【第167話】レイズ=シュタインの一手⑨ 戦況
「おーうラァ!!」
「ヒャハぁああ!!」
完全に悪人にしか聞こえない奇声の主は、残念ながらというか、幸いにというか味方である。
最前線では全身を鎧に固めた双子がモーニングスターを振り回し、周辺は阿鼻叫喚の様相を見せる。さらにディックも加わった暴力の嵐は、ゴルベルからすれば悪夢以外の何者でもない。
前線から少し離れた場所から、フレイン隊が十騎士弓をやや上空に構えて放っている。降りしきる矢は確実にゴルベル兵の数を減らしていった。
当然、ゴルベル側からも弓は飛んでくる。飛来した矢を片づけるのは、リュゼル隊の役目だ。その中にはロズウェルたちの姿も見える。
リュゼル隊は一部が双子たちと共に最前線で槍を振るい、残った彼らは必死になって盾を構え、襲い掛かる矢を防いでいる。
最前線の兵士に疲労が見えたら、逐次交代する手立てとなっていた。
遺跡等により大軍を展開し難い地形であるが故の戦い方。
古道以外の荒野や、遺跡の名残と思われる細道からも、ゴルベル兵は攻め上がってきているけれど、こちらはグランツ隊やラピリア隊の持ち場。
残された遺構で細かな奇襲を仕掛けながら、各個撃破で対応している。
ロア隊を含め、各部隊ともかなり順調にゴルベル兵を押し込んでいる。
ファイス将軍の率いるゴルベル軍は、徐々にではあるが、後退しながら対応に追われていた。
このまま戦いが進めば、こちらの攻撃の圧に耐えかねて潰走することは簡単に想像できる状況にある。
読み通りファイス将軍が撤退を決断すれば、僕らは敵を削りつつも壊滅させない程度で追撃戦に移る。
壊滅させないのもレイズ様の指示。うまく追い詰めれば、ヒースの砦に逃げ込むのではないかと期待しているのだ。
ヒースの砦はゼッタ平原におけるゴルベル側の要衝だ。同時に、ゴルベル北部最大の砦である。
今回の大きな目的の一つが、このヒースの砦の確保。ヒースを獲ればゼッタ平原は事実上ルデクの物だ。
ゴルベルからすれば、今後大軍を起こしてもヒース、キツァルの2大砦を攻略しない限り、簡単にルデク領内に攻め込めなくなる。
なので追撃しながら、あわよくばファイス軍がヒースの砦に収容させるところを狙って雪崩込み、一気に制圧してしまおうという算段だ。
もちろんファイス将軍がヒースの砦に籠るとは限らない。ただ、砦に篭って抵抗するなら、ヒースの砦が最も適しており、ヒースに向かわないのなら、おそらくは北部防衛は捨てて南へ逃げるはずだ。
そうなればそれで良い。最初の目的の通り、ゴルベル北部の各砦の士気は地に落ちる。それはヒースの砦とて例外ではない。
周辺の砦が軒並み陥落、あるいは降伏となれば、よりこちらが有利になる。
最悪ヒースを落とせなかった場合は、ヒースの周辺の砦を奪い、兵を入れて、孤立させてから帰還する選択肢も視野に入っている。
孤立させた後のヒースの攻略は、キツァルの砦にいる第四騎士団に任せてしまってもいい。
ゼッタ平原にゴルベルが出られないのなら、第四騎士団は自由に動き回ることができる。孤立したヒースの砦は良い獲物だろう。
僕は頭の中で、今後の計画を復習しながら戦況を見つめている。
「順調ですね」と声をかけられて振り向けば、そこにはネルフィアがいた。
「ネルフィア、どうしたの?」
「少し前線の状況を見ておきたかったので、サザビーと交代しました」
そのように言われて、初めてサザビーがいない事に気がついた。
普段あれだけ派手で騒がしい癖に、こういう時はびっくりするくらい気配がない。第八騎士団の騎士団長であるネルフィアの側にいるのだから、相応の実力を持った諜報員なのだろう。
「、、、、見ての通り、ゴルベル軍が撤退を始めるのは時間の問題かな。できればあちらの被害が大きくならないうちに引いてくれれば良いけれど、、、」
「あら、今のは問題発言ではないですか?」
「そう? はっきり言って、ルデクとゴルベルの戦いは、もうほとんど決着がついてる。あとは落とし所の問題でしょ? それなら無駄に死んでいく兵士が可哀想だよ。あの人たちにだって家族がいるんだし」
僕の言葉に少し目を見開いたネルフィア。
「、、、、なんというか、ロア様は将としては変わった考え方をしておられますね」
「そりゃあ、この間までただの文官だったからね」
「言われてみれば、、、既に多くの戦場で功績を上げておられるので、ついつい忘れそうになってしまいます。ところで、ロア様の考える落とし所とは?」
ゴルベルの敗北が揺るぎないことはネルフィアも否定はしない。これは希望的観測ではなく、客観的な状況をまとめれば、誰でも行き着く答えだから。
ただし、ルデクが滅びなければという条件付きだけど。
「、、、僕がゴルベル王なら、この戦いの間に使者を送って講和を図るよ。条件はゴルベル北部の譲渡。痛手には変わりないけれど、ゴルベル北部はゴルベルにとってそこまで生命線じゃない。北部だけで済むなら安いものだ」
「、、、、そう言った判断は驚くほどに将のそれですね、いえ、どちらかといえば指揮官や統治者の考え方に近い」
多分それは僕が様々な戦いの記録を読み漁ってきた影響だと思う。局地戦も好きだけど、大局を見据えた記録も読み応えがあって大好物だ。
歴史好きの中でも比較的人気の高い専制16国の成り立ちと、グランスウェウル王の話などはどれだけ読み漁ったか分からない。
僕が素直にそのように説明すると、ネルフィアは苦笑。
「知っている、と活用できる、は別物ですよ」
「そう?」
「、、、、それにしても、自ら始めた戦争で、領土を大きく失ってまでゴルベル王は交渉をしようと思うでしょうか?」
ネルフィアの言葉は尤もだ。先ほどの意見はあくまで僕がゴルベル王だったら、という話。多分今のゴルベル王にその決断はできないだろうな。
「今のゴルベル王には無理だろうね」
今の、なら。
「、、、、”新王”なら分からない、と?」
現在ゴルベル領内には王に対する不満が大きく燻っているはずだ。自ら始めた戦いで連敗を重ね、民に負担を強いればどうなるか分からない。
「、、、なるべくなら友好的な王が立ってくれれば良いよね。何か知ってる?」
僕があえてネルフィアに聞いたのは、当然ルデクの諜報部も、密偵も暗躍しているだろうと踏んだから。
「、、、さあ、どうでしょうね」
ネルフィアはいつもの微笑ではぐらかす。そして、視線をゴルベルへと移す。
「あら、下がりますね」
僕が言葉を重ねようとしたところで、ネルフィアが前線を指差した。
ネルフィアの言葉の通り、ゴルベル兵が明らかに撤退の動きを見せ始めている。ならばこちらも押し出す時か。
後方を見れば、レイズ様の本隊もこちらへゆっくりと動き始めている。やはり頃合いだろう。
「進軍する!」
僕の指揮でロア隊も前に進み始める。予定通り、追撃戦に移る段階だ。
そうして第10騎士団が斜面を半ばまで降り立った正にその時。
戦況は急変したのである。