【第188話】王とロア① グリーズの受難
「第一騎士団および第九騎士団裏切り! 従わなかった我らは第一騎士団ノーグロート隊に追われながら、この報を届けに参った! 残念ながら第九騎士団の襲来には間に合わなかったが、何が起きたのか王にご報告申し上げたい! どうか、お許し願えないだろうか!?」
僕らの前に飛び込んできたグリーズさんは、早口で捲し立てるように言う。その目は充血し、怒りの炎が宿っている。
グリーズさんはつい先ほどホッケハルンの砦に到着し、「責任者に会いたい」と近くにいた兵士に詰め寄ったそうだ。
断っても食い下がるグリーズさん。その勢いに困った兵士がフォガードさんを探していると、丁度僕らと言葉を交わしているところだった。
グリーズさんは案内の兵士の制止も振り切って、僕らの元に駆け込んだと言うわけだ。
「いくら戦闘後の混乱の中といえど、、、」と不快そうにするフォガードさん。鋭い視線を向けているのはグリーズさん達ではなく連れてきた兵士だ。
それも当然、本来であればその場にとどめ置いて報告を先に済ませるのが先。万が一を考えれば危険極まりない行為だ。
「申し訳ない。時間がないからと我々が強引についてきたのだ」すくみ上がる兵士に代わって、グリーズさんがフォガードさんに詫びる。
確かにようやく戦闘が終わったばかりで浮き足だっている中、尋常ではない雰囲気の部隊が「国の危機」を訴えてやってきては、応対した兵士も判断に迷ったことだろう。
「発言をよろしいですか?」
会話に加わってきたウィックハルトによって、フォガードさんの視線も件の兵士から視線を離す。
「貴殿は、、、シャリス、、シャリス=イグラドではないですか? 何故貴方がここに?」
ウィックハルトに名指しされ、グリーズさんの後ろで同じように跪きながら下を向いていた青年が顔を上げる。
グリーズさんばかりに気を取られていたけれど、その顔を見て僕や他の将官もハッとする。シャリスなら知っている。第一騎士団の若き俊英と言われる青年将校だ。
シャリスはグリーズさんに発言の許可をもらうように一度視線を交わしてから、「特に隠していた訳ではありません。私はヒューメット様を弑した犯人に仕立て上げられ、拘束されようとしていたところをグリーズ様に助けられ、そのまま行動を共にしていたのです」
「ちょっと待て! ヒューメット様がなんだと!?」
フォガードさんが目を丸くしながら詰め寄ると、シャリスは悲しそうに首を振りながら「残念ながら」と言葉を詰まらせる。
「誰が!? 一体!?」
、、、、知らないところで色々起きてるみたいだ。困ったなぁ。ここで時間を使うわけにはいかないのだけど、、、放置しておくわけにはいかないから、ここは連れてゆくしかないか。
シャリスに詰め寄るフォガードには申し訳ないけれど、僕は強引に話を断ち切らせてもらう。
「話の途中ですみません。とにかく僕らは王都に急がなきゃいけない。詳しい話は道中でもいいかな?」
「連れて行って良いのか? 第九騎士団と第一騎士団の関係者だぞ?」フレインが念を押すように僕に問うたけれど、第九騎士団がなぜ向こうに付いたのか知る貴重な情報だ。それに、、、
「安心しろフレ助」
「おかしな動きをしたら、首から上が鉄球に変わる」
と、双子がモーニングスターをジャラリと掲げる。
「フレ助!? 俺のことか!?」
フレインが絶句している案件はともかく、今の状況で王都まで連れていっても何かできるとは思えない。そもそも、この人たちのやりようはルシファルの仕掛けっぽくない気がする。
「、、、当然だけど、王都が攻められていたら君たちに先陣を切って突入してもらうことになるよ?」
僕の言葉に「当然だ。俺たちはそのために来た。このままあの不心得者どもにやられっぱなしでは気が済まんよ」とグリーズは歯を剥き出して見せる。
「ラピリアはどう思う?」
「ロアが決めたのなら私は構わないわ。それよりも先を急ぎましょう」
「なら決まり。あ、フォガードさん、顛末は後で必ずお知らせしますので、ここで失礼します」
生殺しの情報量で止めたフォガードさんはなんとも言えない顔をしたけれど、本当にのんびりしている場合ではない。
「できれば私も同行したいところですが、、、顛末は必ず、、お知らせください」
そんなフォガードさんの言葉に見送られ、僕らは王都への道を急ぐことになるのだった。
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馬を走らせながらグリーズさんやシャリスの話を聞く。
彼らの話が事実であれば、かなり大変だったみたいだ。
「第一騎士団のやつらが突然、ヒューメット様を含む王族がルデクを裏切ったと騒ぎ立てた。そして討伐軍を起こすことになったので、従わなければ反逆罪に問うと。納得できぬ我々がヒューメット様の住まう館の前で押し問答をしているところで、シャリス殿が逃げてきたのです」
、、、、盗人猛々しいとはこのことだ。反逆者はルシファル達のくせに。
「けど、変ね。話の通りなら第一騎士団はノーグロートの部隊だけでしょう? その怪しい話に貴方達以外の第九騎士団の兵士は簡単に従ったの? おかしいと思える兵士が多ければ、ノーグロート部隊だけなら追い払うこともできると思うけど?」ラピリアが首を傾げる。
確かにその通りだ。精強とまでは言わないけれど、曲がりなりにも騎士団の一角、それも騎士団長は王の伯父。そんな馬鹿げた命令に唯々諾々と従うと言うのはおかしな話だ。
「もちろんノーグロートだけなら話は違っただろうが、そこには第九騎士団の主だった将官の名前が連名で並んでいたのだ」
「、、、その将官というのはつまり、貴族上がりの奴だったってことっすか」サザビーの言葉にグリーズさんは頷く。
「もしも従わなければ、貴族の権限を以て兵達の家族にも害が及ぶ、と。ゆえに多くの兵士は声を上げることもできずに」
「貴族の風上にも置けない馬鹿どもが」フレインが吐き捨てる。フレインもそれなりの家の出だ。不快感も人一倍感じているようだった。
けど、これで第九騎士団が第一騎士団に従っている理由も、僕らが攻め込んだ時に思いの外抵抗が弱かったのにも納得が行った。そのような状況では高い士気など到底望めないだろう。
ーールシファルに捨て駒にされたかな?ーー
おそらくはそうだろう。成功すればよし。敗れても時間稼ぎになればいいとでも思ったか。いや、或いは、、
或いはレイズ様の生存の報を聞いて、様子見に第九騎士団を当て馬にした?
王都が攻められているようなら前者、王都に敵がいなければ後者かもしれない。
答えは王都にある、か。
そんなことを考えながら、僕らはただ真っ直ぐに、王都への道をひた走った。