【第181話】レイズ=シュタインの一手22 第九の凋落(下)
「シャリスよ、、、私もこの様な真似はしたくないのだが、、、、お前は昨晩、どこにいた?
ノーグロートの質問に、拘束されたままのシャリスは訝しげに首を傾げる。
「どこに居たも何も、貴方と酒を酌み交わしていたではないですか」
「無論、そこまでは私が保証できる。問題はその後だ」
「その後? 真っ直ぐ家に帰り、寝ましたが?」
「そうか、、、しらを切ろうとするか、、、、」
「何の話です?」
「、、、、知っての通り、ヒューメットはこの館の上部を居住区にもしている。当然、見張りもおり、相応の人間でなければ通ることはできない」
「、、、、」
「さて、昨夜、お前がこの館の辺りを歩いていたのを見た者がいる。そうだな、ノゲルデ殿」
指名されたノゲルデはちょび髭を指で摘みながら「然り」と答える。
それからいっとき勿体ぶって、
「昨晩、私はここに居るパームス殿と、今後の第九騎士団について激論を交わしており、ついつい遅くなったのでございます。帰路を急ぐ私がたまたま見かけたのは、確かにシャリス殿でしたな」
「何を馬鹿な!」
ノゲルデはシャリスに怒鳴られて「おお、恐ろしい」と薄笑みを湛えながら身体を引く。
「聞いての通りだ。シャリス、昨晩はどこにいた?」
再度問い詰めるノーグロートに、シャリスははっきりと宣言する。
「ノゲルデ殿は誰かと勘違いをしておられる、私は間違いなく真っ直ぐに帰宅し、眠りについた!」
だが、ノーグロートは納得しない。
「だから、それを証明する者を出せと言っている」
ここに至り、シャリスは自分が貶められていることに気づく。
「まさか、、、、貴方たちが殺したのか! ヒューメット様を!」
掴まれた腕を振り解かんとするシャリスに、四人がかりで取り付くノーグロートの兵士たち。
「、、、何を言い出すかと思えば、根拠もない逆切れとは、、」さも迷惑そうに眉を顰めるノゲルデとパームス。
「見張りが居たなら、誰が出入りしたか確認しているはずだ! その見張りはどこに!?」
シャリスの言葉は虚しく室内へと消える。
「見張りの兵士は殺されていたよ、2人ともな。背後から一突きだ」
「そんな、、、」
「シャリス、お前がヒューメットを殺した人間かはまだ確定していない。だが我々はこう考えている。私がヒューメットに疑いを持ったことで、ヒューメットは我々に真実を話そうとしたのではないか、そして、それ故に、仲間から殺された、と」
「、、、、何が言いたい?」シャリスの睨みをいなして、ノーグロートは片唇を上げる。
「犯人はルデクという国家そのものの裏切り者であり、さらにヒューメットを殺害した凶賊ということだよ、シャリス」
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拘束されたシャリスは、本部から少し離れた牢に移送されることとなった。
腕に覚えはあるが、武器を没収されて8名の屈強な兵士に囲まれたまま、格子のついた馬車に乗せられるとなれば、いかにシャリスといえど早々逃走することは叶わない。
嵌められた。
シャリスは血が滲むほど唇を噛む。
館から連れ出される道中、必死に無実と共に騎士団精神を訴えるシャリスだったが、拘束したままの屈強な2人の兵士を中心にニヤつきながら聞く耳を持たない。
シャリスの言葉がいいかげん耳障りになったのか、「お前は死ぬし、もう第九騎士団は終わりだ。すでに外では掌握が始まっている。ノゲルデ様やパームス様も手伝って、第一騎士団が吸収する。お前の役割は終わったんだ」とのたまう。
「役割? 役割とは何だ?」
「まだ気づいていないのか? お前は第九騎士団を我が物にするために利用されたんだよ」と笑う兵士。
「ノーグロートが私を陥れたのか?」
がくりと肩を落としたシャリスに、もはや逃げることを諦めたと確信した兵士は、饒舌に続ける。
「ルシファル様に決まっているだろう? これからこの国はルシファル様と、それを固める貴族が治める国になる。俺たちは名実ともにこの国の頂点に立つんだ。残念だったな、シャリス。お前は真面目すぎたから、ルシファル様に見限られたんだよ!」
言い終わるとその場にいた兵士たちがゲラゲラと笑う。
「お前ら、そのような真似が許されると思うのか?」
「誰の許しだ? 王か? それともシャリス、お前のか? 俺はお前みたいなポッと出がでかい顔をしているのが気に入らなかったんだ、牢屋に入れたらたっぷり甚振ってやるから、楽しみにしておけよ。さあ、馬車に乗れ! 楽しい時間の始まりだぜ!」
シャリスが馬車に乗せられようとしたその時、
「邪魔をするな! 俺たちに命令したければまずはヒューメット様を連れてこい!」そんな怒声と共に、すぐそばで金属のぶつかる音がする。
「ちっ、邪魔な奴がいるな」
取り囲んだ兵がそちらに気を取られた瞬間、シャリスは一瞬ふわりと飛び上がると、両側で拘束する兵の足の親指を目掛けて思い切り踏み抜いた!
「ぎゃあっ!」予期せぬ痛みに掴む力が緩む。
その隙に拘束を振り払うと、兵士の一人から剣を奪い、早々に2人を切り伏せるまでが一瞬の出来事だった。「貴様!!」と剣を抜き始めた兵士をよそに、シャリスは騒ぎの方へと一直線に駆ける。
おそらくここが、シャリスに残された最後の好機だ。なりふりかまわず、騒動の主に助けを求めるしかない。
「待てっ!!」
追撃の声を背に、必死で走り抜ける。大した距離ではない。揉めている先頭の将へと声をあげるシャリス。
「シャリス殿!? 一体どうなっているのか!?」
そこにいたのは第九騎士団では数少ない叩き上げの部隊長、グリーズ。グリーズの驚きの顔が、シャリスにはわずかな光明に見えた。