【第191話】王とロア④ 窮状打破の一手
「おいロア」
「寝言は寝て言え」
双子の反応はまぁ、想定内だ。
帝国との関係は小康状態にあるとはいえ、ルデクの人間からすれば、そうそう受け入れられない相手である。
そもそもが帝国が攻めて来た事によって、この長い戦いが始まっているのだ。ルデクの民の中にある帝国への忌避感は根深いものがある。
また、状況からすれば帝国がすんなり同盟に応じるとは思えない。
無論、普通に交渉したら、だ。
「けれど帝国と同盟しなければ、僕らの国は帝国とルシファルと、リフレアと、ゴルベルの全てから攻められる事になるよ?」
こちらが弱っていると見れば帝国は本格的に動くだろう。リフレアが焚き付ける可能性も十分に考えられる、実際に僕の知る歴史ではそうなっていた。
「それはそうですが、、、帝国より、まずはルシファルへの手立てを考えたほうが良いのではないですか?」
ウィックハルトの言葉に、僕はゆっくりと首を振りながら「多分、ルシファルはすぐには攻めてこないと思う」と返す。
僕の発言に対して、王がなぜだと理由を求めた。
「奇襲が失敗した以上、向こうは時間を使った方が有利になるからです。まずレイズ様の生死について情報を集めることができます、さらにルデク北西部の制圧も進めたいでしょう。そうやって時間を使っているうちに、帝国が動く」
「まぁ、時間が経てば当然そうなるわね。3つの騎士団が造反、リフレアとの同盟も切れて、レイズ様も不在となれば、これ以上ないほどの狙い目になるもの」ラピリアが忌々しそうに言葉を置いた。
「そう。帝国が動けば、多分ゴルベルも動く。ゴルベルはここで動かないともう復権の見込みはないからです。必然、僕らは各方面に兵を出さなければならない。ルデクが右往左往する頃合いを見計らって、ルシファルは再度攻めてくるはずです。向こうからすればそれが一番被害が少なくて確実だ」
「しかしゴルベルはともかく、帝国と奪い合いになることをルシファルが是とするか?」
「いえ、奪い合いにはなりません。帝国にせよゴルベルにせよ、ルデク領内に傾れ込むには地理的条件でルシファル達に大きく後れをとっています。帝国がルデクに本格的に侵攻する頃には、ルシファルはゲードランドまで辿り着いていたっておかしくない」
「不快な予想だな」王が顔を顰める。
「けれど、十分に考えられる事実です。そしてルデクの防衛線を突破した帝国と、準備万端で待ち構えるルシファルでは、帝国には利がない。せいぜいが一地方を制圧できれば良いと言ったところでしょう」
「認めたくはないが、、、確かにロアの言う通りに思う。ルシファルはしばらく動かない可能性が高そうであるな」
王も不承不承ながら賛同を示したのを確認して、僕は続けた。
「僕の考える通りなら、リフレアから帝国にも使者を向かわせるはず。どのように接触するかは分かりませんが、少なくとも自国の横腹をつつかれないように手当てするでしょう。そうなる前にこちらも手を打つ」
「ほう?」
「帝国と同盟が成功すれば、まずゴルベルは動かない。動けないと言った方が正しいでしょうね。ゴルベルには使者の一つでも送れば、和睦に応じる可能性は高い。そうなれば我々は北のみに集中できる」
「ルデクと帝国が組んだ場合、今度はリフレアが帝国に飲まれるんじゃない? リフレアが帝国に占領されれば、帝国は今度こそルデクに食らいつくわよ?」
「ラピリア、それならそれでいいんだ。少なくとも帝国は同盟相手を簡単には切れない。ルルリアが言っていただろ? 急成長した帝国は、内部崩壊を防ぐためにも信用を重んじる必要がある。だから現状よりはずっといいんだよ。けれど、多分、そうはならない。帝国が北で動けばツァナデフォルが反応するから」
「しかしロア様、理屈は分かりましたが、そもそも帝国との同盟というのは時間的に無理がありませんか? ご存知のように帝国の第四皇子がやってくるだけでも相応の時を必要としたのです。敵国の王に会うというのは簡単な話ではありません」ネルフィアの懸念は尤もだ。
「それについても考えてはいるよ」
僕は、考えていた案をみんなに説明する。
「、、、よくもまぁ、、、そのようなことを、、、」
ネルフィアの返答が、僕の考えが少なくとも一考に値することを物語っていた。
「だが、今の話の通り上手くいったとしても、交渉材料がない。会えたとしても追い返されるのが落ちではないか?」
「そのために王から、僕の考える交渉のカードの許可を頂きたかったのです。今、この部屋がおあつらえ向きの状況だったので」
「余人に聞かれては困るということか?」
「もちろん最終的には明かす事になるでしょうけれど、かなり反発も起きそうな案です」
「、、、まずは聞こう」
僕は皇帝に提案する内容を打ち明ける。
「ロアはヤバい」
「考え方がぶっ飛んでいる」
双子にも呆れられる話だったけれど、
「だが面白い」
「皇帝も聞く耳持つかもな」
と続けてくれる。
「どうでしょうか?」
僕は王に裁可を求める。
しばしの沈黙。それからふと、「そういえば、レイズの件はどうなるのだ?」と、口にする。
「レイズ様の人形を乗せた馬車は、王都には滞在させません。すぐにレイズ様の館へ向かってもらいます。そこで療養ということに。密偵の跋扈している王都よりも情報は制限できるはずです。もちろん第10騎士団が厳重に警備します。できれば王にも一度見舞いにお越しいただきたいです」
「その場におらぬ友を見舞いか、、、」ゼウラシア王はまた小さなため息をつく。
「レイズ様を弔うのは、帝国との話し合いの後に」
「、、、なにか考えがあるのか?」
「はい。我々が先手を打てたのなら、今度は帝国との同盟を伏せて、ルシファルを踊らせようかと」
「ほお」
「そのための準備もネルフィアにお願いしていたんだけど、、、、」
「そちらの方も進めております。全く人使いの荒いお方です」
「ああ、ネルフィアから聞いていたあの件か。なるほど、、、そのために、、、なるほど、、」
ゼウラシア王が長考に入る。僕は辛抱強く返答を待った。そんな僕に対して
「おいロア、帝国に行くなら私たちも連れてゆけ」
「お前といると飽きないからな」
などと双子が耳元で囁くけれど無視。王の御前だっていうのにもうすっかり場に馴れた双子はいつもの奔放さを発揮している。
長い時間を経て
「いずれにせよ、このままでは滅亡は免れぬ、か。やってみよ、ロア」
ようやく王の許可が降りる。けれどすぐに
「だが、これだけの話、然るべきもの達に話を通さねばならぬ。ロア、本当にルシファルは動かぬのか?」
絶対はない。けれど、ここは言いきるしかない。ここで動かねばどの道泥沼だ。それに、レイズ様が健在と見ているルシファルがすぐに動くとはどうしても思えない。
「、、、、はい」
「ならば、すべての騎士団長を集める。その間にお前は準備を進めよ」
「、、、、ありがとうございます」
王都の首脳で決めずに騎士団長を集める。これは王の気遣いと考えるべきだろう。どれだけ上層部が帝国を憎もうと、騎士団長が賛成すれば強くは出られない。
こうして刻々と迫る滅亡の時を前に、ルデクの運命を決める会議が開かれることとなったのである。