【第168話】レイズ=シュタインの一手10 愚
自分の愚かさが嫌になる。
兆候はあった、分かっていたはずだ。にも関わらず未来の知識なんてものに縛られて、思い込んだ。
ーこの大遠征の成功の後が本当の戦いだ、とー
何を言っているんだ、馬鹿か、僕は。
最初は違和感のような、小さなざわめきからだ。
ロア隊は既に斜面の終わりに到着し、主だった者たちと今後の打ち合わせをしている最中だったので、気付くのが僅かに遅れた。
「上が騒がしい、、、、?」
振り向いた僕の視界に、信じられない光景が広がっていた。
レイズ様のいる本隊が攻撃を受けている!?
高台から見慣れぬ軍が矢の雨を降らせているのが確認できた。どこから湧いてきたんだ!?
いや、どこから、というのであれば僕らの背後からしかあり得ない。そしてそれはすなわち、リフレア領内から、ということだ。
リフレアがこのタイミングで牙を剥いた!
僕は一瞬、まさかという思いで混乱する。だけど考えれば、第一騎士団が北へ向かった理由はこれだと今更ながらに気づいた。ようやく気付くなんて本当に間抜けすぎる。
狙いは王都ではなく、僕ら。
ゴルベルが利用できなくなった今、ここで確実に第10騎士団を潰して、ルデク攻略の最初の狼煙とするつもりか。
まずい! なら突発的な兵じゃない! 精鋭を差し向けているはずだ。本隊が危ない!
「ディック! ウィックハルト! 僕と来てくれ! 本隊が襲われている! それからリュゼル、フレイン! 挟撃されるかもしれない! 撤退中のゴルベル兵の警戒にあたって!」
僕が急ぎ指示を飛ばして反転しようとすると、フレインが僕の腕を掴む。
「待て! あれはなんだ!? どこの敵だ!?」
僕は一瞬言い淀む。今リフレアが裏切ったと騒げば、第10騎士団全体に動揺が走る。それは、まずい。事実を話すのは後だ。
「、、、ゴルベルの伏兵だ! すぐに動かないとレイズ様達が危ない!」
「伏兵って、あれだけの、、、」そこまで言って、言葉を止める。
僕の深刻な表情を見て何かを悟ったフレイン。
「、、、分かった。それならフレイン隊は半分お前について行く、リュゼル、うちの隊を半分任せる」とリュゼルを見る。
「分かった。預かろう」
「時間がない! 先に行くよ!」
僕がアロウの腹を蹴る横に躍り出る2つの影。
「おい置いてくな」
「私たちを忘れるとは何事だ」
双子だ。間違いなく頼りになる2人。「ついてきて! 頼むよ!」と僕がいうと、
「ついてくるのはお前だ」
「私たちが全てヒャッハーしてやる」
と、力強い返事。ヒャッハーの意味はよく分からないけれど。
その後ろからはフランクルトも馬首を廻らせ、急ぎ鞭を入れる姿が見えた。
下り切った斜面を一心不乱に登る。本隊との間に兵はいない。ひたすらに駆け上がった。
おそらくは両翼にあるラピリア隊もグランツ隊も異変に気づいているだろう。けれど道が狭い分だけ、部隊の動きが鈍い。反転するには少し手間取りそうだ。
駆け上がる僕の前方、本隊の方から一頭の馬が飛び出して駆け降りてくるのが見えた。見知った姿が乗っていた。
「サザビー! ルファ!」
「状況は!」ウィックハルトの問いに
「まだ大きな被害は出ていませんが、本隊の後方は混乱しています! レイズ様は中央あたりに!」
「分かった!」
「俺もルファちゃんを置いたらすぐに戻ります!」と言うサザビーに
「貴方は平地の状況をお願いします!」とネルフィアが指示を飛ばす。
ネルフィアもいつの間についてきたのかと思ったけれど、今更戻れと言っている暇はない。
サザビーは一瞬だけ何か言いたそうにして、「了解! お気をつけて!」と言い残して駆け下ってゆく。
本隊とはそれほど離れているわけではない。サザビーと入れ違ってさしてかからずに先団に取り付く。
道を開けるように僕らは声を張りながら、両手に大振りの盾を抱えてきたディックと、重装備の双子を先頭に、味方の兵士たちをかき分けて行く。
人波を掻き分けた先、ぽっかり空いた空間にレイズ様の姿が見えた。
レイズ様は既に弓矢の射程圏からは離れた場所におり、僕らはひとまずほっと胸を撫で下ろす。
「レイズ様!」
慌てて声をかける僕に対して、レイズ様は「来たか。どうも彼の国にいっぱい食わされたようだな」と至って冷静だ。
「状況は?」
「それほどではないというか、あまり積極的に攻めてこないのは少々腑に落ちないな。かといってゴルベルと連携しているようにも見えないが、、、」
チラリと平野の方に視線を移すも、ゴルベル軍が反転攻勢に出ているようには見えない。
確かに少し中途半端だ。ここで明確に敵対するならもっと遮二無二攻めてくるべきだと思うけれど。
「私たちが蹴散らしてこよう」
「ディック、私たちを守れ!」
レイズ様の返事も聞かずに戦闘の起きている後方へと進んでゆくユイメイと、強制連行のディック。レイズ様も好きにさせておこうという表情で見送る。
「しかし、思ったよりも状況が悪くなくて安心しました」ネルフィアの言葉にレイズ様は少しだけ首を振った。
「まだ気は抜けないが、、、しかし、本来はゴルベルと連携するつもりが、連絡に齟齬でも生じたのか? やはり、攻めかたが中途半端だな」
敵の動きがどうしても腑に落ちないレイズ様が、口に手を当て考えに浸ろうとした時の事だ。
「レイズ様!」
「レイズ様! ご無事ですか!?」
ほぼ同時にグランツ様とラピリア様が駆け込んでくる。
2人に視線を移したその時だった。
不意にフランクルトが動き、虚をつかれたレイズ様の肩を掴んで振り回した!
「貴様! 何を!」ウィックハルトの怒声と同時に、「うぐうっ!」と呻いたのはフランクルトだ。
見れば首元に矢が刺さっている。
「気を抜くな! 敵に弓の手練れがいる!」膝をつきながら叫ぶフランクルト!
「レイズ様を守れ!」誰かが叫び、レイズ様に兵士が駆け寄ってきた。
「どこからだ!?」グランツ様が矢が飛んできた方向を睨みつける。
、、、、、、僕は本当に愚かだ。何もかも気付くのが遅い。
僕らの警戒が高台に向いたわずかな瞬間、
腹を押さえたレイズ様がその場に崩れ落ちた。