【第173話】レイズ=シュタインの一手14 "ラピリア"
本日少し短めなのですが、この話はこれで1つとしたかったので。
レイズ=シュタインの死。
ルデクを支えた名将の喪失がルデクに与える衝撃は、どれ程のものだろうか。
レイズ様の遺体を前に、ラピリア様は膝をついて声を出さずに肩を震わせている。グランツ様は天を仰いだまま微動だにしない。
啜り泣く声はルファ。
まだ、レイズ様の死を知るのは僕ら3人と、看病していたルファと軍医のジュドさんだけ。ジュドさんは万が一の時、僕ら3人だけ先に呼ぶようにと指示を受けていたそうだ。
最後までレイズ様らしい配慮だ。この死が伝えられれば兵士の混乱は避けられない。この場にいる人達はそれを分かっているから、ただ静かに哀しみを噛み締めているのだ。
誰もが言葉を失う中、僕だけは口を開くタイミングを見計らっていた。
僕には悲しんでいる暇はない。レイズ様から預かった策を実行する責任がある。レイズ様のためにも、ルデクのためにも。
レイズ様は死を覚悟していた。自分はもう助からないと分かっていて、僕を呼び付けたのだ。その覚悟を無駄にすることは許されない。
重苦しい空気が包む中、僕はついに言葉を発する。
「、、、、グランツ様、ラピリア様、聞いてもらって良いですか。大事な話があるんです。この先についての」
「、、、ロア、少し後にしてもらえないか、、せめて今しばらくはレイズ様に哀悼の時間をもらいたい」グランツ様が上を向いたまま、少し怒気を孕んだ言葉を僕へ返す。当然の反応だ、それでも僕は怯まない。
「今は僅かな時間さえ惜しいんです。第10騎士団のためにも、そしてルデクのためにも」
顔を手で拭ったグランツ様が漸くこちらを向く。
「今、このような状況の時に話すことか?」
「今、このような状況だから、話すんです」
しばし睨みあった僕ら。グランツ様が「なにを話すのだ?」と聞く体勢になる。
「ラピリア様も、いいですか」
へたり込んだまま、放心したようにレイズ様を見つめるラピリア様の肩に手を置くも、反応はない。
僕はラピリア様の正面に回り込んで膝を突き、視線の高さを合わせる。
「ラピリア様」
「、、、、レイズ様が、、、、レイズ様が、、、」止めどなく流れる涙を拭うでもなく、ラピリア様の目はただ虚空を見つめ、震える唇から小さく同じ言葉を繰り返している。
「ラピリア様」僕はもう一度呼びかける。
けれど、ラピリア様の目からは光が失われたままだ。
僕は小さくため息をつき「失礼」と言って、ラピリア様の両頬を手で包む。
いつか、ハクシャの河原で、ラピリア様が僕にしてくれたことだ。
「、、、、離して、、、私もレイズ様を追って死ぬから、、、私は、レイズ様の剣だから、、、」
独り言のように呟くラピリア様に、僕は顔を近づけて、自分の腹に力を込めた。
「レイズ様の、死を無駄にするつもりですか?」
ピクリ、と肩を震わせたラピリア様。僕は続ける。
「リフレアは裏切りました、そして多分、今この時も、第一騎士団が王都を、僕らの祖国を火の海にしようと準備を進めています。この危機を防ぐことができるのは、僕ら第10騎士団だけです。全ての状況を知る、僕らだけなんです」
ラピリア様の涙は止まらない。
「なら、、、余計にレイズ様がいないと、、、、第一騎士団がうらぎった? 、、、レイズ様のいないルデクはもう、終わりよ、、、」
「終わらせない!」
僕はラピリア様を包む両手に少しだけ力を加える。
「僕が、レイズ様の代わりに、ルデクを救います」
言い聞かせるように一言一句ゆっくりと口にする僕に、虚空を見つめていたラピリア様の視線がほんの少し、僕の方へ動く。
「、、、、アンタに何が、、、」
「できる。僕はそのために準備してきた。レイズ様の最後の策も受け取った。僕は、必ずルデクを救う! レイズ様の意志も僕が引き継ぐ! だから、手伝ってくれ! “ラピリア!!”」
もう、僕を庇護するレイズ様はいない。ここからは、僕が表に立ってリフレアと、第一騎士団の魔の手を全て跳ね除ける。
今の言葉はラピリアに対すると同時に、自分自身への”覚悟”の言葉だ。
「、、、、、、聞かせなさいよ、その策っていうのを、アンタが、、、レイズ様の意志を継ぐ、ルデクを救う、方法っていうのを、、、」
ラピリアの瞳の奥に、小さな火が灯ったのが、僕の目には確かに見えた。