【第163話】レイズ=シュタインの一手⑤ 遺跡群
うーん、、、気まずい。
予定通りにリフレア領内へと足を踏み入れたロア隊は現在、山沿いの人の気配の無い獣道のような場所を淡々と進んでいる。
いや、獣道というには立派すぎるな。騎馬が4頭並んでも余裕があるほどの道幅だ。ただ、如何せん手入れがされていない。まだ草花が生い茂るには早い季節だから道として認識できるけれど、夏場はただの草むらだろう。
この道筋は、第10騎士団所属の中でもリフレア出身の人たちをかき集めて決めたらしい。ロア隊の進軍も、順路を決めたうちの一人の兵が先導してくれている。
確かにこの道ならリフレアの民の目にも触れず、刺激することもなく進むことができるだろう。案内役の兵士、ペップさんによれば、地元の牧羊師が山裾に羊の餌を求めて移動する時に使う以外は、あまり人通りもないそうだ。
道沿いに見えるような町村もないから、人が近寄る必要もないよなぁ。
左を向けば山裾。右側は淡々と森が続く。
代わり映えのない道を進む僕の右手にはウィックハルト、さらに右隣にフランクルトが並んでいる。僕の前にはディック。それから双子。
ウィックハルトが僕の隣にいるのはいつものことだ。ディックがいる時は僕を挟むようにして2人が並ぶことが多い。
ただ今回、ウィックハルトはフランクルトを監視すると言って、フランクルトはむしろ監視を歓迎した。
結果的に2人は並んで進んでいるのだけど、この場合僕を挟んでというわけにはいかないので、このような変則的な並びになっている。
別に二人が剣呑な雰囲気なわけではない。むしろ話を振れば、2人とも多少の談笑を交えて対応する。けれど、どこか常に漂う薄いベールのような緊張感。
僕はフランクルトにそれほど悪感情を持っていない。理由はライマルさんの件だ。
確かにライマルさんはフランクルトの軍に討たれた。だけどそれは戦場であれば覚悟の上でのことだ。
僕が評価しているのはその後。ライマルさんたちの遺体は、ちゃんと整えて寝かされた状態で残されていた。あれは、殺した相手に相応の礼儀を払った行為だった。
だから僕はフランクルトにそこまでの悪意を抱いていない。むしろハクシャの戦いにおいては自分の未熟な作戦がライマルさんの命を奪ったんだと思っている。
今でもたまに思い出して、叫び出したい気分になるんだ。
僕の気持ちはともかく、だ。今こそ天真爛漫、天性の人たらしであるルファの活躍を期待したところだけど、ルファは既にレイズ様のそばに置いてきた。
今頃ルファは、順次出陣する部隊に戦巫女として戦勝祈願を行っているはずである。
ゼッタでのルファの活躍は、第10騎士団においては広く知られることとなった。現在は少なくとも第10騎士団と第四騎士団において、ルファは戦巫女として確固とした地位を確立している。
女神を信じているかどうかは別として、あのゼッタで生き残り、勝利の一因になった少女の運にあやかりたいと思うのは、これから命をかける者達にとっては恥ずかしいことでもなんでもない。
無い物ねだりをしても仕方がないので、何か話題を提供して場の空気を和らげたい。
こういう時に頼りになると期待していたもう一方、双子はといえば
「森の中〜私たちは〜」
「熊を〜モ〜ニングスタ〜」
と、自作の歌を歌うのに夢中で全く役に立たない。
先ほどまではディックを挟み、騎乗しながら器用にディックのお腹を触ってキャッキャ言っていた。楽しそうでなによりだ。
ふと、僕は道の端にあった崩れた石の塊が目に入る。何かの残骸だか、ずいぶんと年期が入っている。
これから行く目的地は、古代遺跡の跡地だ。もしかして関係あるのかな? そういえば、ものの本の中に、古道の記述もあった。
「あれ? もしかして、、、ここって、、、ウロボロの古道のひとつ、、、、?」
記憶を探りながら呟いた、僕の言葉に喰いついたのはフランクルト。
「ロア殿は古代史にお詳しいのですか?」
「詳しいってほどではないですけど、、、知識としては、それなりには」
ウロボロ。現在のリフレアとゴルベルの国境付近を本拠として栄えた古代国家だ。その本拠跡、バデジェルが今回第10騎士団および第二騎士団の集合場所にあたる。
元は、どこかの国で政争に負けた人々が建国したとされ、一時は有力国家として覇権を争う一角にまで成長した。
その躍進を支えたのが首都、バデジェル。場所はリフレアとゴルベルの国境付近の高地で、山間部にしてはちょっとした平野が広がっている。
平野の周りは起伏の多い複雑な地形で、お世辞にも住みやすいとは言えないらしい。
けれど、防衛という観点から言えば周辺を見渡せ、非常に優秀な場所と本で読んだことがある。
地の利を得たウロボロは躍進を遂げる。繁栄にともない、バデジェルを中心にリフレア、ゴルベル両側への傾斜に次々に建物が立ち並んでいった。
なお、当時はリフレアもゴルベルもまだ存在していない、別の古代国家があった時代だ。
その範囲はゼッタ平原の近くまで及んだというから、敗北者の集まった一都市から始まったにしては、その繁栄ぶりは目を見張る物だったのだろう。
絶頂を迎えた頃、国家としてウロボロを名乗ったと記録にある。
けれど、皮肉なことに繁栄こそが、ウロボロの滅亡を呼び寄せた。
ウロボロを滅ぼしたのは、古代三名将の一人に数えられるピピンピピン。
ピピンピピンはまずウロボロにわざと高層建築の技術を持ち込ませた。
それまでウロボロでは低層建築が中心だった。
ところが急速な繁栄による人口の増加で、居住区の不満が表出してきていた。
そこにつけこんだ、ピピンピピンの狙い通りにバデジェルでは急速に高層建築が広まっていった。
最終的にバデジェルから周辺の視界を奪ったところで、ピピンピピンは大軍を率いて攻め込んだのである。
あくまで古代の伝承に近い物語で、色々と突っ込みどころも多いけれど、古代の戦いの中でも割りと知られた話だ。
「、、、貴殿は博識であるな」僕が知る限りのことを伝えると、フランクルトは少し驚きの表情になる。
聞けば、フランクルトは若い頃、古代史を解明する研究者になりたかったらしい。
「おっしゃる通り、ここはウロボロ時代の道の一つです。この道に見られるようにウロボロの特徴は、、」
堰を切ったように話し始めるフランクルト。
そんなフランクルトの古代史ガイドを受けながら、僕らは先へと進むのであった。