【第164話】レイズ=シュタインの一手⑥ ゴルベル王の資質
古代の王国、ウロボロの首都があったバデジェル跡。そこにはただ、荒野が広がっていた。
「おうおう、遺跡はどこだ?」
「私たちを騙したのか?」
絶対に遺跡なんかに興味がなさそうな双子がフランクルトに詰め寄る。側から見ればその様子は完全に輩のそれである。
そんな双子の因縁に冷静に対応するフランクルト。というか、解説の機会を得られてむしろ嬉しそう。
「この辺りは風の通り道なので、風化が早いのです。残念だが高台に遺跡らしい遺跡は残っていない。見どころは向こう、ゴルベル側の斜面にある」
双子のみならず、僕を含めた周辺にいた主だった者達はフランクルトの先導でゴルベル側へと足を進める。
ゴルベル側の裾野を見渡せる場所までやってくると、そこには圧巻の風景が広がっていた。
斜面には自然が作った起伏と、人が造った建物跡が渾然一体となって広がる。ただ、幻想的というにはあまりにも殺伐としており、まるで僕らの知らない異世界のような風景だ。
「この辺りは気候の境目であるようで、今まで進んできたリフレア側には湿った空気が流れ込み、草花が遺跡を覆い隠していましたが、ゴルベル側はむしろ保存にちょうど良い環境のため、ご覧の通りの風景を残しておるのです、、、、実に、、、美しい」
目に入る景色に圧倒されている僕らに満足するように、フランクルトが解説を続けている。
僕はこの景色を見ながら少し疑問を感じていた。話が落ち着くタイミングを見計らって、僕はフランクルトに言葉を投げかける。
「これだけの遺跡群、ちゃんと整備すれば大陸でも有数の観光地になると思うのだけど、どうしてそうしないの?」
ルデク滅亡後、大陸を放浪していた僕だけど、実は実際にこの場所に来たことはない。
僕がルデクを滅ぼしたリフレアの近くにはあまり足を踏み入れないようしていたということもある。
単に嫌悪感があったことと、多分僕には、自分がルデクの王都に所属した人間だとわかったら捕らえられるのではないか、という潜在的な恐怖があったのだと思う。
リフレアからすれば、僕などその辺の石ころにすぎぬ存在で、歯牙にもかけぬ相手であっただろうけれど。
それでもゴルベルには何度も滞在しているにも関わらず、こんな遺跡群の話は聞いたことがない。
だから、古代の名残は古道くらいしか残っていないのかと思っていた。これほどの物を耳にしていれば、一度は足を運んだはず。
僕の質問に、フランクルトはキョトンとした顔で返す。
「、、、、観光? ですか? 私のような古代史を好む人間ならともかく、このような辺鄙な場所に用もなく訪れる者はおらぬでしょう」
「?」
「?」
顔を見合わせながら揃って首を傾げる僕とフランクルト。
「、、、ひとつ聞きたいのだけど、ゴルベル王はこの場所を売りにしようと思わなかったの?」
「、、、さて? 先ほども言いましたが、時間と労力をかけてこのような場所にやってくるのは、ゴルベルでも物好きだけ、ほとんどおりませぬが」
街道が未整備の北の大陸ならではの問題なのか。ゴルベルのこの場所を知る人々の認識だと、ただの辺鄙な場所の廃墟といった印象なのか? それとも誰かが観光地としての整備を訴えても取り合わなかったか。
さすがに後者だろう。価値に気づいたけれど、相手にされなかった人がいたはずだ。
これはゴルベル王の罪だな。これだけの物があれば、十分に人を呼べる。にも関わらず、ルデクの繁栄にばかり目を向けて嫉妬に駆られていたわけだ。
ゴルベル王の視野が広ければ、この地を整備してルデクに訪れた人々を引き入れる可能性もあったのだ。人が集まれば国は潤うのに、なにもしなかった。
僕はゴルベル王の事は可もなく不可もない人物として認識していたけれど、自国の発展の可能性に気づかず、安易に侵略を選んだあたり、思ったよりも暗愚なのかもしれない。
いや、そこまで言うのは酷か。けれど、自分の国の価値を理解せずに、他者に目を向けるばかりの王に、少なくとも良い印象は無いなぁ。
「しかしこれは、、、伏兵しやすそうな場所だな」風景の感動は置いておいて、冷静に言葉を紡ぐのはリュゼルだ。
リュゼルの言う通り、蛇行した大通りの周辺に立ち並ぶ建物の遺構によって、身を隠しやすそうな場所は無数にある。
「ゴルベルの前線の砦はどこにあるんだ?」
フレインの質問に、フランクルトは遠くを指差す。
「一番近い砦はこの遺跡が終わった先、平地になった場所にあるジュラの砦です」
フランクルトの指差す先に小さく見える建物が、ジュラの砦なのだろう。
「いずれにせよ、俺たちがまずすべきは後発の部隊の受け入れ準備だ。さっさと始めよう」
リュゼルの言葉の通り、ここから再度リフレアの方へ少し戻り、僕らは後から来る軍が寝泊まりできる拠点を整えなくてはならない。
荒野となっている高台に夜営できれば準備が楽だけど、滅多に人が来ないとはいえ流石に目立ちすぎる。
全軍が揃うまでには2〜3日の時間が必要となる見込みなので、それなりに人目につかない場所がいい。
「そろそろ行きましょうか」
ウィックハルトの音頭で、絶景から目を離した僕らは、予定通りに作業を始めるのだった。
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「上々か?」
ルシファルは短く聞く。
「あの軍師の言う通りには動いております」
ルシファルの側近の一人、ベリアルの返事。
ルシファルは満足げに静かに頷く。そんな様子を見てベリアルは言葉を続ける。
「信用できるのですか?」
ルシファルは少し考えてから
「どちらのことだ?」と聞いた。
「無論、あの軍師のことです、あの者は既に一度、失敗しております」
ルシファルはああ、と短く答えてから
「あの方のお身内だ。失礼なことは言うべきではない。むしろ、放った矢のほうが心配だな」と少し眉を上げた。
「はっ。失礼しました」
ベリアルは深く頭を下げて、それ以上は口を噤む。
あとはただ、沈黙だけがその場を支配していた。