【第175話】レイズ=シュタインの一手16 射手
「そのようなことが、、、、許されると思うか?」
一番先に言葉を投げてきたのはグランツ様だ。視線からは殺気さえ感じる。
「では、他に方法がありますか? レイズ様の遺体を抱えて、ゴルベル領内を右往左往している間に、ルデクは滅びますよ?」
僕も譲らない。
「だがそもそも、第一騎士団が裏切ったという話、これがまず確定しておらんのではないか? 第一騎士団がオークルの砦でリフレアの兵士どもと戦ってくれていれば、我々がレイズ様のご遺骸をルデクにお連れするだけの時間は稼げるはずだ。場合によっては第一騎士団がリフレアを跳ね除けているかもしれん」
「グランツ様は、甘い希望に縋って戦いを進めると?」
「なんだと?」
僕とグランツ様の間に緊迫した空気が漂う。そこに割って入ったのはウィックハルトだ。
「宜しいですか? その、第一騎士団絡みで少し気になる事があるのですが」
僕らは互いに視線を外してウィックハルトを見る。
「フランクルトやレイズ様を襲った刺客を射抜いた矢には、毒が塗られていました。フランクルトの症状からしてサンザ草を使用した毒ではないかと思います。そして、共に額を正確に狙っている」
「額を? フランクルトは首元を射られたのでは?」
その場にいなかったサーグ隊長の疑問に、フランクルトはレイズ様を庇って射抜かれたことを説明しつつ、「射線を考えれば、本来はレイズ様の額を狙ったものと考えられます」と伝える蒼弓。他に質問がないことを確認して続ける。
「射手が達人である事は疑いありません。通常の弓矢の射程距離の外にいた我々のところまで、正確で強力な弓矢を放ってきました。。。。そして、あの、サンザ草の毒。サンザ草を煮詰めて作るこの毒は、粘性があり矢尻に塗り込みやすい。ただ、乾きやすくて扱いが難しい」
「随分と詳しいな」グランツ様の言葉に「一人、知っているのです」と答えるウィックハルト。
「知っている?」
「、、、、第一騎士団のヒーノフ=アルボロ、あの男が好んで使う毒です。そしてヒーノフは私の蒼弓の肩書きに嫉妬するほどには、弓の腕に自信がある」
「まさか、、、」頭を振るグランツ様にウィックハルトは続ける。
「もう一つ、先ほど言ったようにサンザ草の毒は乾きやすくて扱いが難しい。ですが、ルデクだけにそれを解決する方法があります」
「、、、、瓶詰め?」僕の呟きに頷くウィックハルト。
「試したわけではありませんが、瓶詰めに封入すればしばらくは持ち歩けるのではないかと」
瓶詰めがそんなことに利用されるなんて、、、いや、瓶詰めは当然第一騎士団の手にも渡っている。あり得る話だ。
「では、リフレアの軍の中に一人、ヒーノフ=アルボロがいたと言うのか?」唸るように口にするベクラド隊長。
「さらに言えば、ヒーノフが一人で参加したとは考えにくいかと思います、、、レイズ様が倒れた後、すぐに退いていった様子からするに、今回の狙いがレイズ様一人にあったのは明白です。仮に私が狙う側の立場なら、ある程度、我々第10騎士団を知っている人間は多くいた方が都合が良いと思いますが、、、」
「つまり、リフレアの軍の中に第一騎士団の輩が混じっていた、と?」
「一気に攻め込むことなく、弓での攻撃が多かったのもそれが理由では? 混戦になれば第一騎士団の兵士だと露見する恐れがあった。そうは考えられませんか?」
ウィックハルトの話は全て予測でなんの証拠もない話だ。けれど、否定するだけの物をグランツ様たちも持ち合わせていない。
ウィックハルトの話がいち段落したところで、僕は再び口を開く。
「ウィックハルトが言った通り、今回の襲撃、狙いがレイズ様一人だったのは間違いないと思います。それなら敵が一番喜ぶのはなんですか?」
「、、、、」誰も答えない。分からないのではなく、レイズ様の死をまだ完全に受けいれられていない。その言葉を口にするのに抵抗があるのだ。
「、、、、敵が第一騎士団であれ、リフレアであれ、レイズ様が”生きている”となれば、動きが鈍るはずです。奴らはレイズ様を恐れている。だからここまで大掛かりな準備をしてまで、第10騎士団を、、、レイズ様を襲った」
「しかし、第一騎士団が裏切っているなら、王都の中で暗殺もできただろうに、、、」サーグ隊長がなおも釈然としない顔で疑問を口にする。
「いえ、最大の狙いはレイズ様ですが、ひいては第10騎士団という存在そのものを恐れていた。だから、僕らが王都を離れるのを待っていた。ここから王都まで戻るには敵領内を抜けるしかない。自ら王都を離れる機会というならこれ以上ない」
サーグ隊長の疑問は僕が即座に否定した。
「、、、、策を、聞くだけは聞こう」グランツ様が漸く殺気を解いたことで、全員が一度口をつぐむ。
「先ほど伝えたとおり、レイズ様の遺体はここに埋めさせてもらいます。そして簡単なもので構わないので、レイズ様に見立て、レイズ様の甲冑を着けた人形を用意する。その人形を、輜重隊が使っていた荷車の一つに乗せて進軍します。幸い、規模の大きな遠征なので、少し工夫すれば、普通の馬車のように外から見えないようにすることも可能でしょう。レイズ様は毒の影響で馬車の中で安静にしているということにします。そこで、ジュドさん、それにルファ、2人は人形を置いた同じ馬車に乗っていてほしい」
指名された2人は肯首する。
「馬車はこの中のどなたかの部隊で固め、誰にも中を確認させない。例えそれが格上の相手であっても、ルデクに帰還するまでは力づくでも、中を見ようとする者を排除してほしい。伝令兵に刺客がいたんです、厳戒態勢であるという理由にすれば、そこまで矛盾しないはずです」
誰からも言葉はない。
「ユイメイに第四騎士団からも情報を流してほしいと言ったのは、このレイズ様が健在という噂だよ。キツァルの砦で、健在なレイズ様を見たとなれば、信憑性は跳ね上がる。もちろん、ネルフィアにも同様の噂の流布を。特に王都から、北へ向けて」
「ああ」
「分かった」
「それはお任せください」
それぞれの頼もしい返事を確認して、僕は一度みんなを見渡す。
「繰り返しになりますが、レイズ様が生きているとなれば、敵の動きは少なからず鈍くなる。そのためにも、ヒースの砦を早急に落として、健在ぶりを主張しなくてはならない」
「それが先ほどの策か」初めてヴィオラ部隊長が口を開く。
「はい。サザビー、ルデクの命運は君が握っているかもしれないよ」
僕に指名されたサザビーは、普段はあまり見せない真剣な表情で頷いた。
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全てを話し終えた。
レイズ様が生きている偽装こそレイズ様の最後の策である。その言葉を、それぞれが無理やり自分に言い聞かせるようにして動き始める。決まった以上は気持ちを切り替えるのは流石だ。
準備のために陣幕を出ようとしたヴィオラ部隊長が、ふと足を止めて僕を見た。
「どうしました?」
「ヒースの砦の話は、どこまでレイズ様が考えたものだ?」
「ヒースの砦の攻略は僕が考えて、レイズ様に提案しました」
僕がそのように答えると、ヴィオラ部隊長がふっと表情を緩める。
「、、、、あの策、レイズ様のやりようによく似ている」とだけ言い残して陣幕を出る。
陣幕に最後に残ったのはラピリア。
「ラピリア、、、様」
「今更、様はいらないわ。ねえ、ロア、約束、守ってくれる?」
「約束?」
「レイズ様の意志を継ぐ、ルデクを救うって、約束」
「ああ。守るよ」
必ず。
必ずだ。