【第216話】皇帝とロア18 忠誠が過ぎる男
明けましておめでとうございます。
本年も本作品への変わらぬご愛顧のほど、何卒、宜しくお願い申し上げます。
「貴族の内乱、ですか?」
「うむ。ロカビル様は信憑性の高い話と判断し、ルデクへの侵攻を進言したのだそうだ」
帝国がルデクに宣戦布告をした理由。ツェツィーの兄であるロカビルが、その根拠としたのはルデク国内の貴族の内乱計画だったらしい。
ロカビル曰く「まず間違いなく内乱は起きます。混乱の中を我々が蹂躙するなら、より少ない被害でルデクを、特にゲードランドを手に入れることができる」と言って、皇帝を説得したのが全ての始まり。
ガフォル将軍が中心になって集めてくれた情報だ。
しかし、貴族の反乱、ねえ。どんな根拠があったのだろう。
確かに貴族の間に不満は燻っていたのだと思うけれど、、、、あ、ルシファルも一応貴族といえば貴族か。その事を指しているのかな? だとすれば、ルシファルは随分と前から内通していたことになるけれど。。。
残念ながらロカビルが侵攻を主張したほどの根拠については、調べきれなかった。表に出回っていない情報らしいので仕方がない。
ここからは今の話。リフレアが皇帝に対してどんな交渉をしているか。実はこちらも芳しくない。皇帝を始めとしたごく一部しか知らないようで、ツェツィーにも教えてくれないそうだ。
なかなか取っ掛かりを掴めずにいた所で、情報を売るという胡散臭い男に唆され、ルルリアは裏町まで出かけて行ったと言うわけだ。
前後関係からして、ルルリアを狙ったのはリフレアの息のかかった者であることは疑いようがないけれど、今の段階では証拠が何もない。
ルルリアが会話した相手も、「正体が知られると自分の身が危ない」と言って顔をヴェールで隠していたのだという。
「お役に立てず、申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうなツェツィー。少し残念ではあるものの、悪いことばかりではない。リフレアの人間がルルリアを拐かす理由を考えれば、ツェツィーへの脅迫しか考えられない。
つまり、ルデクとの友好を皇帝に提案してきたツェツィーを煙たく思い、提案を取り下げさせようとしたのだろう。
同時に、リフレアの提案がそこまで魅力的でない可能性も見えて来た。そうでなければルルリアを攫うような危険を犯す必要がない。自信のある提案であれば泰然と構えていれば良いのだから。
僕がそんな考えを明かしながら、ツェツィーたちはよくやってくれたよと感謝を伝える。一旦お茶でも飲んで一息入れようとなったところで、その時はやってきた。
ポンモールさんが皇帝の使者の来訪を伝える。
入ってきたのは長髪と片メガネが特徴的な、あまり使者っぽくない人物だ。
その姿を見てツェツィーが目を見開いた。
「まさかリヴォーテ殿が、わざわざ」
ツェツィーの言葉に僕も驚いた。
鋭見のリヴォーテ。
幾多の戦場を皇帝とともに勝ち抜いてきた、皇帝の側近中の側近の一人。
「貴方があのリヴォーテ殿ですか? お会いできて光栄です」僕はついつい興奮して立ち上がってしまう。
「失礼だが、貴殿は?」
「ルデク第10騎士団、中隊長のロアです。今回の交渉の責任者になります」
「それは失礼した。リヴォーテ=リアンだ。宜しく願う」
「それで、リヴォーテ殿がなぜ?」ツェツィーが重ねて問う。
「ああ、別に伝令でも良かったのだが、皇帝に得体の知れぬもの達を会わせる訳にはいかんからな。私が確認しに来た」
リヴォーテの物言いに、双子が好戦的な目つきに変わる。他の仲間も多かれ少なかれ、眉根を寄せた。リヴォーテの言い方はおよそ、他国の使者に向けて良いものではない。
「リヴォーテ殿、それは流石に失礼でしょう!」
ツェツィーの苦言にリヴォーテは表情ひとつ変えることはない。「事実を申し上げたまで」と、淡々と答える。
剣呑な雰囲気の中、ツェツィーが「すみません」と非礼を詫びようと僕へと振り向いたところで、なぜか若干仰け反った。
「どうしたの?」
「あ、いえ、、、、ロア殿はなぜ笑ってらっしゃるのです?」
え、僕、笑ってた? しまった、悪い癖が出た。帝国の物語の中で鋭見のリヴォーテといえば、主役級のキャラクターの一人だ。
言うなればレイズ様のような有名人が突然目の前に現れたのである。心躍らすなと言う方が無理な話というもの。
けれどこの状況でツェツィーが若干引くような笑顔というのは宜しくないな。これから交渉だと言うのにリヴォーテに悪い印象を与えるのは良くない。
「えーっと、、、、皇帝の側近中の側近と呼ばれる方がわざわざ出向いてくれるなんて、光栄だなって思って?」
「なぜ疑問形なのです?」
僕とツェツィーの締まらない会話を聞いたリヴォーテは、片眉を上げて僕へと声をかける。
「私の名を知ってなお、初対面で私にそのような笑みを見せたのは、貴殿が初めてかも知れませんな。なるほど、このような少人数でのこのこ敵地の只中にやってくる程度の豪胆さはあると言う訳ですか」
お、いい感じに勘違いしてくれた。
リヴォーテは続ける。
「それで、いったい何をしに”死地”へお越しで?」
さすが鋭見のリヴォーテ。突き刺さるような視線と、刃のような言葉。物語の通りだ。かっこいいなぁ。いけないいけない、また顔がにやけそう。
「帝国に利益をもたらしに来たんです」
「ルデクとの同盟に利益などありませんな」
「そうとも限りませんよ?」
「では、何を提案されるのか?」
「それは言えません」
話すのは皇帝相手と決めている。
「では、会わせられませんな。遠路ご苦労様でした」
感情の篭らぬ動きで僕らに腰を折るリヴォーテ。「なっ!」流石にウィックハルトも何か言いたげに立ち上がる。「まあまあ」とウィックハルトを宥める僕。それからリヴォーテに向き直る。
「リヴォーテ殿、多分、あなたは皇帝の使者ではないのでは? 恐らくは独断でやって来た。違いますか」
「何を根拠に?」
根拠はないのだけど、リヴォーテの性格はよく知っている、この人、皇帝への忠誠が行きすぎて、良くこういった問題を起こしていたと言うエピソードに事欠かないのである。
ゾディアとツェツィーを介して、わざわざ呼びつけた皇帝が、内容も聞かずに追い返すとは考え難い。それにリヴォーテの言動に鑑みれば、その可能性が高いかなと思っただけだ。
「、、、、やはり私は、貴殿を皇帝に会わせるのは反対です」
言外に独断であることを認めるリヴォーテ。
結局僕とリヴォーテは、少し遅れてやってきた本物の皇帝の使者が顔を出すまで、一歩も譲らずに対峙してたのであった。