【第161話】レイズ=シュタインの一手③ 準備
今回の遠征。大半の兵はギリギリまで本当の目的を知らないままの出陣となる。表向きはゼッタ平原に向かい、攻勢に出る。という建前で準備が進んでいた。
「今度こそゴルベルを叩く好機だな」
「ああ、気を抜くわけではないが、今度はこちらが主導権を握っている。ゴルベルの前線のヒース砦くらいは落としたいものだ。あそこが落ちればかなり楽になるぞ」
リュゼルとフレインの威勢の良い会話が聞こえる。2人に限らず、全体的に隊の雰囲気は明るい。
昨年のゼッタでは耐え忍ぶ戦いを強いられ、薄氷の上の勝利であったから、今回はその鬱憤を晴らしてやろうという気炎が立ち昇っていた。
「リュゼル隊長。ここで活躍したら俺、リュゼル隊の副長にしてもらえますか!?」元気が良いのはロズウェル。
「まずお前らは死なないことだ。死んだら出世も何もあったものではない」そんな風にリュゼルにたしなめられている。
「良い士気のまま出陣できそうですね」リュゼルとロズウェルのやりとりを見ていた僕に、ウィックハルトが声をかけてきた。
ウィックハルトはお休み中、しっかりと婚約者のオーパさんとの時間を過ごしてきたそうだ「妹が次はいつ来ますかって言ってましたよ」という言葉に、僕は苦笑で返す。
ロア隊の士気が高揚しているのは、前回の雪辱というだけではない。
騎馬の鞍の後ろに取り付けられた荷物入れ。リュゼルとフレインが試行錯誤を重ねた苦心の一品だ。
両側に全部で4つの箱形の物入れが設けられ、そのうちの1つには十騎士弓が誇らしげに収まっている。もう一方には多数の矢も。
王家の祠のごろつきども相手や、演習では何度か使用しているけれど、実戦での十騎士弓投入はこれが初めてとなる。
既に手応えを感じている武器だ。或いは歴史に刻まれる戦いになるかもしれない。どの兵もそんな誇らしさを漂わせていた。
ちなみに残りの2つの収納は何を入れても良いけれど、ここにも手が加えられていて、取り外し可能な柔らかな綿が詰め込まれている。これは瓶詰めを入れても割れないようにする仕組みだった。
ジャム大好きラピリア様がこの入れ物を甚く気に入って使い始めたことから、ロア隊どころか第10騎士団全体で火がついた。
今では騎乗する兵士たちにとってはなくてはならない装備にまでなってる。評判を聞きつければ他の騎士団でも出回り始めるだろう。
2人の考えたこの収納、それこそ長く歴史に残るかもしれない気もしないでもない。
「ロア、全員準備が調ったぞ」
「分かった。ルファも忘れ物はない?」
「うん」
今回、本音を言えばルファは置いていきたかった。けれど、前回同様ゼッタに向かうのであれば、キツァルの砦に籠れば良いということになる。ルファにだけ話すわけにもいかず、苦渋の選択での同行となった。
また、万が一ルシファルの裏切りが歴史よりも早いなら、下手をすれば遠征先より王都のほうが危険な可能性も考えられた。
戦巫女としての役割をこなすのであれば、本隊にいた方が何かと便利なので、適当なところで本隊と合流してもらう予定。
ちなみに僕らが最初に向かうのはホッケハルンの砦。
第一騎士団が入る予定のオークルの砦と、王都のちょうど中間点にある大きな砦だ。北方からの脅威に対して、王都の盾となるべく役割を担っている。
現状はリフレアと同盟中なので、千ほどの常備兵が滞在しているだけだ。
僕らはホッケハルンの砦で第二騎士団と合流して、そのまま北へ向かうことになる。
第一騎士団に関しては僕らがリフレア領内に入ってからの出陣。
こちらは表向きゼウラシア王の護衛という名目。ゼウラシア王がリフレアとの会談のため北へ出向くので、第一騎士団を護衛につけた。そういう筋書きだ。
実際のゼウラシア王は王都から出ることはない。王都の市民を不安がらせないための演出で、しばらくは王は城内の生活スペースから出ない生活を過ごしてもらう。
まあ、僕らがゴルベル領内に侵入すれば隠す必要はない。状況が分かり次第、王が登場して実は壮大な計画だったと喧伝するはずだ。
ちなみにリフレアの領内では、国境近くの山沿いの道を縫うように進むことになる。ゴルベルにはもちろんだけど、リフレアに対しても無用な刺激を与えないための配慮だ。
、、、リフレアにそんなものが必要かはともかく。
おそらく通過するだけで数日はかかる。それにルデクは既に雪解けを迎えたけれど、これから通過するあたりは山裾だ。それなりに雪が残っていれば、その分だけ行軍の速度も遅くなる。
とにかく楽な道程にはならないだろう。今はとにかく無理せず、体力を温存するように進んでゆく。
ホッケハルンの砦に来るのは2度目だ。流石に大きな砦だけあって、第10騎士団を収容してもなお余裕があった。
指定の部屋に荷物を置いてやれやれと息をついたところで、伝令の人が僕を呼びに来たため、ディックに留守を頼んでウィックハルトと伝令についてゆく。
歩いている間、伝令のキーヴァンさんが珍しく僕に話しかけてきた。
「今回は、本格的にゴルベルへ攻め込むのですか?」
「まぁ、ゼッタに向かうから。聞いてないですか?」
「一応は聞いていますが、、、その、、、レイズ様の部屋に、、、」
何やら言いにくそうな伝令の人の言葉に僕はピンときた。
「あ、もしかしてあなたはゴルベルの出身なんじゃないですか」と聞くと、驚いた顔でこちらを振り向いた。
「どうして分かったんですか?」
「多分、フランクルト将軍を知っているんじゃないかなと思って」
「、、、、正解です。レイズ様の部屋に、ゴルベルで見たことのある将軍がいたので、いったい何事かと、、、」
フランクルト=ドリューの亡命については、あまり知られていないから驚くのも無理はない。
「ゴルベルのどこの出身なの?」
「田舎の方ですので、言っても知らないと思いますよ」
「どうかな。もしかしたら知っているかも」
「そうですか? イーデロンという村です」
「ああ、あの漁村」僕が返すと先ほどよりも驚愕の表情を見せ、「なぜ、そんな小さな村のことを?」と僕に疑いの視線を向けた。
しまった、久々にやらかした。僕が知っているのはもちろんルデク滅亡後の流浪の旅の中でのことだ。
イーデロンという村は僕の故郷によく似ていたから、少し印象に残っていた。だからつい口から出てしまった。
「僕の出身はクゼルって小さな漁村なんだけど、そこにイーデロンからやってきた家族がいたんですよ。故郷によく似ているから、クゼルに居を構えたんだって。そこの息子とは歳が近かったから、よく家にもお邪魔してたんだ。だからイーデロンの話はよく聞いたんだ」
咄嗟の嘘も上手くなったものだぁ。
「そう、、だったんですか、、、」まだ少し腑に落ちていないみたいだけど、それ以上は追及されることなく、レイズ様の元に到着した。
部屋をノックして入室。
中にはレイズ様とグランツ様と、ラピリア様。そしてフランクルト将軍。ここまでは良い。予定通りだ。
「、、、、なんで君たちが?」
「おいロア、ご挨拶だな」
「もっと再会をありがたがれ」
部屋にはなぜかユイメイの双子も待っていた。