【第177話】レイズ=シュタインの一手18 決別(下)
「あ、もちろん、私は死ぬつもりはないわ。はっきり言って、ルシファルは強い。手負のレイズが何処までできるか、、、この際だからあえて言うわね。ねえロアちゃん、貴方たち”こちら側”に付かないかしら? 第10騎士団全員は無理でも、貴方たちだけなら、、」
「ホックさん、僕らは、ルデクは勝ちますよ。ルシファルに。逆に今、降ってもらえませんか?」
被せるように言った僕の言葉に、ホックさんは小さく首を振る。
「なぜルシファルなんです? ルシファルに弱みでも握られているんですか?」
「いいえ。。。。私はルシファルと約束したの。”貴方の願いをなんでも2つだけ聞く”って」
「それが祖国を裏切るような事であってもですか?」
「、、、、私は”なんでも”と言った。なら、言葉の通りよ。。。。流石にルデクに弓を引くとは思っていなかったから、最初に聞いた時は驚いたけれど」
「なんでホックさんは止めなかったんですか?」
「1つめの願いを使われたから。「反乱の企てを手伝ってほしい。」って」
「それじゃあ、ここにいるのもルシファルの指示で?」
「いいえ。関係あるのかもしれないけれど、今回の遠征、彼はアタシになんの願いもしなかったわ。魔人の約束はまだ後一つ、残ったまま」
「魔人の約束」
「なんだそれは?」
ここまで黙って僕とホックさんのやりとりを聞いていた双子が、たまりかねて口を挟む。
「アタシの祖国の御伽話よ。お母様がよく話してくれたの。虹色の壺に封じられた魔人のお話。壺の封印を解いてくれた相手の願いをなんでも3つ叶えてくれる魔人の、お話」
「3つ?」
「1つ多くないか?」
「魔人は3つの願いを叶えることができる、でも、3つ目の願いを叶えると、魔人は対価を奪い去ってゆくわ。だから決して3つ目の願いを言ってはいけない。2つの願いで満足しなくてはいけないのよ」
「ふうん」
「面白いな」
このまま双子に任せると雑談に入りそうだから、僕が適当なところで軌道修正。
「ホックさん、もう一つ聞いても良いですか?」
「ええ。なんでも聞きなさい」
「どうして、その、魔人の願い事をルシファルに?」
「あ、そうね、それを話しておかないと意味が通じないわよね。私が父様とツァナデフォルから流れてきた事は既に話したわよね」
「はい」
「そして父様は第二騎士団に編入されて、団長まで上り詰めたのだけど、当然やっかみも多かったわ。特に北の蛮族が、って言葉を子供のアタシに言い捨てる人も日常的にいた」
「、、、」
「そしてアタシが第二騎士団に入ると、風当たりはいよいよ強くなった。特にホラ、アタシはこんな感じの性格でしょう。「気味が悪い」とか「北方の出来損ない」とか、陰口には事欠かないのよねぇ。正直、何度か騎士団をやめようと思ったんだけど、、、、そんな時に助けてくれた、庇ってくれたのがルシファルだった」
「少し、、、、意外です」
「あら? そう。ああ見えて意外に面倒見はいいのよ。そうでなければ第一騎士団の団長は務まらないわ。もちろん打算がなかったとは言わない。それでも、アタシが第二騎士団で団長になる時も、一番推してくれたのはルシファルだった。だから、アタシの騎士団長就任祝いにルシファルが来てくれた夜、アタシは魔人の話をした」
ホックさんが騎士団長に任命されたのは昨日今日の話じゃない。今の第二騎士団の団員の全てが、弟子と言えるほどの時間は経っている。そんなに前の話だったのか。
「それで、話は戻るわね。アタシは、アタシだけがルシファルの願いを叶えてあげるつもりだったんだけど、、うちの子たちが勝手についてきちゃって、、」
「勝手にと言うのは語弊がありますね」ここで初めてレゾールさんが会話に参加。
「どう言う事ですか?」
「ニーズホック様はこう言っていますが、第一騎士団は我々を脅しているのですよ」
「本当に?」
「ええ。ルシファルがもう一つの願いを使わない理由は、ニーズホック様の命を握って、我々に言うことを聞かせるためです。全く、そのような約束は反故にしてくれると良いのですが、、、」
「それはできないわ。アタシは誇りをかけて約束したんだもの」
ホックさんの言葉に大袈裟にため息をついて、「これですよ」と首をすくめるレゾールさん。
「だから、アタシを人質にされても、貴方たちは好きにすればいいのに、、、、」
「ニーズホック様、何度も言いますが、貴方は我々の上司であると同時に、騎乗技術を惜しみなく教えてくれた師でもあるのです。このようなことで師を見捨てるのは、我々が貴方から教わった騎士道ではない」
「でもその騎士道で祖国を攻めていたら元も子もないじゃない」
「だから再三、その約束とやらを破棄するように言っているではないですか。できなければ万が一王都が陥落するような羽目になったときは、我々はその責を負って自ら命を絶つ、と」
今度はホックさんが大袈裟にため息をつく番だ。
「ね。この通りなのよ。アタシが死んだら、第二騎士団の面倒を見てほしいって言った意味、分かったでしょ?」
不謹慎だし笑い事ではないけれど、これには僕も苦笑してしまう。
やっぱり僕は、裏切り者とはいえ、ホックさんや第二騎士団を憎むつもりにはなれそうも無い。
「分かりました。引き受けますが、こちらも条件があります」
「何かしら?」
「ホックさん自身のことです。ホックさんがその魔人の願い事を守る必要がないと思ったら、もしくはレゾールさん達の説得を聞き入れてくれたのなら、その時は一緒に降ってください。僕が面倒を見ます」
「、、、、考えておくわ」
「できれば、戦う前に。レゾールさんよろしくお願いします」
「はい。全力を尽くします」
「でもロアちゃん、アタシはそう意見を曲げるつもりはない。受けた恩は必ず返す。それがアタシ、ニーズホックの生き方だから。戦いになれば、貴方たちも無事では済まされないわよ?」
「大丈夫です。僕はルシファルに勝ちます。ホックさんこそ、仮に反乱軍に従軍しても、できれば遠巻きにしていてほしいです。無駄な血が流れるのは見たくない」
僕の言葉を聞いたホックさんは、少しだけ首を傾げた。
それからツカツカと僕に近づく。ホックさんの動きにウィックハルトが反応したけれど、僕が手で制する。
ホックさんは僕のすぐ目の前までくると、大柄な体を折って、僕を下から覗き込むような体勢になる。
「ロアちゃん、、、、貴方、何か変わったかしら?」
「、、、、どうでしょう?」
しばらくジロジロと眺めたホックさんは不意に体を離して踵を返す。
「、、、、、アタシたちは遺跡を通ってリフレア側から帰る。ここでお別れ、それでいいかしら?」
「かまいません、あ、もう一つだけ聞いても」
振り返らないまま「何かしら」と言葉を投げるホックさん。
「なぜこの場で僕らを襲わなかったのですか?」
「その答えは簡単よ。ここで戦えば、アタシたちは全滅するかもしれなかった。アタシについてきてくれる子たちのことを思えば、ルシファルの2つ目のお願いでもなければ、こんなところでは戦えない。多分ルシファルもそれを分かった上で、それでもアタシたちの忠誠を見るために同行させたんじゃないかしら?」
「なら、、、」
「アタシたちがここで第10騎士団と刺し違えるのをルシファルが期待したなら、そう願えば良かったのよ。そのまま伝えるだけ。そうだ、アタシももう一つだけ聞いても良いかしら?」
「はい」
「最初にアタシ達が裏切っていると気づいたのはどうやって? 結構上手くやっていたつもりだけど?」
僕は、僕が気づくきっかけになったホックさんとのやりとりについて正直に話す。
聞き終えたホックさんは、こちらに背を向けたまま
「そう、レイズじゃなくて、ロア、貴方が、、、、」
それだけ言い残して、今度こそ陣幕を出てゆく。
僕らだけが残った陣幕の中。
「ロア、お前目をつけられたぞ」
「師匠は認めた人間を呼び捨てにする」
双子の言葉に僕は、嬉しいような、困ったような気持ちを抱くのだった。