【第166話】レイズ=シュタインの一手⑧ 開戦
遺跡群を挟んで高台と裾野で対陣した両軍。かつて古都の文化を支えたであろう中央の古道が、緩やかに蛇行しながら両軍を繋げている。
その他にも細道は多数巡らされているけれど、最も激戦となるのはやはり中央の古道周辺だろう。
「やはり、1万は揃えられなかった様ですね」見下ろすウィックハルトの言葉の通り、見たところゴルベル軍は8千程度。
率いるのはファイス将軍の旗印。ローデライトとゼーガベイン亡き今、ゴルベル四将のうちで残っている数少ない勇将の1人だ。
ファイス軍は裾野で軍を止め、いっ時睨み合いとなる。
ファイス将軍とて、高台にいる第10騎士団相手に攻め上がるのは愚行とわかっている。
それだけに、極力無理はしたくない。恐らくだけど、このまま睨み合いを続けて、こちらが焦れて降りてくるのを待つつもりだろう。
ファイス将軍の思惑通り、このままであればゴルベル軍が無理をする必要がないように見える。こちらは土地勘のない場所で、しかも背後は同盟国とはいえ他領。
時間が経てば経つほど、こちらが不利。ファイス将軍はその様に判断したと想像できる。
ファイス将軍の考え方は間違っていない。現状を考えれば、最良の選択をしたと言っていい。流石、ゴルベルの中でも名のある将の一人に数えられるだけのことはあった。
だが、ファイス将軍には大きな誤算が一つ存在している。それがはっきりしたのは、睨み合いが始まって一刻ほど経った頃だった。
「始まったな」フレインの視線の先、煙が上がっているのが見える。
遺跡に一番近い、ジュラの砦からだ。第二騎士団が制圧したのか、制圧に近い状態になったか、とにかく砦の内部から火の手が上がったのだ。
「やっぱりこの辺の砦には大した兵士はいないみたいですね」とサラリと会話に加わるのはサザビー。今回の遠征にはサザビーもネルフィアも参加している。ロア隊の主だった面々勢揃いである。
ネルフィアとルファは、今は本陣にいるはずだ。
サザビーの言葉のように元々兵が少なかったのか、ジュラの砦は思ったよりも早く火の手が上がった。
下で僕らと睨み合っているファイス将軍の部隊に、ジュラの兵士も召集されているのかもしれない。
ゴルベル兵の声は聞こえないけれど、向こうもジュラの砦の異変に気づいた。気のせいかもしれないけれど、動揺が部隊の中でゆらめいている様にも見えた。
これこそ僕らの待っていたものだ。
僕らの他に別働隊がいるとなれば、このまま呑気に睨み合っているわけにはいかない。
ファイス将軍からすれば、このまま全軍でジュラの砦の救援に向かいたいところだけど、背後を見せれば当然僕らが襲い掛かる。
では、部隊を割るか?
それこそ愚策だ。ただでさえこちらよりも兵が少ない上、砦を攻めている軍の数も分かっていない状況で部隊を分ければ、最悪各個撃破されて終わり。その様な判断は下せない。
そして相対する僕らは高台から動かない。なら、ゴルベル軍から動くしかない。
全てがレイズ様の掌の上。ここまで読みきってゴルベルの密偵に情報を流したのだと考えるとため息が出る。
僕がかつて貪るように読んだ書物の中の英雄、レイズ=シュタイン。その手腕をこんな間近で見ることができるとは、あの時は想像もしていなかったな。
「ロア、ぼうっとするな、始まるぞ」リュゼルに言われて僕は気持ちを切り替える。
下方のゴルベル軍の速度は速くない。彼らが中腹まで来たら突撃の合図。
「おい、私たちが先頭で行くぞ」
「良いだろ?」
気の早い双子は既にモーニングスターをぐるぐる回している。今からそんなことして疲れないの?
「新兵どもは無理をするな! 生き残ることを考えろ!」リュゼルの喝で新兵達が背筋を伸ばす。ロズヴェルさえ大口を叩く余裕がなく、ぎこちない笑顔を作るのみだ。
なるべく生き残って欲しいものだけど、こればかりは分からない。
リュゼルやフレインがみっちり鍛えたので、相応に戦えるはず。あとは彼らの運を願うしかない。
レニーだけは僕の近くで待機だ。僕が裏方を任せていたことで、他の新兵より練度が低いから、ここで無理させるべきではないと判断した。
この辺りが頃合いかな?
もう少し進んだところで、既に物陰に配置されている伏兵が最初の一撃を加える。
僕らの初撃と息を合わせれば、より効果的だろう。
僕はリュゼルとフレインに目配せをする。準備はよし。
「行くぞ!!」僕の言葉に気炎をあげて動き出すロア隊。
こうして歴史に残る大遠征の戦いの幕は、切って落とされた。