【第171話】レイズ=シュタインの一手13 秘密の会話(上)
「レイズ様のためにも、早急に撤退するべきだろうが!」
「だから、どの経路で撤退するのかと聞いているのだ!」
陣幕の中では、軍議と言うにはお粗末な言い合いが続いていた。
歴戦の将が集まっていると言うのに、この体たらく。場にいる誰もが混乱している。レイズ=シュタインとはそれほどの存在だ。
レイズ様の眠る別の陣幕内には、今は軍医とルファしかいない。他は追い出された。
軍医曰く「邪魔」との理由であり、現在の様子を見れば、軍医の判断は非常に的確であると認めざるを得ない。
ルファが残った理由は、キツァルの砦において怪我人の治療の手伝いをしていた経験と、この中で一番文句の出ない人選だったため軍医から指名された。
追い出された僕らは急きょ据えられた軍議用の陣幕の中で、今後の動きについて討論しているという訳だ。
ちなみに僕らのいる高台には、それほど多くの兵士はいない。
兵士の大半はゴルベル側の裾野と、リフレアとの国境にあって厳戒態勢を敷いている。
先ほどから怒号を交わす人たちの中に、グランツ様やラピリア様は参加していない。二人ともこの場にいるけれど、ひたすらに沈黙を貫いている。
まるで、レイズ様の命令を持っているかのようだ。
レイズ様を襲ったギーヴァンの死体からは、ギーヴァンを操った黒幕につながるようなものは何もなかった。
けれど、ギーヴァン単独の犯行でないことは明白だ。どう考えてもギーヴァンは口封じのために殺されたのだから。
軍議は平行線。中心となるべき者たちが沈黙しているのだから、それはそうだろう。かくいう僕も話し合いに参加する気分にはなれず、ただ状況を見守るに止まっていた。
そんな混沌とした場所に、一人の兵士が顔を出す。
場の異様な雰囲気に怯みつつも、兵士は僕を呼んだ。
「何?」
「レイズ様が意識を戻されました。ロア中隊長をお呼びです」
その場にいた全員の視線が兵士へ注がれる。
「僕だけ?」
「はい、そのように、、、、」
「なぜ、ロアだけなのだ?」グランツ様の言葉にはわずかな怒気を孕んでいる。
「わ、私はただ呼んで来るように、と、、、、」
このまま詰問されるのは、呼びに来た兵士が気の毒だ。
「分かった、すぐに行くよ。グランツ様、何かあればすぐに呼びます」
「、、、、相分かった、、、、」
グランツ様が渋々了承し、僕は今にも逃げ出しそうな兵士と陣幕を出た。
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「レイズ様!」
素人の僕から見ても、はっきり言って顔色は良くない。
起き上がったレイズ様に軍医が寝ているように指示するが、そっと手で制してこちらへ顔を向ける。
「迷惑をかけた」
「そんな、、、」
「ジュド、ルファ、すまないがいっとき席を外してくれ、ロアと大事な話がある」
レイズ様の言葉に軍医であるジュドさんが不満そうに口を尖らせたけれど、言われた通りに外へと出ていった。
「、、、お身体、大丈夫ですか?」僕の言葉に「さあな」と返すレイズ様。
「それよりも、早速本題に入りたいが、良いか? あまりのんびりしているとグランツやラピリアが乱入してきそうだ」
「、、、はい。なんでしょうか?」
レイズ様は一度目を瞑り、そしてそのまま口を開く。
「ロア、君はもしかして、未来を知っているのではないか?」
レイズ様の言葉に僕は息を呑む。
「否定はしないのだな」目を開けたレイズ様は僕に向かって少し微笑んだ。
「なぜ、そう思うのですか?」
「何、確たる事例があるわけではない。ただ、今までのロアの言動や、様々な提案を考えると、到底一人の人間が生み出したものとは思えぬ。かといって、お前にはこれと言った後ろ盾がないことは、調べて分かっている。しかし星読みのような曖昧さはない。自分で口にしておいて少々おかしなことを言っているとは重々承知しているが、お前が未来を知っているのであれば、最も腑に落ちるのだ。だが、荒唐無稽であることは分かっている。だから、お前だけ呼んだ」
、、、、本当にこの人は、、、
元々僕はこの遠征にケリが付いたら、レイズ様に全て話すつもりだった。今、躊躇する道理はない。
「、、、、僕は未来を知っています。いえ、正確には、一度40年先まで生きているんです。。。ルデクが、僕らの国が滅んだ後の40年を」
「ルデクが滅んだ?」
「はい。信じてもらえるかは分かりません。それに、今の歴史は僕の知っている歴史とは少し違いますが、僕の知る歴史であれば、リフレアとルシファル=ベラス、、、第一騎士団によって王都は炎上したんです」
「続けてくれ」
レイズ様の体調を考えれば、一から十まで説明するのは望ましくない。僕はなるべくかいつまんで、僕が見た未来を説明する。
「、、、、なるほど、ロアはルデク滅亡を回避するために色々画策しているというのか?」
「はい。全てはそのために。。。。。信じていただけますか?」
「そうだな、、、信じざるを得まい。全てがロアの妄想だとしても、だ」
「ありがとうございます、、、」
「しかし、やはりルシファル=ベラスは裏切ったか、、、」
「やはり。ですか?」
「ああ。少し前にゼランド王子が第一騎士団との関係性を聞いてきたことがあったな?」
「はい」
「あの時のゼランド王子への説明は、正確ではない」
僕は黙ってレイズ様の言葉の続きを待つ。
「王は、、、遠からず第一騎士団を潰すつもりであったのだ」
それは、この国が滅びの時を迎える、始まりの話だった。