【第17話】2人の文官②
「あ、ネルフィア。おはようございます。今日はお一人ですか?」
「おはようございます、ロア様。ええ。サザビーは王より仰せつかった仕事をしてから来るそうです」
「、、、、なんだか余計な仕事を増やしてしまって、すみません」謝る僕にネルフィアはクスリと笑う。
「むしろ王宮内で済むのであれば楽になったのですよ」
「そうなんですか?」
「はい。書記官と言っても、私たちは王の代わりに各地へ派遣されて、その内容を書き留めて戻ってくるのが主な仕事です。王宮内での仕事というのはそれほど多くないのです」
「ああ、だから同じ文官でも見かけたことがなかったんですかね」こんな目立つ容姿の人がいたら、デリクあたりが大騒ぎしそうなものだ。
「どうでしょうね。王宮内には文官も多くいますから、たまたまかもしれません」
みんなで食事に出かけたことで、とりあえずなんとなくだけど打ち解けた気がする。
「それで、本日は何を?」
「瓶詰めの数を増やそうと思うんですよ。こんな大事になると思っていなかったので、1種類につき5つしか作っていなかったので。そのうちいくつかは失敗したり、試しに開けてみたので数が心もとないんですよね」
「なるほど」
「で、今ディックとルファに買い出しに行ってもらっています」
「ロアさんはお留守番ですか?」
「僕は普通の保存食の方のチェックをしようかと。干し肉以外も少し増やしたので。まだ食べられるかどうか分からない瓶詰めだけに、かかりきりになる訳にはいきませんから」
「では、お二人が帰ってくるまでは、通常の保存食の方をお手伝いしましょうか?」
「助かります。ルファたちが戻ってきたら新しい瓶詰めを作りましょう。あ、でも、調理場を借りないといけないか。今日は空いているかな?」
「調理場の件ですが、さすがに第10騎士団の食堂に何度も集まっていては目立ちます。王より別の場所の使用許可をいただいていますので、そちらで行ってはいかがですか?」
「それもそうですね。でも、そんな都合のいい場所、ありますか?」
「あります。祝宴のような大きな時だけ開放する王宮の補助の調理場があるのです。普段は滅多に使いませんから。そちらを」
「、、、、それはまた、大仰ですね」どんどん事が大きくなってきている気がして、二の足を踏む僕。
「少々困ったこともあります。出来上がった瓶詰めを持って、ここまで戻ってくるのも目立ちそうです」
「そうですね、そのまま近くに保管できる場所があればいいのですが」と僕が返すと、ネルフィアさんが少し不思議そうな顔をする。
「ロアさんは、ロアさんが見つけた手柄を自分の目の届かない場所においても良いのですか? 誰かが技術を盗むかもしれませんよ?」
そんなことを言われても、そもそもこれは僕が発見したものでもなんでもない。なんなら最初に発明した人に申し訳ないくらいだ。それに、干し肉だらけの保存食をなんとかしたかっただけなのだ。別に瓶詰めにはこだわっていない。
「特にこだわりはないですね。たまたま記憶にあっただけで、そこまで興味のあるものでもないですので」
そのように答えると、少しだけ目を見開いて
「ロアさんは、、、、、私が思っていたよりも、器の大きな方なのですね」と褒められた。
無駄話ばかりしていられない。ルファたちが帰ってくるまでにドライフルーツなどの状態を確認したり、そろそろ消費しなければいけない干し肉や、焼き固めたパンの数を確認しているうちに、あっという間に時間が過ぎた。
「ただいまぁ」
ディックの声を潮に、今日の通常の作業は終了。これからは瓶詰めの方へ注力する。
「おかえり、ディック。ルファもお疲れ様」
「うん。ディックが果実水をご馳走してくれた」
「そう。良かったね。ディック、戻ってきて早々で悪いのだけど買ってきた瓶を別の場所に持っていくから、そのまま持ってきてくれるかい?」
「構わねえけど、まだ買い物終わってねえぞぅ」
「え? そうなの?」
「瓶だけでも結構な量になったから、一度戻ってきた。これから食材の買い出しに行く」ルファの説明で改めて見れば、なるほど確かに食材はなかった。
「それはごめん。僕もいけばよかった。瓶がないなら僕でも持てるから、今度は僕が行ってくるよ。2人は休んでいて」
そのように言う僕に、ネルフィアが待ったをかける。
「ロアさんが出かけるには及びません。そろそろサザビーも来るでしょうから、サザビーに任せましょう。それに今後は瓶の仕入れも方法を考えた方がいいかもしれませんね」
「、、、、そう? じゃあ、お言葉に甘えて。そういえば、よくまぁこんなに瓶の在庫があったね」
「ジャムをたくさん作るから、瓶をあるだけくださいって言ったら、頼んだお店のおじさんが他のお店にも声をかけてくれた」
「ルファを見て、商人のお使いだと思ったみたいだぁ」
なるほど、この国に来る純血のサルシャ人といえば、ほとんどが商人か船乗りだ。ルデクトラドまで来ている純血のサルシャ人なら、商人の娘と判断されたのか。
なんにせよ、目立たぬ結果になってよかった。
そんな話をしていたら「すみません、遅れました」とサザビーがひょっこり顔を出す。そんなサザビーにネルフィアが買い物を命じ、「来たばかりなのに」と文句を言いながら出かけてゆくサザビーを見送ってから、僕らも移動するのだった。
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「それで、君の印象としては?」
王の私室、余程の人物でない限り、出入りのできぬこの場所に、ゼウラシア王とネルフィアがいた。
「そうですね。今のところ純朴そうな文官としか。所作は隙だらけですし、あのような技法を思いつくような切れ者という印象はありません」
「そうか。私の印象も似たようなものだ」
「ただ、、、、、」
「何かあるのか?」
「思ったよりも器は大きな人物かもしれません。瓶詰めについても頓着していない様子でした」
「ほお、、、この程度の知恵であれば固執するほどでもない、そう思っているのかもしれぬな」
「王は彼を随分と買っておられるのですか?」
「どうだろう。私にも分からぬ」
「分からぬ、ですか?」
「うむ。今まで小指の先ほども噂を聞いたこともない文官を、レイズが気に入ったということ、その文官が誰も想像し得なかった事を提案してきたこと。気にするには十分ではないか?」
「おっしゃる通りでございます」
「ま、すぐに何かが分かるとは思っていない。ロアの人となりはもちろん、瓶詰めの情報が漏れぬように引き続き警戒と、嗅ぎ回る者がいたら元を探れ」
「畏まりました。では、また」
退室しようとするネルフィアに「ああ、そうだ」と王が声をかけ、ネルフィアは振り向く。
「第八騎士団だが、何か適当に功績の記録を作っておけ。虚言で構わぬ。一文官に気付かれるだけならともかく、他国にも見抜かれるのは面白くない」
「、、、、そうですね。何か考えておきましょう」
今度こそ退出したネルフィア。部屋を出てから、そういえば第八騎士団の正体を見抜いたという点からして、意外に頭が切れるのかもしれないな、と、ロアの評価をまた少し改めた。