【第165話】レイズ=シュタインの一手⑦ 餌を撒く
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集合予定地に第10騎士団と第二騎士団が集合したのは、僕らロア隊が到着してから3日目の昼頃のこと。
古代都市バデジェルの王都跡である高台からリフレア側に少し下った場所に、僕らが造った臨時の駐屯地はあった。
今は兵士が溢れ返っている。
流石に全軍が集まると手狭だ。もう少し広げないとダメかな、などと考えていると、背後から僕に声をかけてくる人がいた。
「久しぶりね、ロアちゃん」
「お元気そうですね、ホックさん」
第二騎士団団長、氷のニーズホック。
多分、第一騎士団と共にルデクを裏切っている人だ。個人的には嫌いではないけれど。ゼッタではお世話になったし、悪い人だとは思えない、、、だけど、気を許すわけにはいかない。
互いの思惑はともかく、表面上は穏やかに再会を喜んでいると、伝令兵のギーヴァンさんがやってきた。
「レイズ様より軍議を開くので集まるようにとの事です」
指示に従い2人でレイズ様の陣幕へついた頃には、既に主だった将官が揃っていた。
遅れを詫びて席に着く。レイズ様が全員を見回してから口を開く。
「まずは大過なく集合できた事、嬉しく思う。みな、ご苦労だった。出発前に概要は伝えているが、この軍議は今後の再確認と追加の情報報告となる」
全員が黙って頷く。
「さて、出立前最後の仕掛けだが、無事に何匹か魚が掛かった。そろそろゴルベル国内は大騒ぎであろう」
レイズ様の最後の仕掛けとは、ゴルベルからルデクに潜入していた密偵に、この大遠征の情報を流す事だった。
わざわざ大きく迂回してまで行う奇襲を、敵国に流しては台無しではないか。当然そのような意見は多数出た。
レイズ様も本来の予定、第10騎士団のみでの遠征であればなるべく秘密裏に一気にゴルベルになだれ込んで、ゴルベル北部の制圧を考えていた。
けれど、第二騎士団が加わることが決まり、策を練り直すことになる。
レイズ様曰く、地理的優位を以て、ゴルベルに決定的な大打撃を与えるという。
レイズ様の描いた絵図はこうだ。
まず第二騎士団はこの軍議が終われば早々に古代遺跡の並ぶ斜面を駆け下り、別動隊として行動。
第10騎士団は迎撃に出てきたゴルベル兵を、この遺跡で叩く。
第二騎士団は集まったゴルベル兵の裏をかき、周辺の砦を制圧して回る。
本来第10騎士団がやろうとしていたことを、第二騎士団に任せ、第10騎士団はより大きな打撃をゴルベルに与えようというのだ。
なぜ、わざわざゴルベル兵に準備期間を与えてまで、正面から戦う必要があるのか、それはこのあたりの地形にある。
僕らが陣を構えるのは、見晴らしの良い高台であり、ゴルベル兵は坂下から僕らを迎え撃たねばならない。
全てに当てはまるわけではないけれど、戦は高所に陣取った方が有利とされている。
弓矢の射程も打ち下ろしの方が長くて効果的だ。加えて激突の勢いは駆け下る方が強力だ。
ゼッタ平原でのゴルベルの被害や、通常防衛に割く兵数を考えれば、現在ゴルベルが迎撃のために出陣できる総兵力は、よくて第10騎士団と同等、おそらくはそれより少ないとレイズ様は読んだ。
第10騎士団の実力、地理的優位、さらに敵の数が読みどおりなら、数的優位もルデク側に軍配が上がる。
それならば下手に砦に篭られたり、平地に出てから迎え撃たれるよりは、ここで一撃の下に片付けたほうがより効果的であると判断したのである。
故に、ゴルベルの軍を誘い出すために、あえて複数のゴルベルの密偵に情報を流した。
しかし、いくらレイズ様の考えとはいえ、ここまでは策というよりも妄想に近い。
ゴルベルが出張ってこなければ、ただただ情報を敵に流しただけ。もしかすると敵にいたずらに準備期間を与えるだけではないか。そんな意見も出た。
そんな疑問にレイズ様は「おそらく出る、というか、出なければそれはそれで構わん」と自信を持って言葉にする。
「フランクルト殿の話や、密偵から寄せられる情報を精査すれば、現在、ゴルベルの内部はガタガタだ。そんな状態で、手薄な北から敵の大軍がやってくると情報がもたらされたら、、、そうだな、ロア、お前が指揮官ならどうする?」
レイズ様に振られた僕は少し考え、言葉を選びながら口を開く。
「状況的に考えれば各砦でそれぞれ籠城というのは愚策だと思います。粛清によって将官の減っている今、ゴルベルの兵士の士気は高くない。そんな中で援軍なくただ守れというのでは、ただでさえ低い士気が地に落ちます」
「そうなればどうなる」
「どこか一つでも砦が落ちれば、下手すれば降伏の連鎖が起きるかもしれない」
「では、兵を集めて出陣する場合はどうだ?」
僕は再び少し考え、
「同じ理由で、最前線に出るしかないと思います。中途半端な場所で待ち受けては、前線の砦は見捨てられたのかと感じかねないかと」
自分で言いながらそうか、と思う。ゼッタ平原での被害が、ここにきてゴルベルに大きくのしかかって来ているのか。
本来の歴史ならどちらかと言えばゴルベルが優勢の状況だったけれど、今の歴史では窮地に追い込まれている。ここで弱腰を見せることは許されないのだ。
僕の答えは概ねレイズ様を満足させたようだ。疑念を呈した将官に向かって
「おそらくロアの予想は大きくは間違っていないと思う。私もそう判じたからこそ、このような策を立てたのだ」
その後もレイズ様は様々な問題点に対して明快に答え、結果的に当初は奇襲作戦だったにもかかわらず、敵方に情報を送るという非常に奇妙な状態が出来上がったのである。
「さて、現段階で何か問題はあるか?」
陣幕に集まった者達から意見はない。
「では準備を始める。この場でゴルベル軍を撃破すれば、あとは一方的な占領戦になるだろう。各自の奮闘を期待する!」
レイズ様の檄が陣幕内に響いた翌々日、レイズ様の予想どおり、ゴルベル兵は死地に姿を現した。