【第212話】皇帝とロア14 ルルリアの危機(4)
廃墟のような宿屋に入って、誰もいない受付を素通りし、階段の横にある「物置」と書かれた小部屋へ。
意外に整頓されている物置の先には、もう一つ扉がある。
クルサドが鍵を使って開けると、その先はそれまでとは全く違う光景が広がっていた。
高級感のある黒い壁が囲む部屋に、上から太陽の光が降り注ぐ。天井いっぱいに明かり取りの工夫がなされ、よほどの家でなければ見られないような造りになっている。
クルサドはさらに奥へと、ずんずんと進んで行く。
この建物には広い地下もあって、スキットさんは地下の自室にいることも多いのだけど、クルサドの歩く先を見れば、今日は1階の応接室にいるみたい。
僕の予想通りの場所へ誘われ、クルサドが扉をノックした。
「入れ」の声に扉を開けると、そのままクルサドは横に避ける。
「おい」
「向こうからやってきたらやり返していいか?」
入室前に双子が鞘に入った剣で自分の肩を叩く。流石にモーニングスターは持ってきていない。
双子が反応したということは、お出迎えの準備が調っているのかな。
「大丈夫だよ。まだ何もしてこないだろうから」
僕は気にせずに部屋へと入ると、案の定、壁に沿うようにして、抜き身の剣を握ったむさ苦しいのがずらりと並んでいた。
スキットさんのよくやる演出だ。初見ならびっくりするだろうけれど、見慣れた僕には「お、やってるね」くらいの印象でしかない。
中央のソファに座る黒い山高帽を被った小柄な老人が、こちらに鋭い視線を向けている。この人がスキットさんだ。
「スキットの爺さん、面会の許可をくれてありがとう。お互いに損のない話になるから聞いてほしい。これはちょっとした手土産だ」
僕が紙袋を差し出すとスキットさんは「おい」と壁際に立っていた男に指示。一人が近寄ってきて、紙袋を受け取ると中を確認する。
「、、、、、ディサークが入っています。25年物と、40年物でさあ」
スキットさんの伸びた眉毛がぴくりと動く。それでも「ほお」と言うにとどめて、僕に顎で座れと命じた。
言われた通りに座ると、スキットさんはソファから少しだけ体を起こし、ゆっくりと話し始める。
「お前は俺のことを知っていると言ったそうだな? 俺はお前のことをしらん。これはあまり、気分のいいもんじゃねえ。誰だ、てめえ」
「僕はロア、ルデクの騎士団の人間だ。そして第四皇子の友人でもある」
「ルデクの騎士団? ますます意味がわからねえ。おい、俺のこと、誰から聞いた?」
「ピピアノットから」
これはあらかじめ準備しておいた返事。ピピアノットの名前を聞いて、スキットさんは渋い顔をしながら「あの野郎」と吐き捨てた。
ピピアノット、実は僕も会ったことのない人物だ。かつてスキットさんの秘書をしていたらしい。
らしいと言うのは、僕がスキットさんの仕事を手伝っている時に、ピピアノットのサインを多数見かけ、それがある日を境にパタリと無くなっていたのだ。
僕が信用されてから聞いた話では、ルデクが滅ぶよりもずっと前にピピアノットは帝都を離れていた。スキットさんと喧嘩別れしたわけではない。高齢だったピピアノットは、終わりを考える年になって急に故郷が恋しくなってしまったらしい。
その後ピピアノットが無事に故郷に戻ることができたかは、誰も知らない。少なくとも帝都を出たピピアノットの消息を知っている人間は裏町にはいなかった。
なので、僕にとっては手頃な人材と言える。ピピアノットなら僕とどこかで遭遇していても、スキットさんたちに確認のしようがない。
ただし会ったこともない相手だ。色々突っ込まれればボロが出る。僕は早々に話題を変えた。
「今はピピアノットの話をしている場合ではないんだ。これを見てほしい」
僕が取り出したのはツェツィーから預かった短剣。
スキットさんは一目見て、これは部下に触らせる物ではないと判断したようで、手を差し出して自ら受け取る。
しばらく入念に確認するスキットさん。ふと、僕が後ろを見ると、双子がおかしな動きをしながら、壁際のごろつきを挑発していた。こら、やめなさい。
ごろつきも苦々しい顔で双子を睨んでいるけれど、決して短慮に出ない。
スキットさんの統率力によるところもあるけれど、こちらには双子と、ラピリアにウィックハルト、ネルフィアにサザビーと、この場にいるごろつきを一人で制圧できる暴力が6人もいるのだ。
流石にスキットさんの護衛役だけあって、相手の力量はある程度感じられるらしい。動かないのではなく、動けないのである。
「間違いねえな。これはツェツェドラ=デラッサの短剣だ。。。そんで、俺たちが攫ったのがこいつの嫁だってのか?」
短剣を僕に返しながら、スキットさんは不愉快そうな雰囲気を隠そうともしない。
「そうだよ。だから僕らが助けに来た」
「、、、、、、おい、フィガロを呼べや」
「へい」
スキットさんに命じられて、引きずられてきたのは先ほど隠し部屋で転がっていた男の一人だ。ネルフィアとサザビーを見て「ひいっ」と小さく悲鳴をあげ、「びびってんじゃねえ」と、連れてきた男に頭を引っ叩かれている。
「フィガロ。これはてめえが持ってきた仕事だったな?」
「は、、、はい。お、俺はただ、敵対関係にある商家の娘を攫って、脅してほしいって依頼を受けただけで、、、」
「当然、どの商家かは確認したんだろうな?」
「シーエンス商会だって言ってたぜ」
「シーエンス商会に年頃の娘がいるのは確認したのか? 娘が商家に出入りしているところは? 娘の顔は?」
「え? いや、だって、急ぎだからって、金も前金で弾んでくれて、、、、」
「馬鹿野郎! てめえのせいで今、裏町は潰される寸前だ! おい、依頼したやつの身柄は押さえてあるんだろうな?」
「い、いや、、、それが、、、依頼人を探らなければ、金は倍出すっていうから、、、」
そこでスキットさんがフィガロに近寄ると、そのまま鉄拳制裁!
「プゲッ」
吹っ飛ぶフィガロ。もういい年なのに、腕っぷしは大したものだ。一撃でフィガロが伸びた。
「やるなぁジジイ」
「できるジジイだ」
双子も感心している。一戦交えたいのか、ちょっとそわそわしているのが不安。
フィガロが伸びたのを確認してから、スキットさんはこちらを振り向く。
「そんで、お前らが俺たちに妙に友好的に出てんのはなんでだ? そこが理解できねえ。俺たちみたいなのに下手に出て、なんの得がある」
「僕たちはある事情で帝都にいる。多分、ルルリア、、、第四皇子の妻を狙ったのは、第四皇子が帝都にいることを快く思わない奴らだ」
「ほう」
「あんたらに依頼した元が分かれば、逆に利用できるかもしれない。だから、スキットの爺さんたちとは仲良くして、依頼主を突き止めたい」
「なるほど、そういうことか。それなら理解できる」
「それともう一つ」
「なんだ?」
「舐められっぱなしで終われないのは、裏の人間も、騎士団も一緒ってことさ」
スキットさんは僕の言葉に一瞬きょとんとしてから「ちげえねえ!!」と破顔した。