【第205話】皇帝とロア⑦ 大鍋とルルリア
ツェツィーの館に滞在すること数日間、じりじりとした時間が続く。
単純に効率を考えるのならば、僕らも早々に帝都へ向かい、帝都で許可が降りるのを待って謁見した方が良い。
それをしないのは、「皇帝が僕らを呼びつける」と言う状況を作り出したいからだ。
未来で大陸を放浪していた僕は一時期、旅一座と行動を共にしていた。その旅一座に、僕のように期間限定で同行を願い出た、ラペンと言う行商人がいた。
ラペンは専制16国出身の行商人だ。取り扱っているものは宝石と薬。最初は随分と変わった組み合わせのように思ったけれど、訳を知れば非常に効率的な選択だった。
彼は薬を旅一座に安く譲り、代わりに街までの護衛を願い出るのである。
定住の地を持たぬ旅一座にとって、病気や怪我は一般市民よりも切実だ。
薬は種類や街の規模によっては高価であったり、行きずりの者には売ってもらえないこともある。
だからラペンはどの旅一座であっても諸手をあげて歓迎された。そしてラペンにとって、旅一座に受け入れられるのは非常に重要な意味を持つ。
ラペンの本来の主力商品は宝石。一人でうろつけば盗賊の格好の獲物である。
その点、旅一座は余程のことがない限り、盗賊に襲われる事はない。これは旅一座と行動を共にする者にも適用される。
ラペンは街に着くと、自身の商品である宝石で旅一座を飾り立てた。普段より煌びやかな格好の旅一座は大層目立ち、観客からのウケも良い。
けれどラペンは宝石が売り物であるとは一言も言わない。ただ、あの宝石は本物で俺の物だと吹聴するだけ。
するとどの街でも数日も待たずに「旅一座の持っている宝石について話が聞きたい」と言う使者がやってきた。
大抵はその街の領主などの有力者で、時には何人もやって来ることもあった。
そこでようやくラぺンは商売の準備を始めるのだ。
呼ばれて出かけて行ったラペンは、ほぼ失敗する事なく宝石を売り捌いて帰って来る。
僕が感心していると、彼は「呼びつけられた段階で、商売の八割は終わっているんだ」と商売人らしい笑みを見せていたのである。
どう言うことかと聞けば、「こっちから売りつけに行けば向こうは警戒するだろ? けどな、向こうから呼んだ場合ってのは、びっくりするくらい警戒を解くものなんだ。面白いよな。偉いお方ほど自分の選択だから間違いがないって思われるんだよ」と。
今回僕が狙っているのはこれだ。
僕の持つ交渉の武器を最大限に活かせないかと考えた時に、ラぺンの言葉を思い出したのである。
帝都に乗り込むのではなく、敢えて離れた場所で皇帝の呼び出しを待つ。無意味かも知れないし、早く話をまとめるに越した事はないけれど、僕なりにとにかくやれることをやっているのである。
そんなわけで、僕らはフレデリアの街でジリジリしている。
ちなみにラぺンとは5つの街を行動を共にして、5つ目の街で別れた。別の旅一座と同行する商談が成立したのだ。彼は元気だろうか。
いや、未来の話だから今は元気なのは間違い無いと思うけれど。
双子は毎日のようにガフォル将軍や街の兵士と腕比べをして時間を潰している。あの二人は結構コミュニケーション能力が高いので、短期間で兵士たちと仲良くなっていた。
ネルフィアやサザビーはここぞとばかり街へ。帝国領を調べる貴重な機会と捉えているのだろう。
ラピリアとウィックハルトは僕と一緒に館にいることが多かった。使者が戻ってきたらすぐにでも出発したいため、初日以降はあまり市街地に繰り出すこともなく過ごしている。
そんなある日、ルルリアが大きな鍋を持って僕らの元にやってきた。
正確には、鍋を持っているのはガフォル将軍や兵士、なぜか双子も手伝っている。
、、、、多いな、鍋。
数えてみたら8つもあった。
「どうしたの? それ」
「どうしたのって、、、ポージュを作るに決まっているじゃない」
、、、、ん? 決まってないと思うけど?
「その大鍋全部ポージュにするの? 食べきれないよ?」
「当たり前でしょ? 今日は各地の領主を集めて定期報告会があるの。ツェツィーが中心となって、何か起きていないか確認する会よ。そこでポージュを振舞おうってこと」
「へえ。喜ばれるんじゃない?」
「でしょ、だから手伝いなさい」
「え?」
何もするつもりはないけれど、僕らは一応敵国の兵士だよ? それはさすがにまずいんじゃないの?
「せっかくだからいろんなポージュが食べられた方が楽しいでしょ? 私は私で作るから、ロア達もそれぞれ作りなさい」
ああ、それで鍋が8個あるのか。ルルリアと僕ら7人それぞれが作る、と。すでに決定事項なのね。
「私は作ったことがないわね、、、」ラピリアが困った顔をすると、「安心しなさい! 私が教えてあげるから!」と胸を張るルルリア。
最早こうなっては止められないのがルルリアだ。
「確かにいい気分転換になるかもしれない」そんな風に言いながら、僕らはすでに簡易かまどが作られた庭へと連れ出された。
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その夜。
「これはまた、変わった催しですな」
打ち合わせの終わった領主たちが庭へ連れ立ってやってきた。
「ええ、妻と、遠方の友人が腕を振るってくれたのです」ツェツィーの言葉に疑いもなく皿を受け取る領主たち。その仕草にツェツィーへの信頼が窺える。
「ほお、これは美味です」
「鍋によって味わいや具材が違いますな」
「なるほど、姫様の得意料理と伺っておりましたが、具材の大きさが違うだけでも随分と印象が違うのですな」
様々な感想が飛び交っているけれど、概ね好評のようだ。
僕もそれぞれの鍋のポージュを頂いてみる。
ウィックハルトとラピリアは割と平均的な、無難で素朴な味わい。慣れていない感じが微笑ましい。それでも美味しくなるあたり、ポージュの懐の深さを思い知る。
サザビーやネルフィアは具材ゴロゴロ系。選んだ具材が違うので、同じ系統でも味わいは全く違う。どちらも美味しい。
意外だったのはユイメイ、二人ともトリットをしっかり潰して、さらに濾すという一番手間のかかるやりかたで、非常に繊細で絹のような味わいのポージュを生み出していた。
最後にルルリア。この間ご馳走になったけれど、確かに研鑽を積んだだけのことはある。濾したトリットと程よい大きさのトリットの両方を使って舌触りと食べ応えの両方を成立させている。使っている具材は最小限、最早玄人の域だ。
こうしてみんなでポージュを楽しんだ翌日。
僕の下に待望の知らせが届いたのである。