【第197話】 ローレフの悲鳴
僕の策の一つが徒歩でやってきた。
思ったよりも早く。
「お久しぶり、、、とは申しません。しかし随分と強引な呼び出しでございますね」
そのように僕に言うゾディアは、少し不機嫌そうだ。
気持ちは分かる。彼女らは自由を愛する者達。命令の類いをとても嫌うのが旅一座だ。
普通に呼び出してもやってくる事はないというか、そもそもどこにいるか分からない旅一座を呼びつける行為自体難しい。
ではなぜ僕は呼ぶことができたのか。それは旅一座にしか通用しない、とある符丁を使ったためだ。
ーーーローレフの悲鳴ーーー
ひと所にとどまらず、好き勝手に動き回る旅芸人達ではあるけれど、それなりに横の繋がりはある。
それぞれの国の情勢を交換して、危険な地域を避けたり協力しあったりするためだ。
そのため僕にはどこにいるか見当もつかない場合でも、旅一座同士であれば知っているということも少なくない。
僕が一緒に旅をした旅一座達から聞いた、彼ら独自のネットワーク。彼らは情報のやり取りに符丁を好んで使うという。
例えば僕がゾディアと交わしたローレフの挨拶。僕はごく一部しか知らないけれど、本当は様々なパターンがある。取り交わす挨拶だけで、多彩な情報をやり取りすることが可能らしい。
その中でも「ローレフの悲鳴」というのは、少し特殊な意味合いを持つ言葉だ。
旅一座の存続の危機であるとか、命の危機であるといった、本当にどうしようもない状況に陥った際に、最終手段として使う符丁である。
そのためこの符丁が届けば、何をおいても助けにきてくれるし、もし大したことがないのにこの符丁を使えば、旅一座のコミュニティから締め出される恐れもあった。
今回僕はネルフィアに頼み、王都の一番近くにいた旅一座に、ル・プ・ゼアに助けを求めている人間がいる。ローレフの悲鳴と伝えてほしいと伝言を託した。
僕が託した言葉は旅一座から旅一座へ、瞬く間にル・プ・ゼアの、ゾディアの元に届き、こうしてやって来てくれたと言うわけだ。
けれど「ローレフの悲鳴」と言うのは、本当に最後の最後の手段なので、元気そうな僕を見て、ゾディアとしても流石に不機嫌を隠そうとしていないのである。
ただ、僕としても一刻を争う事態であるので、決して安易に呼びつけたわけではない。
「ゾディアの言いたい事はわかっている。符丁の重さも。その上で呼んだ。文句も対価も後でいくらでも払う、今は協力をしてほしい」
有無を言わさぬ僕の言葉に、ゾディアは怒りの顔から少し不思議そうな表情になる。
「おや? なにやら雰囲気が変わりましたね? 何がありましたか?」
「それも必ずちゃんと話すよ。けれど、今は時間がない」
ようやく居住まいを正したゾディアは「北の事ですか?」と口にする。
「どこまで知ってる?」
「あまり。星読みは万能ではありません。北の方に不穏な気配があったのは見えています。そのため南部の町村を回っている所でした。それからロア様と会うのはもう少し先かと思っておりましたが、、、」
なるほど。確かにわざわざ危険な場所に向かいはしないか。
「まだ王都では大きな騒ぎになっていないけれど、リフレアと第一騎士団が裏切った。第二騎士団と第九騎士団も取り込まれて、ルデク北東部を占拠している」
「それは、、、なんという、、、、いえ、あの黒くゆらめいていた大きな星は、第一騎士団長の、、、だとすれば納得も、、、、」
考えを巡らすゾディアに僕は続ける。
「レイズ様は大怪我を負って自宅で安静中。今、ルデクは存亡の危機にある」
「なるほど、、、それは確かに、ローレフの悲鳴ですね、、、ですが、私が呼び付けられた関係性がわかりません。残念ながら貴国の存亡について私が星を読んだところで何も、、、」
「あ、違う違う。ゾディアに頼みたいのは全然別だよ」
「、、、、なんでしょう?」
「帝国へ行ってもらいたい」
「は? どういう、、、、」
「帝国に行って、皇帝に僕らが乗り込んで行くことを伝えてもらいたい。「相応の土産を持って、ルデクの使者が謁見を望む」と」
「何をおっしゃっているのですか? 無理に決まって、、、」
「いや、無理じゃない。ゾディアは皇帝と面識があり、皇帝に言葉を伝えることはできる。僕は面談の段取りを取って欲しいと言っているんじゃない。ただ、言葉を伝えて貰えばいい。そうだね、「必ず損はさせない」とも付け加えて貰えば最高だよ」
「一笑に付されて終わりだと思いますよ?」
「いいんだ。僕にはその鼻で笑う僅かな時間が欲しい。その間に僕は帝国に入る。そして会談の段取りをつける」
「今、めちゃくちゃなことをおっしゃっているの、分かっておられます? とても正常な判断とは思えませんが?」
ゾディアが少し身を引いた。確かに狂気に見えるかもしれないけれど、僕は至って冷静だ。
「これから順を追って説明するよ。まずはねーーーー」
僕の考えを一通り聞いたゾディアは、何やら薄気味悪いものを見る目で僕を眺めながら頭を振った。
「やりたいことは分かりましたが、、、、やはりめちゃくちゃなのは変わりありません。でも、、、」
「でも、、、」
「いえ。なんでもありません。条件をつけさせてください」
「どんな?」
「まず、私は本当に陛下に伝えるだけです。他には何も致しません」
「もちろん」
「陛下のお言葉を貴方に伝えることもありません」
「構わない」
「それから先日の借りには少々対価が大きすぎます」
「何を支払えばいい?」
「この一連の流れで、貴方が知る、全てを」
「、、、、分かった。約束する」
君が信じるかどうかは分からないけれど。
「、、、では商談成立です。早速出立いたします」
ゾディアは商談成立と言ったけれど、実のところ僕はまだ何も支払っていないし、支払える保証はない。それでもあえてそう言ってくれた。
「ゾディア、ありがとう」
「さて、私としてはかなり割りの良い商談だと思っております。次に会うときは、帝都で」
「うん。帝都で」
こうして帝都での再会を約束して、僕らは別れた。