【第18話】ハクシャ平原の戦い①
ルデク王国の南西部に”ハクシャ”と呼ばれる地域がある。
草原の中央を流れる大河の穏やかな流れが、陽の光を浴びて輝いている。大河は、草原の中程で大きく弧を描いて流れていた。
周辺は人気がなく、名もなき草花が風にそよいでいる。
風光明媚、そんな言葉が適当なこの場所は、上流の天気が荒れるとその表情を一変させる。
暴れる大蛇の如く襲い掛かる濁流は、ハクシャの曲線をきっかけに大地へと噴き出し、辺りの景色を大地の色で塗り潰すのである。
土地は肥沃ではあるが度重なる洪水で作物を育てるのは難しい上、人命すら危ぶまれるこの場所を、人々は遠巻きに眺めるだけであった。
そのような場所ではあるが、完全に無人というわけではない。少し離れた場所にはいくつかのほったて小屋がポツリポツリと建っている。
小屋から出入りするのは風貌からして堅気ではない人間ばかり。2人に1人は盗賊家業で日々の糧を得ているような輩がうろついていることで、余計に人々が敬遠するようになっていた。
ほったて小屋の住民らは、ここで日がな賭け事をしたり酒を飲んで怠惰に暮らし、大河が荒れるのを待つ。
天の神の配剤で大河が周辺を水浸しにすると、水が引くのを待たずにこぞって泥地へと踊り出すのだ。
危険も顧みずに彼らが探すのは、山の上から流れてきた砂金である。
かつてこの地では、洪水の後に訪れると頻繁に砂金が見つかったという。
その様はまるで輝く白い砂のようであり、人々はそれを白砂と呼び、それがこの土地の名前となったと伝えられている。
けれど、金は枯渇してしまったのか、ここ20年はまともに白砂が見つかったという話はとんと聞かない。
それでも一縷の可能性に賭けた者たちが、今日も穏やかな水面を欲望の眼差しで見つめているのだった。
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「南部のゴルベル軍に動きがあったようだ」
執務室に集まった部隊長たちと僕を前にして、レイズ様が厳しい表情でみんなに伝える。
「では、出陣ですか?」部隊長の一人が声を上げると
「ああ。まずは近くの砦に駐屯している第六騎士団が出ることになっている。我らは後詰めだ。すぐにでも動けるように準備を進めよ!」
「はっ」部隊長が一斉に威勢の良い返事をして、出撃準備のため次々と退出してゆく。残されたのは僕とグランツ様、ラピリア様のいつもの両名に加えて、レイズ様の指示でリュゼルという部隊長が残った。
「私が残ったということは、先行して出ろと言うことですね?」
リュゼル隊は第10騎士団の中でも騎馬を中心としており、機動力を活かして先行部隊としても活躍する。
「ああ。確定情報ではないのだが、ゴルベルの兵を率いている将の旗印が千手草と雄牛との情報があった」
「フランクルト=ドリューの旗印、、、、」思わずつぶやいた僕にレイズ様が「流石、好き者だな」と言いながら「では、私が懸念しているのは何かわかるか?」と聞いてきた。
もちろん知っている。
相手がフランクルト=ドリューであれば、時期的にもハクシャ平原の戦いと見て間違いないだろう。
フランクルト=ドリュー。ルデクにおいては2年前に大きな痛手を被った相手だ。当時の第六騎士団長、ナイソル様を屠った将として良く知られている。
非常に老獪な用兵で、第六騎士団長の本陣を孤立させて討ち取ったのだ。ゴルベル領内での戦闘であり地の利が向こうにあったとはいえ、軍部には激震が走った。
味方の士気を下げぬために詳細は伏せられ、公的には戦闘中に負った傷により、陣中で没したとされたほどだ。
討ち取られた第六騎士団長に代わって、新たな騎士団長に任じられたのが現在の将、ウィックハルト様。
ナイソル様の秘蔵っ子として大変可愛がられていたウィックハルト様。ナイソル様が、「いずれ俺が引退する時はお前に継いでもらいたい」と公言していたことや第六騎士団の部隊長の後押しもあり、騎士団最年少の騎士団長に就いた。
予定よりも大幅な前倒しではあったけれど。
かような経緯があるため、ウィックハルト様にとって、また第六騎士団にとっても、フランクルトは仇敵なのだ。
もちろん、前騎士団長に指名されていたとはいえ、それだけで騎士団長になれるほど甘くはない。ウィックハルト様は優秀な将なのだろう。だけど、仇敵を前にして冷静でいられるだろうか。
僕の知っている未来では無理だった。今回の戦地となったハクシャで大河を挟んで睨み合う中、老獪なフランクルトの挑発に乗り、ウィックハルト軍は強引に大河を越えて攻め入った。
フランクルトは上流で悪天候になっていることを把握しており、時をおかず大河は激流へと姿を変え、突出した一部のウィックハルト軍を孤立させる。
孤立したことに気づいたウィックハルト軍は決死の覚悟で脱出を試み、ウィックハルト様自身は一命を取り留めるが、精兵の多くを失い、当人も右腕と右目を失うという大敗を喫する。
この一件によって第六騎士団は一時的に大きく弱体化し、ハクシャ周辺の地域は長期間苦しい戦いを強いられる事となる。
「、、、、、フランクルト将軍は老獪です。ウィックハルト様も優秀な将ですが、ナイソル将軍の因縁を考えれば、フランクルト将軍に翻弄されて、想像以上の苦戦に陥る恐れがあります」
「よろしい。では、我々はどうすべきだと思う?」
「僕がフランクルト将軍なら、ナイソル将軍をだしにして挑発し、第六騎士団の誘引を狙います。うまくすればウィックハルト様を孤立させることができるかもしれないと考えるでしょう。とすれば、こちらが最優先にすべきことはウィックハルト様に自重を求めることです」
「、、、、だそうだ。リュゼル。どう思う」
「、、、、正直ロアがここまでとは思いませんでした。君は本当に戦ごとに詳しいのだな。では我々は一足先にハクシャ平原に向かい、ウィックハルト様をお止めいたします」
「頼む。こちらもなるべく早く出陣できるように王に進言する。それからロア」
「はい?」
「お前はリュゼルと先行せよ。何かの役に立つかもしれぬ。一応私の名代ということにしておけ。それから、お前は戦力としては数えていない。戦闘になったら避難しておけ。良いな? リュゼル、頼むぞ」
「畏まりました」一礼するリュゼル。
瞬く間に話が進むと、僕が呆気に取られている間に2度目の出陣は決まったのである。