【第206話】皇帝とロア⑧ サクリの憂鬱
「随分と話が違うようだな」
主人やその取り巻きに、冷たい視線を注がれたサクリ。彼はただ大人しく叱責を受け入れている。
第10騎士団を孤立させ、レイズ=シュタインを葬り、その間にルデクの第一騎士団と共にルデクの王都を制圧する。
そのために反旗を翻したのに、現実はどうだ? ルデク北東部を手に入れただけではないか。
ここは結果に対するサクリへの糾弾の場であった。
「こんな事なら遺跡で第10騎士団を殲滅しておけばよかったのだ」と言う誰かの言葉に、「全くだな」「その通りです」と言う追従の言葉が続く。
サクリの後ろで黙って聞いていたムナールであったが、流石にそれは違うであろうと考える。
サクリの最初の策は、ゴルベルと連携して第10騎士団を殲滅しようとする物だった。けれど、彼ら正導会から反対の声が上がったのである。
曰く「リフレアの兵士を使って、敗れた場合は誰が責任を取るのか?」
曰く「ゴルベルは第10騎士団に負けたばかり、そんな弱兵を信用できるのか?」
その結果、サクリは策の修正を余儀なくされ、最終的に遠方からの牽制および、ゴルベルとの連携はなし。レイズを討つことに注力し、成功次第撤退という形に落ち着いたのである。
彼らにとって大切なのは、第10騎士団を殲滅することではなく、成功という事実のみ。教会で正導会の権威を増すことと、その中にいる自分たちの立場を確保すること以外に興味がない。
既にリフレアで最も強大な権力を確固としたものにしているというのに、熱心なものだ。
同時に、自分たちの失言などまるでなかったかのようにサクリを悪様になじることができる厚顔さに、最早清々しさすら感じる。
まぁ、その位図太い人間でなければ、あのような凶行は到底為し得ないか。ただ”血”こそが正義と信じて疑わぬ狂人は、この中に1人2人ではないのだ。
そして、それゆえに、サクリを下に見ることになんの痛痒も感じないのだろう。
尤も、ムナールは思うだけだ。言葉にすることはない。ただ黙って、サクリへ向けられた悪意を眺めている。
「それで、次はどうする?」
あの方、正導会の中心人物にてサクリの実兄、そしてムナールの主人でもあるあの方が口を開くと、今まで好き放題言っていた者たちが一斉に黙る。
「、、、仮にレイズが生きているとしても、未だ公の場所に顔を見せておりません。そう簡単に回復できぬ状態なのでしょう。その間に帝国へ情報を流し、動かします。帝国が動けばゴルベルも動く。そうなればもうルデクに生き残りの道はありません」
「帝国を動かすか、、、帝国に蹂躙される心配はないか?」
「それは確率としては低いかと、なにぶん帝国がルデクに乱入するには道があまりに限定されております。当然ルデクの者どもも抵抗はするでしょうし」
「、、、まあ良い。次を失敗したら、お前を作戦指揮官より外す。良いな」
「、、、はい、、、では、早速帝国へ、、、、」
「待て。それは私が受け持とう」と言って会話に割って入ってきたのは、イリエクスという神官。実に良く肥え、神職よりもごうつくな商人の方が似合いそうな男だ。
イリエクスは自信たっぷりに言葉を続ける。
「私は度々帝国に赴いておりますのでな、サクリよりも適任でしょう」
ムナールは白けた気分でイリエクスの仕草を見つめている。イリエクスは確かに帝国に出入りしている人物ではあるが、この状況下においては誰が行こうと帝国は動くだろう。
ルデクは死に体。それを注進に行くだけの話だ。誰でもできる。つまり、功績欲しさに申し出ただけのこと。
だが懸念もある。イリエクスは交渉ごとに向いた人材かと言えば疑問符がつく。常に偉そうで傲慢な人間。それがこの男に対するムナールの評価だ。
帝国に出入りしていると言っても、サクリがお膳立てして連絡路を確保した後に、我が物顔で乗り込んできた一人に過ぎない。
「しかし、、、それは、、、」
サクリが何か言いかけたが
「なんだ? 貴様ごときが私に何か意見をするのか」とイリエクスは威圧で返す。
「では、イリエクス卿にお願いしよう」
主人の一言でこの話は終わり。
主人が立ち上がると、一度全員を見渡した。
「無論、ルデクは欲しいが、最も大切なのはあの穢れた国の撲滅であることを忘れぬように励んでほしい。ガロードの血にかけて」
「「「「「ガロードの血にかけて」」」」」
サクリとムナールを除く全ての人間が応じ、満足げに退出してゆく。
サクリは一人、全員が部屋を出るまで俯きその場に佇んでいた。
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「皇帝が謁見を許されました」
待ちに待った報告に、僕らは急ぎ出発準備を調える。馬はツェツィーに借りた。何から何まで頼りっぱなしである。
「置いていくわよ! 私についてきなさい!」と一番元気なのはルルリアだ。
あの乗りこなし具合を見ると、日常的に馬に乗っているのが分かる。館で大人しくしているルルリアなど想像もつかないけれど。
「なんだと!」
「ルルリアが私の後ろを行け!」
簡単に挑発に乗った双子が馬に鞭を入れてルルリアを追い抜く。いや、君たち帝都までの道を知らないでしょ? 先頭に出てどうするのさ。
「いよいよ本番ですね」ウィックハルトは遥か先、まだ見ぬ帝都に視線を走らせる。
「皆さん帝都は初めてですよね」ツェツィーの言葉に、みんな頷く。一応僕も。
僕は初めてどころではない。未来で何度も生活していたこともある。市街地に関して言えば、なんならツェツィーよりも詳しいかもしれない。
もちろん城の中に入ったことはないけれど。
不用意な発言は気をつけないとなぁと考えながら、僕らは帝都への道のりを急ぐのだった。




