【第184話】レイズ=シュタインの一手25 ルシファルの誤算(上)
「全く、戦線復帰最初の戦いがこのような、、、、」
第六騎士団長のフォガードは、ホッケハルンの砦の塁壁に立ち、額に手を当てた。
人目がなければ頭を抱えそうな状況であるが、騎士団長となった今、そのような醜態を見せることはできない。
ーーリフレア裏切り、第一騎士団に造反の疑いありーー
ネルフィアより俄には信じ難い情報がもたらされた後、ゼウラシア王の行動は早かった。
「ホッケハルンの砦にて、北から来る全ての部隊を通すな!」
王都に唯一残っていた第六騎士団はゼウラシア王の命により、取るものもとりあえずホッケハルンの砦へ急行。
まだ新兵の訓練も始まったばかり、火急の状況においては足手まといになると判断し、元の4000のみでの行軍となった。
即断が功を奏し、幸いなことに第六騎士団は砦に先着する事が叶う。
とはいえネルフィアの情報が真実であれば、いつ敵影が出現してもおかしくない。
第一騎士団は8000。さらにリフレアの兵数は不明。加えて、もしかすると第二騎士団も寝返っている可能性があるらしい。
ただ、第二騎士団は現在、第10騎士団と行動を共にしている。今は数に数えなくて良いはずだ。
それでも少なく見積もって1万5千、、、いや、2万の敵は覚悟しなければならないだろう。
対するこちらは砦の常備兵を含めても5千がやっと。
ゲードランドにいる第三騎士団および、第七、第五騎士団にも援軍打診の早馬は向かっているが、もっとも近い第三騎士団でも、おそらく砦到着までは最短でも10日は待たねばならない。
10日間、3倍、或いは4倍以上の敵を相手にこの砦を守る事となる。しかも相手はあの、ルシファル=ベラス。
フォガードは騎士団長を打診され受諾したものの、他の騎士団長に比べれば凡庸であると自認している。
自分は第六騎士団を後方支援の専門部隊としての道筋を整え、次代へ引き継ぐことこそが役割であると。
正直言ってルシファル=ベラスと、第一騎士団と互角に戦える自信はない。だが、泣き言を言っている場合ではない。
ホッケハルンの砦が奪われれば王都は丸裸といえる。この砦が陥落する頃には、第三騎士団が王都へ入っているだろうが、第七騎士団、第五騎士団からの援軍には時間を要する。
とにかくこの命に替えても、せめて、第七騎士団、第五騎士団が王都に到着する位の時間を稼がねば。
フォガードは既に死を覚悟していた。自分のような者が騎士団長に就任した第六騎士団には申し訳なく思うが、フォガードが出来ることは決死の覚悟で砦を守ることだけだった。
「北から一団が!!」
一報を聞かずとも、フォガードの目にも砂塵が確認できた。
少しして旗印も視認できるようになってくる。
「まさか、、、、、あれも敵か?」
フォガードは今度こそ絶望的な気分で、思わず崩れ落ちそうになる膝を手をついて固定する。
間違いない。見間違えようがない。
はためくは王族のみが許される四つ目獅子と大木。
第九騎士団、騎士団長にてゼウラシア王の伯父であるヒューメット=トラドと第九騎士団の旗であった。
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ホッケハルンの砦の攻防の少し前。
ホッケハルンの砦に全軍で進んでいたルシファルの耳に、2つの報告が届いたのはほぼ同時だった。
どちらもルシファルにとっては愉快な知らせではない。
一つ目の知らせは「ホッケハルンの砦に第六騎士団が入った」と言うものだ。
行動が早すぎる。何処かから漏れたか、、、、
考えられるとすれば、あの女。王の犬。
「忌々しい奴だ」
ルシファルは一人、吐き捨てる。
俺が王都を占領したのちには、草の根を分けてでも第八騎士団は根絶やしにしてやる。そのように考える。
忌々しくはあるが、実際には大きな問題ではない。
少々面倒にはなるが、既にホッケハルンの砦にはルシファルの息のかかったものが多数いる。
さらにこちらは、第一騎士団、第九騎士団、リフレア兵で合計3万の兵での行軍である。第六騎士団は新兵を入れても精々が5000。こちらの有利が揺らぐことはないのだ。
しかし、続けてやってきた報告に、ルシファルは思わず「何だと!? 戯言を吐かすな」と伝令を怒鳴りつけた。
常に余裕を見せているルシファルには珍しい態度だ。
それも詮なき事。
「レイズ=シュタイン、ゴルベル北部を鮮やかに制圧後、ルデクに向けて急行中!!」
などという信じられない情報であったのだから。
「ヒーノフを呼べ!! 今すぐにだ!!」
呼び出されたヒーノフも流石に表情を固くした。
「何かの間違いでは?」
「だが、ヒースの砦は瞬く間に陥ちたそうだ。そのような真似事ができる者が他にいるか?」
「それ自体が虚報なのでは? そもそも第二騎士団は何を、、、?」
「分からぬ。ヒーノフよ、レイズは確かに死んだのだな?」
「私の目の前で、毒の刃が深く突き刺さったのを確認しております」
「、、、私は死んだのかを確認したのかと聞いているのだ」
ルシファルの目の奥には焦燥が浮かんでいる。
ーーこれほどまでに、レイズを恐れていたかーー
ヒーノフは密かに息を呑む。だが、沈黙という選択肢はない。
「あのような傷を受けて生きているとは思えません」
「、、、、、、」
ヒーノフの言葉を受け、ルシファル、長考。
「、、、、万が一、レイズが生きていたのなら何が起こるか分からん。第二騎士団が裏切った可能性もある。ここで無理はできない。ホッケハルンの砦には第九騎士団を当てて、様子を見る。良いな」
ネルフィアの言葉を信じて即座に動いたゼウラシア王。
ヒーノフの言葉を信じず判断を保留したルシファル。
運命の女神の賽は、投げられた。