルデク領に足を踏み入れることができずにいた。ここで再度負けることは許されない。侵攻について慎重に議論されたのだろう。
僕らが呼ばれたということは、ある程度の道筋は立ったので、一応ルデクの話も聞いてみようと。
つまり、変化を求めているのはルデクだけで、帝国とリフレアは現状維持で話が進んでいる可能性が高い。
「理由を述べよと言ったのが聞こえなかったのか?」
皇帝の言葉に意識が戻ってくる。いけない。ついつい考えに集中してしまった。
「陛下がリフレアからどのように聞いたかわかりませんが、既に、リフレアは一度侵攻しているからです」
「何?」
「リフレアから聞いておりませんか? リフレアは既に一度、王都近くのホッケハルンの砦まで侵攻し、我々第10騎士団に打ち破られて撤退しています」
僕の言葉を聞いて、皇帝は右に視線を移す。
「、、、俺は聞いておらん。ロカビルよ」
皇帝の質問に一歩足を踏み出したのは、皇帝とよく似た神経質そうな青年。あれが第三皇子ロカビル。なるほど、ツェツィーはお母さん似なのだな。全然似てない。
「聞いておりませんな。失礼ながら、それは事実ですか?」と言いながら僕を見やる。睨むでもなく、あまり感情のこもっていない視線。
「事実ですね。お調べになられればいい。リフレアは帝国に声をかける前に、自らルデクを吸収しようとして失敗したので、帝国を利用しようとしているんです」
「、、、、それが事実であれば、我が国を馬鹿にしておりますね」というロカビルに、僕はあれ? と思う。
ロカビルはリフレア寄りの皇子かと思ったけれど、その反応、リフレアとそこまで懇意ではないのか?
「なぜ、情報が足りておらんのだ?」さらに不快そうにする皇帝と、視線を落とす側近達。
だけどこれは仕方がない。ルデクと帝国の間には巨大な山脈が屹立している。だからルデクには帝国の情報ルートが少ない。これは当然、帝国側にも言えることだ。
そうなると必然的にリフレアを介した情報が増える。まして僕らがとどめ置かれた数日程度では、とてもルデクから詳細な情報を持ち込むような時間はない。
「父上、リフレアは信用なりません!」
そのように口にしたのはツェツィーだ。皇帝の鋭い視線が配下からツェツィーへ移る。
「ただの感情論ではなかろうな? 根拠を申せ」
おお、実の息子にもその視線か。噂通りの人だな、皇帝陛下。
「我が妻がリフレアの手のものに攫われかけました! それが根拠です」
あ、しまった、ツェツィー、それを今言っちゃうか。口止めしておくべきだった。
ルルリアの件はリフレアが裏にいるのは間違いないけれど、まだ証拠がないのだ。あやふやな情報はかえってこちらの印象を悪くしかねない。
「どういうことだ? それも聞いておらん」
皇帝にツェツィーが説明を始める。一通り聞いた皇帝は一言。
「ルルリアを攫った者がいたこと、それをロア、貴殿が助けたことは分かった。それに関しては感謝の意を示そう。だが、リフレアが絡んでいるという証拠は何もない。全て憶測ではないか」
まあ、そういう結論になるよね。さてと困ったな。ここにスキットさんを連れてくるわけにもいかないだろうし、、、、、どう説明するか、、、
ところがである。
僕の説明は不要になった。
「おう、そこの皇子が言ってんのは事実だぜ」
そんなぶっきらぼうな物言いが、僕らの背後から響き渡る。
振り向けばそこには、まさかの、本当にまさかの人物。
ここは帝都の中心地。
大陸東部の覇者、皇帝の御前。
にも関わらず、山高帽の小柄な老人は当然のようにそこに立っていた。