【第19話】ハクシャ平原の戦い②説得
「一人二人ほど部下を残して、後から追わせようかと思ったが、意外にも馬を乗りこなせるのだな、ロア。少し驚いた」
第10騎士団の騎馬部隊を率いるリュゼル部隊長が感心したように僕に話しかけるけれど、僕には到底答える余裕がない。ハイなのかハフなのかハヘなのか、自分でも分からない返事をしながら付いてゆくのに必死だ。
一杯一杯の状況の中で僕はフレインに感謝する。
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「慣れるまでは当面毎日やるぞ」
騎乗に関してそのように宣言していたフレインは、本当に毎日付き合ってくれた。騎士団でもたった10人しかいない部隊長だ、暇な身ではないだろうに、それでも毎日だ。
早朝だったり夜半だったりしたけれど、爺やのビックヒルトさんと一緒に僕の騎乗練習に付き合ってくれたのである。
ある夜、どうしてこんなに面倒を見てくれているのか聞いたことがある。
フレインはそんな質問を受ける事さえ想像していなかったように、こちらを凝視してから、少し考えて、照れ臭そうに「お前は死なせなかったからな」と言った。
「死なせなかった、、、って?」
「言葉通りの意味だ。お前の策は人を死なせなかった。俺は、俺みたいな若造を慕ってくれている部下が可愛い。死なせたくない。だから、お前のエレンの村の策は良かった」
「それはたまたまだよ。今後も同じようなことができる訳じゃない。そもそも僕の策なんかもう採用されないかもしれない」
「だが、お前はレイズ様の補佐だ。レイズ様が補佐を求めたことなど一度もない。そんなお前の策が採用されないことなど、、、、、いや、あるかもしれん」
「そこは”あり得ん”とか言うところじゃないの?」
「それはお前次第だろう? お前の策をレイズ様が気に入れば採用されるし、そうでなければ、、、」
「それは、そうだけどさ」
「だが、もしお前の策が採用されるとして、お前が献ずる策は、あまり人が死なない方法だろ?」
それだけは約束できると思う。僕は、みんなを救うために、この国を救うために過去へと戻ってきたのだ。それが勘違いであろうと、妄想であろうと問題じゃない。僕が策を立てるなら、なるべくこの国の人、全てを助ける策を考えたい。
「、、、、うん。それだけは約束できる」
「ならいい。もしかしたら軍師候補かもしれないお前だが、はっきり言って戦闘はからっきしだ。せめて馬ぐらいはちゃんと乗れて、いざという時に逃げられるようにしておけ」
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フレインの厳しくも有難い特訓のおかげで、リュゼル隊になんとか付いてゆくこと丸三日。正直初日は馬を降りた途端に吐いたけれど、それでもどうにかハクシャ平原にたどり着く。
幸いまだ戦端は開かれておらず、両軍の睨み合いが続いていた。
僕はリュゼル隊長の後に続き、第六騎士団の本陣へ。
「やあ、貴殿は確かリュゼル隊長だったね。増援、感謝する」
気さくに話しかけてきたのは陣の中央に座る若い将だ。この人がウィックハルト騎士団長か。
「ウィックハルト様、お久しぶりです。レイズ様は現在、王に出撃の許可をいただいております。ゆえに、我が隊のみ先行して罷り越しました」
「リュゼル隊の勇猛さはよく知っている。心強いよ」
「恐れ入ります」
ひとしきりの挨拶が終わったところで、ウィックハルト将軍の視線が僕を捉える。
「君は? 申し訳ないが騎兵とは思えないが、、?」
「ロアと申します、レイズ将軍の名代として参りました」
「名代? 君が? 失礼だが、、、、」言葉を選ぶウィックハルト将軍に、リュゼル隊長が助け舟を出してくれる。
「ロアがレイズ様の名代なのは事実です。先日のエレンの村での騒動は聞き及んでおられますか?」
「ああ、聞いている。廃坑に篭っていたのはゴルベルの兵だったらしいな。レイズ様はよくぞそのようなことに気づいたものだと感心したものだ」
「廃坑に篭っている輩が単なる野盗ではないと指摘したのが、このロアです。さらに言えば、大軍を派遣すべきとレイズ様に進言したのもこの男です」
「なんだと? しかし、ロアという将の名は聞いたことがないが、貴殿は第10騎士団の兵か?」
「いえ、この間までは文官でした」
「文官が、レイズ様に策を提案する? 全く話が見えて来ないのだが、、、、」
でしょうね。僕だってそう思いますよ。だけど、ここで怪しまれて話を聞いてもらえないのも困るので、僕は懐から短剣を取り出してウィックハルト将軍に見せる。
「疑わしいのも尤もですが、これはエレンの村の功績によって、ゼウラシア王に謁見を許され、その場で下賜されたものです。ご確認を」
「何っ!? ゼウラシア王自らだと? 、、、、、見せてもらおう。、、、、、確かに、三つ目鷲の紋章、では本当に。ロア殿、これは失礼した」
「いえ。信じていただいて助かります」
「では、ロア殿、リュゼル隊長も席へ。ちょうど今作戦会議を行なっていたところだ。君たちにも参加してもらいたい」
席について面々を見渡せば、若手と歴戦の戦士が綺麗に5名ずつ。若い方はウィックハルト将軍と同じくらいの世代だから、ベテラン勢は古くからの部隊長、若手は将軍就任と共に任じられた隊長なのかもしれない。
僕らは目礼を返し合って、早々に本題へ入る。
「さて、早速ですまないがリュゼル殿は何名で来たのだ」
「ひとまずは騎兵700にて。本隊は5000ほど準備してこちらへ向かっているはずです」
「それは頼もしい。君らを入れて現時点でおよそ6000。レイズ殿が到着すれば11000か」
つまり第六騎士団は5000ほどの兵数ということか。
「敵方はどれほどですか? 兵数は、率いている将は?」リュゼル隊長の質問には、ウィックハルト将軍の一番近くに座っていた老兵が答えてくれる。
「およそ7000との報告が上がっております。ただし、川向こうには5000程度かと」
「残りの2000は?」
「この後説明しますが、少々事情があります。そして、率いる将は千手草と雄牛の旗印」
やっぱり、フランクルト=ドリュー。
「フランクルト=ドリューの旗印だ。フランクルトと我々の因縁は、貴殿らも知っているだろう」
リュゼル隊長は良い機会と思ったのだろう、ウィックハルト将軍の言葉を受けて、厳しい表情で進言する。
「ウィックハルト将軍とフランクルトとの因縁は重々承知しております。その上で我が主人より言付けがございます」
「自重せよというのであれば、無理だ」
リュゼル隊長の言葉を聞く前に、ウィックハルト将軍は毅然と言い放った。