【第209話】皇帝とロア11 ルルリアの危機(1)
異変が起きたのは昼下がりのこと。
ツェツィーとルルリア、ゾディアやガフォル将軍たちが情報収集のために奔走してくれている中、僕らは勝手に動くわけにもいかず、お世話になっているポンモールさんの屋敷で大人しくしていた。
そんな中に飛び込んできたのは、ツェツィーの部下のカクックさんとウルサムさん。2人とも「皇子か将軍は戻られてませんか!!」と言いながら、かなり慌てた様子だ。
「どうしたんですか?」
「ルルリア様が! 突然行方不明に!」
軽いパニック状態で、要領を得ない2人をとにかく落ち着かせながら、何があったのか整理して行く。
2人によるとルルリアは、リフレアの使者のことを知っているという男の話に乗って、指定された店に向かう途中だったらしい。
かなり不用意な行動だけど、ルルリアとしてはカクックさんとウルサムさんもついているので大丈夫と判断した。
カクックさんが前を、ウルサムさんがルルリアの後ろを守りながら裏通りを歩いていた時のこと、ウルサムさんが後ろから声をかけられて、ほんの一瞬後ろを振り向き、視線を前方に戻すと、すでにルルリアの姿がなかったという。
慌てたウルサムさんがルルリアが消えたことを伝えるまで、前を歩くカクックさんは全く気づいていなかったそうだ。
「まるで煙のように消えてしまわれた、、、、」泣きそうなカクックさんと、「ルルリア様に何かあれば命を以てお詫びを!」と短剣を取り出すウルサムさん。
そんな二人に僕は質問を続ける。
「その、ルルリアが消えたのは、どの通り? もしかしてテパス通り?」
「テパス、、、さあ? あの裏通りに名前があるか知りません、、、」
「じゃあ、旧宿場町の通り?」
「なぜ、ご存知なのですか? 確かにそうです。私たちは旧宿場町にある店を指定されて、そこに向かっているところでした」
確認したいことが確認できて、僕は「なるほど」と唸る。ルルリアが消えた理由はたぶん分かった。あまり状況は良くない。。。ツェツィーたちを大人しく待つと言う選択肢はないな。
「カクックさんたちは、ツェツィーが帰ったら事情説明をお願いできますか。そして、僕が戻るまでは、動くのを少し待っていてほしいと。それから、サザビー、僕と同行してもらえるかな?」
「何処へです?」
「街へ出るよ」
「闇雲に探すの?」ラピリアに聞かれたけれど、全く違う。
「心当たりがあるんだ。ただ、ちょっと荒事が必要かもしれない。裏の人間と話すから。サザビーに一緒に来てもらいたいんだ」
「心当たり? 初めての街で?」
訝しげなラピリア。いや、ラピリアだけじゃない。
「今はそれどころじゃないでしょ? ダメもとでも確認する価値はあると思う」
「そう言うことなら、私も同行しましょう」と名乗り出たのはネルフィア。
「確かにネルフィアも一緒の方が、より確実でしょうね」とサザビーの口添えもあり、ネルフィアにも同行を頼む。
「おいおい」
「出番か?」
次いで双子が名乗りを上げたけれど、双子の出番ではない。双子が出れば大騒ぎになるかもしれない。できれば最初は穏便に済ませたい。
僕がそのように説明すると、大いに不満そうではあったけれど「僕の予想通りならこの後多分、出番があるよ」と伝えると渋々ながら引き下がった。
「それでは我々も同行しない方が良いのですね?」理解あるウィックハルトの言葉に頷き、「うん。ルルリアを無事連れ帰るまでは、あまり事を大きくしたくないんだ」と伝えて、ラピリアと共に留守番を頼む。
これ以上の問答は不要だ。まだ何か言いたげなみんなを残し、僕は街へと飛び出した。
急ぎ向かった先はテパス通り。
先ほど確認した通り、帝都ができる前にあった宿場町の名残が残るエリアだ。安宿や食堂が密集するこの辺りは、ワケありの流れ者が多く潜んでいる。
すなわちごろつき街、帝都の裏町である。
流れ者はごろつきであると同時に、城壁などを作る肉体労働者を兼ねている者も多いため、皇帝としてもこの辺りの問題はある程度目を瞑っている。そういう場所だった。
結果的に旧宿場町のあたりでは様々な犯罪が行われており、その中には誘拐を請け負うような輩も存在していた。そいつらがよく使っていた手口、それがとある店にある仕掛け。
「ここだ。ちょっと2人に働いてもらうことになるけど、準備はいい?」
僕が立ち止まったのは、うらぶれた飲み屋。狭い通りに張り付くように立っている建物から中を覗けば、すでに飲んだくれが転がっている。
まぁ、この店は一年中こんな感じだけど。
ぎい
何年も油を注していない扉は耳障りな音を立てて開き、中にいた酔客が一斉にこちらに視線を投げてきた。
入り口近くのカウンターにいた店主は、こちらの身なりを見て少しバカにしたように鼻を鳴らす。
そうして「ここはあんたらみたいなおのぼりさんが来る店じゃねえよ。別のところへいきな」と、拒絶の言葉を投げつけてくる。
僕は全く意に介さずに店主へ近づくと、訝しげな店主を見ながら天井を指差し、話しかけた。
「クルサド、悪いけどこの店に用がある。これから言うことをよく聞くんだ。君たちはまずい相手に手を出した。下手すれば皇帝の逆鱗に触れる」
「ああん? 何言ってんだお前? なんで俺の名前を、、、」
「そんなことはどうでもいい。スキットの爺さんに伝えてくれ。詳しくは後で挨拶に行くと」
スキットの名前が出たところで、店主も、背後にいた酔客も一段階視線を鋭くする。中にはすでにこちらに近寄る客の姿もあった。
「、、、、何者だ、お前?」
「スキット爺さんの酒の好みを知っている人間とだけ。今日、あの仕込み扉を使った奴らはまだここにいるのか? それとも何処かに移動したのか、答えてほしい」
「てめえ!!」
突如一人の客が酒瓶を片手に襲ってきた。けれど瓶を振り上げた男は、次の瞬間には仰向けで天井を見上げて呆然としている。
「次は頭から落とします」笑顔のまま怖い事を言うネルフィア。
圧倒的な実力差に周囲の客たちは少し距離を置く。
「おっと、逃げられやしない」
視線がネルフィアに集中した隙に、逃げようとしたクルサドの腕をサザビーが捻る。
「痛えな! 離せよ! 知らねえよ仕掛け扉なんて! 何言ってんだお前ら! 頭おかしいんじゃねえか!?」
僕は改めて騒ぎ立てるクルサドの前に立ち、もう一度、諭すように伝える。
「僕はスキット爺さんと敵対するつもりはない。多分君たちはいいように使われているだけだろうから」
「だから何を言ってやがる!」
「さっき誘拐したのは皇帝の義理の娘だって言っているんだ。傷一つでもつけば裏町の人間が全員細切りにされるよ?」
僕の言葉に「なんだと、、、、」と絶句するクルサド。
「分かったら仕掛け扉を使った奴らの居場所を教えてくれ」
再度頼む僕に、「まずは、、離せよ」とサザビーを睨む。
サザビーは僕に確認してから手を離す。
クルサドは腕をさすりながら、カウンターの裏から鍵を取り出して投げて寄越した。
「あいつらはまだ2階にいる。どうせ行き方はわかってんだろ?」
「ありがとう、助かる」
僕は迷いなく飲み屋の壁の一角に立ち、何でもない場所に鍵を差し込んで横に滑らせる、すると僕が立つ場所のすぐそばに、突然空間が現れるのだった。