【第169話】レイズ=シュタインの一手11 出世の道
俺が生まれたのは、何もない、本当につまらない村だった。
ただ日々オヤジにこづかれながら、日銭の仕事を手伝わされるだけ。
金も、未来も、本当に何もない村だった。
そして親父からも、俺は見捨てられた。
「もうお前を食わせる余裕はない」と。
そして世界から拒絶された俺は村を出た。
村を出た俺は盗みを繰り返して生き延び、気がつけばごろつき共の下っ端をして糊口を凌いでいた。
そんな俺に光明が差したのは、そのごろつき共が襲った馬車が、ゴルベルの貴人の馬車だったことからだ。
ゴルベルで王の怒りを買った野盗に、生き残る道などない。
だから俺は、奴隷のふりをした。
小間使いの俺にはまともな衣服も、食い物もくれなかったことが功を奏し、俺は野盗に攫われた痩せ細ったガキという立場を得ることになった。
無事に“保護”された俺は、親は野盗に殺されて身寄りがないと訴え、今度は軍部の使いっ走りに転がり込むことに成功する。
それから数年して、俺が一兵卒として正式に採用された頃、俺はかつて世話になった野盗共の隠しねぐらにやってきた。
その場所に来るのは保護されて以来のことであったから、既に荒らされている事を心配したが、幸いにも誰の手も入った形跡はなかった。
ねぐらに残されていたのは、野盗共が溜め込んだ財宝だ。
いや、財宝と呼ぶにはいささかしょぼい。まぁ、俺が慎ましやかに暮らせば、一生分を賄える程度の金。
軍部での給金もある。安泰の暮らしは約束された。
だが、足りない。満たされない。
俺が望むのは圧倒的な地位と、富。もう二度と、あんな村に戻らなくて済むような人生。
だからこの金は使う。俺が成り上がるために。
相手を慎重に見極めながら、ひたすらに賄賂を送る。反吐が出るような相手にも、俺はただ、ヘラヘラと笑った。
そして辿り着いたのは、俺から見ても鬱屈した男だった。
そいつはサクリと名乗る。
「命令通りに動けば、お前を将軍にしてやる」
サクリがそのように言ったから、そしてそれができる人間だったから俺は従った。順調だった。エレンの村の廃坑の指揮官に着任するまでは。
今思い返しても、何を失敗したのか分からない。
訳のわからないうちに、俺が心血注いだ砦はルデクのクソ共に奪われた。
俺は、とにかく必死に鎧を脱いで、近くで冷たくなっていた野盗の服と交換した。すえた匂いに我慢しながら、俺は本当に情けなく逃げた。なるべく小物に見えるように。
認めたくはないが、俺は小物だ。演技しなくとも指揮官に見えることはないだろう。かつては奴隷のふりをした俺にとって、このくらいの事は何のことはない。
そして俺は、生き残った。
だが、失敗した俺は全て失った。金はもちろん、地位ももはや残されていないだろう。
それでも諦めきれない俺は、ルデクで潜伏しながら何とかサクリと連絡を取る方法を探っていた。
うんざりする生活の中でゴルベルの諜報と遭遇できたのは、僥倖であった。
ゴルベルの諜報には、一定の将官しか知らない秘密の判別方法がある。それを指摘することは俺がゴルベルで相応の立場の人間であることを示す保証にもなる。
その諜報がサクリに俺の生存を伝えると、しばらくして帰ってきたのは「現状維持」の一言。
つまり俺はこのままルデク国内で潜伏し続けろ、という意味だ。支援は何もない。だが、俺は歓喜した。まだ、見捨てられていないと。
そして俺は、その諜報を頼りに、只ひたすらに指示を待った。
待望の言葉が届いたのは、雪の降る少し前のことだ。
「ヒーノフと言う男の指示に従え」
俺は言われた通りにした。
その時を待っていると、ゼッタで大きな戦が起きた。母国が負けたと耳にする。それでも俺は待った。
ある日、突然ヒーノフという男がやって来て、あっという間に書類と段取りを整えると、俺はゴルベルから逃げてきた善良な一市民という立場を得る。
そうこうしている内に、騎士団入隊の試験を受けろと言う。訳も分からないままに試験を受ける。現役の軍人である俺にとって試験は造作もないものだった。
そして、ただただ命令に従い動いていると、気がついた時には第10騎士団の伝令に収まっていた。
第10騎士団、俺の夢を打ち砕いた憎き相手だ。
「第10騎士団でレイズに尻尾を振れ」
今まで受けてきた命令の中で、一番屈辱的な指令だった。だが、俺は耐えた。俺よりも年下の弱そうな将官にもへりくだった。
そしてようやく、待ち侘びた時が来た。
レイズ=シュタインを殺せ。
成功すれば俺はリフレアで将軍位に取り立てられる。なぜリフレアなのかは分からないが、地位と富が得られれば、国などどこでも良い。むしろ海から遠いところは歓迎だ。
混乱の中、俺はレイズに近づいて、そのままの勢いで腹を刺した。
手応えはあった。
これで俺は将軍だ。
美味い飯も、良い女も望みのままだ。
俺の苦労は報われた。
混乱の中密かに抜け出そうとする俺に、
真っ直ぐに迫ってくる矢。
それが俺の見た、最後の映像だった。